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朝から飛ばして奈良のお墓へ。前夜、覚悟していたけれど、そんなに暑くなくお掃除もできました。八月は二度目の墓参。どうも誰やらおいでになった気が。最近はもう、何かとうるさかった親戚の方々も、皆さまお年のせいもあってか、足の遠のいておられる中、あのひとかな。

お線香の燃えカス、これは私が月初めに? 。あのひとなら、普通の墓花でなく、槇の束を供えたはず。槇を手向けるに、予備の花器を使うはず、ここの墓地は、お花でもお菓子でも、人が立ち去れば即、鹿さんたちが現れて、もにゅもにゅ、はぐはぐと食べてしまう特殊性のある墓地、よって、そういった物的証拠は残らないのが常・・・など、考えていて、あ、と、ピンと来ました。

水は天から貰い水~、の、墓石の水受けが、がしがし磨かれている。私はだらしが無いので、んにゅ、と拭いておいても、こんなには磨かない(威張っているのではないです)。Rさんが来はったんやな。

長く舅の愛人だった女性。私と夫の子どもよりも小さい子を、生んだ女性。あれこれあって晩年の高齢の舅を、一緒にいた住まいから文字通り追い出した女性、当時の当然として、舅の死も知らせなかった。

あの人が、今年のお盆には、来たんだな。何年振りだろう。

私の家も執拗な無言電話に悩まされたし、お金のことも夫の仕事の邪魔もいろんなイヤなことがありました。いろんなことをあのひとは、されました。正直、会いたくもないひと。

でもお義父さんの墓参りに来たのね。水の器をきれいにしてくれたのね。舅が逝って十三年。

終わって、坂の下に停めていた車に乗り込もうとすると、目の前にトンボが来ました。つ~い、と飛んできて、そんなに大きくはない銀色のトンボ、私が開けた助手席のドアから、なんと、入って来てしまった。夫が運転席のドアを開けると、来た時のようにす~い、と、出て行きました。

あのトンボは、誰なのか。お義父さん、などと考えるほど、私は、ロマンチストではないのだけれど。舅は、娘ほど年の違うその人を、頼ったり利用したりしていた、おそらく喪主となった妻(ワタシの姑)よりかは、気持ちを添わせていたのはわかっています。

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     あさがほ
                   
       祭 今昔

  幣垂れて街は祈りに入りにけり十歳の夏の祭恋しも

  はちまんの神迎ふると白襷いなせな父の昭和の祭

  いつしかに納涼祭とかはりけり神なき夜の祭囃子か

(この色がKUONの書いている部分です)

〇「納涼祭」、とはね。です。


   昭和20~30年代の祭と正月は街の空気が一変するほどの清浄感に満ちていました。
   いまはあんなぴんと張った空気感も、いなせな男性もいなくなったようです。


         猫たちとの暮らしの終わりの始まり     

  死のにほひ纏ひてもなほ独り立つ 猫はいつでもあざやかに逝く

  玉止めし返し針して帛を縫ふ鎮まりし猫(こ)の魂よとどまれ

  猫を悼む思ひに曇りなきものをあはれ物喰ふヒトの営み

   どんなに悲しい時でもお腹はすきます。
   子供のころから「通夜」というものを妙に生々しく感じていました。
   悲しみの極みでそれでも空腹をおぼえるヒトの健康な生理の照れくささを、
   死者との共同飲食という葬送儀礼としてオトシドコロとしたのかも(あさがほ民俗学)。

   ホームレス猫のTNRを20年以上前から続けておりましたが外では守りきれず、
   みんなまとめて面倒みることになり、MAX16匹と暮らしていました。
   あ、猫だけを突出して好きなわけではありません。全くのなりゆきです。
   今年に入って2匹が亡くなりいまは12匹。
   どんなにたくさんいても別れの悲しみが減るわけではありません。
   それでも、すべての猫を見送ることができそう、ということに
   心のオトシドコロを見つけた思いです。

〇・・どこかで切らなければ、どこをはしょろうかと考えていて、ここまで来てしまいました。このままにします。
猫はいつでもあざやかに逝く、なのですね。同感。共感。実感。


          残暑                     

 炎暑なり かくのごときか蒸籠にて蒸さるる小籠包の絶望

〇そうか。あの日わたしがふはふはと旨し旨しと平らげた小籠包。
絶望の果ての小籠包、お腹に収めてしまったのか、私。


  秋は名のみ熱風淀む庭の面を浄むるがごと藤返り咲く

   いつもは梅雨寒が終わるころ返り咲きする我が家の藤、
   今年は立秋に開きました。
   花房は小さいですが、盛りのころと変わらない艶やかな色合いで幾房も咲いて、
   うれしい残暑見舞いです。



どうぞよろしくお願い申し上げます。

     ラピスラズリ

セミ時雨 
戦後は遠くなりにけり
平成令和あまりに軽し

   今年初めてこの感を深くしました。
   レーワのオリンピックは昭和の東京五輪の感動の欠片も湧いてこないと思います。
   もう私の脳内では既に初めからレーワはセピア色で無彩色です。
   こんな何の希望も持てないこんな無味乾燥な世を人生の後半になって生きるとは
   思ってもみませんでした。


〇いただいた一首、この夏のワタシの気持ちにぴったり来ました。

身のまわりのどんなひとより、誰よりも無様なあの方々が「それ」であるとは。

慣れられないでおります。無理やりに狎れたくも無いです。

平凡な一首と書いておられましたが、そんなことは無いと思います。普遍的なうたと思います。
いささかのことを申し上げれば、

「セミ」は「蝉」がよろしいかと思います。



今宵は、これにて・・・。

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2019.08.24 Comment:2
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