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返事の中までKUONです。
 70歳になって
今日の日付のうちに記しておこうっと。

きょうで70歳になりました。80歳になる日に、ワタシが今の私のままでいるかどうか、わかりませんもん。だから、ちょっと記念日っぽい感じですかね。朝から奈良へ向かいました。夫のおかあさんの病院へ。おかあさんは93歳。こぎれいに髪をカットしてもらっていて、身のこなしもこじんまりと。おばあさんになっても(なったればこそ)、清潔感に満ちているおかあさん、ご立派です。今日は優しい気持ちで、姑を見ることができました。

駅ビルの二階の四川料理の店で、ひさしぶりにランチを食べたら、味そのものは問題なかったけど、コバエがいっぱいいるわ、と怒りながらミニタオルを振り回しているマダムがおられて。私も気づいたのだけど、ドアも高いとこにある窓も開けていて、隣の店は休業中のようで、そういうこともあったのでしょう。いかにもバイト、な若い男の子を呼びつけて、ただおどおどしている若いコに、わぁわぁ言っているマダム。

知らないふりで食べ終えて、出て来ました。多分あの店は、元のあの、活気に満ちた店には戻らない。私ももう行きたくない、行かない。店内にいるスタッフの誰もが、きちんと客に対する態度では無かった。ただ「申し訳ありません」を繰り返して、その先にあるのは・・あああ、あの駅ビルでは好きな店だったのにな。

店主さん、アキラメチャッタノカナア。

昨日行った、西宮の「ミア食堂」は、頑張っていた気がします。料理の見かけも元気だったもの。


帰りの電車の中、半分覚醒状態で、杖をしっかり引き寄せて帰って来ました。

わたし、70歳になって、何をするのだろうか。何が出来るのだろうか。ちょっとゆっくり、考える。



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 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 16  *  記事編集  *  2020年06月11日(Thu) 20時56分
 あー食べたい。
パフェが食べたい。3日くらい前から、アタマの中はパフェに漬かっている。

できたらチョコレート・パフェ。子どもの頃、父親が生きていた頃、年の離れた姉二人と連れて行ってもらったのが「不二家」だったこと。記憶にはほとんど無いが、特に上の姉がうっとりと語るのが常であった。あまりにもステキ、スイーティな話なので、すべて現実のこととして覚えている気がする。写真で見る父は、(多分)いいスーツを着て、長いコートを着ていて、ソフト帽(というのか?)を頭に載せている。娘たちにもお洒落をさせて、名古屋の栄町かどこかで、ホットケーキとかパフェとか、注文して微笑んでいたのだろう。

家に残った母は、体を壊すくらい懸命に洋裁の仕事をして、自転車で佃煮を売りに来る「カイコンさん」の佃煮を買って、夕餉の菜にしていた、父方の祖母はそんな母をバカにして、しみったれだの何だのとワルクチを言っていた、と・・それは、二番目の姉が教えてくれた話。

パフェです。

私の夢見るパフェは、あの長い容器の底の方が、かりかりのナニカなどではないもの。底までクリームやチョコレートのもの。

そういったチョコ・パフェに、なかなかお目にかかれなくて。

あー食べたい。チョコレート・パフェ。




 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 0  *  記事編集  *  2020年02月06日(Thu) 23時21分
 寝正月

お正月も、三日目になりました。

九人きょうだいの長男である義父と、五人きょうだいの長女である義母との間の、夫は長男でした。お正月やお盆には、大勢の方々が入れ替わりに義父宅に集われ、義父夫婦以外は仲のいい皆さまたちは、実家、本家であるとて、(お子も孫も同道されていた)小さいちゃんたち置いてお出かけになったり。長男の長男のヨメである私は、師走の二十九日あたりから、おせち作り。お正月はお子たちのお守り、山のような洗い物、何か所から私に向かって放たれる義母への言葉爆弾の仕切り…義母は、どれだけ頑張っても報われ難い立場で・・・義父は愛人さんと暮していて、ご親戚がたは義父のそちらの家庭と睦んでおられる方がほとんどだった、自分たちを正当化するには、義母を落とすしかない・・・、しかしワタシが義母をあからさまに庇うことも許されず、お正月とはクタクタになるものだったのでした。

