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泣き出しそうです

こんばんは。

今日で八月も終わりです。本当に暑くてコンチクショ、な日々も、くおんのへたれブログにおいで下さっていて、ありがとうございました。


この夏は、例年に増して、いまは亡い懐かしい人々のことを想いだすことが多かったです。

あえて、強いて、会いたいとは思わない。会えないし。心の中のどこかに、いつだってひっそりといてくれて、何かの折に、ふわっと出て来てくれる、その方たちは、そして、みんな、笑顔なの。

みんな、みんな、笑顔で、記憶の底から浮かび上がって来てくれる。

それって、すごく、嬉しいことではないか。そう思って、いま、泣き出しそうです。






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馬鹿が調子づいて

全身総毛立つ。とはこのことか。

某有名女性週刊誌の、表紙を見て、本当に、全身がぞわ~っとなった。

表紙にいわく。


   「雅子さまを笑顔に」
   陛下「親父ギャグ」連発中

何なんだこれ。

あの男性は、なんにも分かっちゃいないから、誰かが笑ってくれたら「うけた」と容易に勘違いして、結果、どうなるか。

調子に乗る。

国民の皆に受け入れられたと当たり前に勘違いする。

もっともっとと、どこででもやらかす、彼にとっては「身を呈して皆の喜ぶことをしてあげる、ちん」。

であるから。

ちん、とは=「朕」です。プライドだけは一人前です。

誰かまともな誰か、言ってやれないのか、あの。

馬鹿を調子づかせると、どんなことになるか。

どこの誰が、天皇と呼ばれるおとこの「親父ギャグ」を聞きたいか。聞きたい者がおるのか。

雅子? いいかげんにしろ。

小学生だった頃、万博の会場で、得意満面、鍛え上げたポーズで「シェ~」を披露したナルちゃんだった、あのヘチマあたま元・皇太子。

「天皇の親父ギャグ」をねこなで声で報じるようなマスゴミなど、要りません。

馬鹿に立場を与えて、馬鹿を調子づかせて。

誰も責任取らない。





白日夢

暑さとかお茶ばかり飲んでいる自分のヘタレた胃袋のせいとかにしたくないのですが、実際、元気でないです。誰かに電話かけて・・とも思えず、ただ、ぼーとして過ごす時間が多い、今日この頃。

X ジャパンを、大きな音で聴いて。3曲くらいでおしまいにする。

最近たのしんでいる、ものすっごく安い遠くの家の間取りを、思い出してみる。100万円どころか10万円くらいで売られている家が、たくさん。

先日来、何度も見ている北の港にある家は。ええとあれは、幾らでしたっけ、10万円から100万円までの家でした。賃貸でなく、そんな値段で売り出されているの。

部屋数は三つか四つで、バス停だってそれなりに近くにある。外観が「いいな」と、何度も眺めて。

何度も眺めた家の何軒、赤い屋根とか青い屋根で。国道沿いみたいで、三角屋根。高倉健さんが、いっとき身をひそめていてもおかしくない感じ、何がどう「感じ」なのか、説明はできませんけど。

現実に、建ってから50年も80年もたっている家を、買って,うつって、そこで暮らしを始める。そんな話でない、知らない町の知らない家を、あれこれ、思うだけのことです。

一人暮らしていた頃は、ちゅる~んと住み場を変えていました。東京にもいたし名古屋は足場だった。母の家はありましたが、くつろげる実家、というのでなく。冬の高山、冬の長野、あれ、夏には移動しなかったんだ…軽井沢には、当時のトモダチの大きな別荘があって、いい思いもさせてもらいました。軽井沢より、三重県の漁港が良かった、私には。尾鷲、というところでした。青鷺の島、というのがあって。大きなヒマワリが咲いていました。

能登半島の先っぽ、狼煙という海辺の村に住んで見たかったが、果たせませんでした。

水平線が、地球の丸みなのでした、そこは。

笠智衆みたいな宿のご主人が、毎晩、お休みなさいと挨拶しに来てくれた。数日泊るつもりが十日ほどい続けて、明日は帰りますと言ったら、退屈されませんでしたか、と。

しませんでした、退屈は。何もしないで、美味しいご飯をいただいて、海の方をずううううっと、眺めていただけ、退屈なんかはしないわ。

でも、もう一日いなければならなかったとしたら、退屈でどうしようもなかったかもしれない。

現在みたいな出版不況の世相だったら、私みたいな気まぐれちんぴらおんなに、そんなことできるお金は降って来ていなかったでしょう。

いま住んでいる町へは、夫のカラダと仕事の兼ね合いを優先して、去年、来た。住みやすい町で気に入っています、花の一鉢も世話していない、毎日ハムスターと、バルコニーに来るスズメとに声をかけ、夫が、気のすむまで(必要としていただいている間)体と気力が保ちますようにと、シンプルに願いつつの暮らし。

ここで夫を見送りたい。多分それは、叶うと思う、その後はどうなるかな、と、それも考える、私は奈良へは帰らない。

奈良は過去のまち。夫より先に夫の母親を見送ったら、私の「するべきこと」は、すべて、終わり。もういいと思います。
婚家のヨメ業務は終了。

いまの部屋に、一人で住む気はしません、こんなに広くなくていい、もう一部屋は無くていい。

引っ越しは疲れるから、具体的には今までのように考えられないのは事実です、思い付きでは動けない、今の自分。

で~も~ね~。

これからの私には非現実的であることも、ウフウフ、夢想してみるのは、楽しい。

こんなところに、住んでみるのもいいなあ。こんなお家もいいなあ。そんな夢想をします。のうみそ、茹ってるかな(笑)。

あ、ケタ間違えていました。売値一万円。そんな、ちょいとそそられるお家があるんですよ、あれこれ見ていると。。


八月の、みんなのうた。



     KUON の詠める

・八月の沖を若きらのヨットゆく平和といふは痛みのごとし

     白萩 の詠める

・ご利益は夫婦和合と伝えらるる芦刈山のちまき飾りたり

・懐かしきコンチキチンのお囃子よ京の街そぞろ歩きし昔

・面影もおぼろげなりし川床でともに舌鼓打ったあのひと

・この高さまで飛びおるかとんぼ達眺めるはビル5階の窓なり

・蝉の声もビルの中までは沁み入らずオフィスを出た途端の大合唱

・全身におさまりきれぬ喜びで跳びはねる若きナインの夏V(ブイ)   [甲子園出場おめでとう]