テレビの、ジュリーの艶姿が見られないのが、悲しかったなあ・・・。

あれから幾星霜。

今年のお正月、夫も妻もそれぞれヨレヨレで。二人でよれよれ。

お互い、とにかくゆっくり、のんびり、出来るようにやっていようと。思うようにうごくの無理でも、ののしりあわないでいようと。

食べて。たくさん眠って。食べて。また寝転がって眠って。

今日で三日目、そんな日々の中にいます。なかなか楽しいです。




 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 0  *  記事編集  *  2020年01月03日(Fri) 20時16分
 ケダモノに人権は無い
イラクで銃撃されて亡くなったという、中村哲医師。その報を受け、アタマのなかをぐるぐる~っと巡り始めた、いろんな方々のお名前。

まず、イラク、銃弾、と聞けば浮かぶ、15年前に亡くなった戦場カメラマン、橋田信介さん。わたしの愛する漫画家、西原理恵子さんの亡夫、鴨志田穣・カモちゃんの、センセイ。何冊か本も読みました。「戦場の黄色いタンパポ」「イラクの中心でバカと叫ぶ」とか。

サイバラの著書中の人物という流れで、一年前に亡くなったカッちゃん・勝谷誠彦さんも思い出しました。
勝谷さんはいろんな「名言」を持っておられますが、週刊文春の記者だった時代に、書くのも辛い悲惨、陰惨な「女子高校生コンクリート詰め事件」に於ける、未成年の加害者どもの実名を公開、問題になった。

勝谷さんの言葉

「獣に人権は無い」

非常にまっとうな言葉だと思いますが。私自身はそれに加えて、ケダモノがあやめた被害者の、されたことに、消費税加算した苦しい目に遭わせるべし、事前に石打の刑を受けさせるべし、と考えています。ケダモノに人権なんぞ、あるはずが無いんじゃ。

中村医師の奥さまは
「そばにいて欲しかったけど、夫は自分のしていることに賭けていて。いつもさらっと出て行って、さらっと帰って来ていました」

と仰っておられるようで。「悲しいだけです」とも。

そして、イラクで亡くなった日本人といえば、私は、外交官・奥克彦氏を憶います。そこからの流れで、ああ、そういえば昨日か一昨日の新聞に、岡本ユキオ氏の記事もあったなあ、と。このお二人の共通項は「あの女性が入内前に親密だった男性」ということで。そのうちの、お二人。

奥氏は、なにゆえか国外でモノ言わぬ人となられ、このことがあってマタコたまは長い闘病生活に入られた、と言われています。岡本氏は、元気にご活躍のようですね。

まさこ等へのひぼうちゅーしょーが酷い、ともお褒めいただいております。皆さまがご存じない或いは作り替えられている山盛りのアレラの悪事、事実、ホントのこと、こと、を、何かあると、つい、つい、思い出してしまうという持病持ちなだけです。

意に添わなかった実子を、ごまかせると踏んでか、そのお子でない子を、幼い頃から公開して来た人でなし夫婦。夫婦のみならず、その親たち。それと分かっていて何も言えず見守って来られた身近な方々は、お辛かったことと思います。夫は「仕方がないだろうが共犯ではあるね」と言います。

「獣に人権は無い」まことそうであると、言い続けたい気持ちです。

昨日の友人との久しぶりの電話。信心深い彼女が、もう終わりだね~と言い、私も、だよね~、と返した。

とっても、自分の国を愛している。愛しているから。

      

 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 11  *  記事編集  *  2019年12月05日(Thu) 11時13分
 冬の夕焼け、きれいです。
単刀直入に申し上げます。

今日はお天気もよろしく、しかも、うまい具合に寒くて、今年の冬の終わりに飛びついて買ったセールのコート、とっても気に入って冬が待ち遠しかったコートを、着ることのできる寒さで、よかったです。

あ。ここで終わってはなりません、お返事エトセテラが、もう一日遅くなることを、単刀直入に  お伝え申し上げて、そして、今日はおしまいです。

夕焼けが綺麗です。いつもご訪問、ありがとうございます。ヒミツのコメントのお方も、どうもありがとうございました。しっかり読ませていただきました。

かしこ。


 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 3  *  記事編集  *  2019年11月26日(Tue) 17時07分