・戦争の記憶あたらし八月の六日九日十五日なり

     アルジェリマン の詠める

   【通勤電車から、撤去された空き家の跡地が荒れ行くのが見えます。】

屋敷跡より伸び出でてタケノコのその葉の揺るる月にも届け

竹やぶを覆い尽くしてヒルガオは線路の土手を昇り始める

ヒルガオの覆いの下で笹の葉は今もさらさら鳴ってるだろうか

ヒルガオの重なる藪に風吹いて夜と昼とが入れ替わりゆく
 
   【朝夕の犬の散歩や庭の姿に、毎日何かを発見します。】

雲流れ黒犬の背に影が来る出穂未だしイネ揺れる畔

朝の庭耳元かすめるギンヤンマ水撒きながら故人を思う

春以来水遣り続け甘夏がついに芽吹いた酷暑の葉月

切り詰めたアジサイの株いさぎよし濃き葉桜に夕風通る

西空に赤き三日月低くあり夕蝉鳴いて涼風の立つ

朝晩に水継ぎ足して我が池はいつかはトンボの聖地とならん

ばんじゅうに水草入れた我が池はホテイアオイが膨らみ広がる

初めてのホテイアオイの花咲きし盂蘭盆の日に台風が来る

     萌黄色 の詠める

珈琲の香も味もありません百円ケチって朝のため息

終戦記念日 祖母の残した手帳には
“星影のワルツ” 想い重ねる

   じいちゃん私たちの為にありがとうございました。

     おおやま よしの の詠める

   眞子内親王殿下の南米ご訪問の様子を拝して

罵詈雑言 悪口の礫 受けるとも
眞子と(まこと)の花は 輝きて咲く

   豆記者たちを羡む

来る日の 帝二人を 拝したる
その幸運を思え 豆記者

   8月6日に思う

小さきあたま 自ず寄らむの先生の
今の日本に どれほどや居る

   8月15日に思う

妻も子も なき大叔父の 死に場所は
ルソン島とぞ 原戸籍告ぐ

   戦没者追悼式での皇后様を拝して

追悼の 頭を垂れた その内に
真心ありや 死者を悼むの

     まめはな の詠める

・「解散はせず」まき子夫人の言いたれど石原軍団若人覇気なし

・死に逝ける蝶草陰に隠しけりまた良きものに生まれておいで

・到来の桃剝く我に吾子の言う「まだ桃太郎出てこないねえ」

・妊婦なり風呂の鏡に映りいる我が腹眺めつくづく思う

・白魚のごときという手ありぬれどたらこのごとき太きこの指

     洗浄液ありす の詠める

   [岩手県大船渡の佐々木朗希投手の投球数について

その一
194 限界超えの4回戦
球威補い 織りなす緩急

そのニ
甘えるな いざ仲間を連れ 本戦へ
喝を入れたる老害は野手

その三
監督の 英断歴史に 刻まれし
旧態球界 レボリューション

その四

張さんはブラジルの人に叫んでて
ハマの大魔神ブルペン入りを

     玉兎と茜馬 の詠める

防げない私にカノジョが向けて来る激気むき出し燃え盛るコトバ

     かりそめ の詠める

*朝蝉の力のかぎり鳴いてをり憂さの入りこむ暇(いとま)あらざり

*樹には蝉草には虫の夜に鳴くわが心には鬼の来てをり

*マンションの部屋のどこかに鉦叩そのつましさを子守唄とせむ

*見上げゐる我につられむすれ違ふ少年たちが秋の星見る

*父と子の水鉄砲を撃ちあへり水光りつつ通ひあひゐる

   <触れたくはあらざれど>

*憲法を枉げて退位をせしからはひそと消ゆるが人の道なり

*かの女帝浸かりし沼は底無しの嘘と欲との耐へえぬ臭ひ

   *気を惹くに癌を詐病に使ふなら真の患者は泣くに泣けざり

     (詐病と言う所以は)

   *喋れぬと大々的に報道し声を聞かれし過去あるゆゑに

     おてもやん の詠める

〇盆休み家族が揃う朝ご飯味噌汁焼き海苔たくあん旨し

    息子も帰省してにぎやかな盆休みです。

〇老犬にとろみごはんを作り置き家人に託し一泊の旅

〇博多駅新幹線のホームにてミッキーの絵の車両を写す

〇我の乗るつばめ319号は今写したるミッキー車両

〇絵本見て列車の名前次々に覚えるオトコ三歳オタクか

     黒猫アビ の詠める

 ・窓ガラスさわれば熱しベランダへ
  出るもためらう激暑の今夏

 ・エアコンがフル回転の部屋ごもり
  暖パンはいて冷えからまもる

 ・あきらめか夫婦ゲンカも気力なく
  腹の立つこと黙して逃す

     ギボウシ の詠める

昼餉前ここにも一人おじさんが 群れるでもなく散歩をしおり

卒寿超え逝きし姑の家族葬 ひ孫6人よくぞ殖えたり

     あさがほ の詠める
                   
    祭 今昔

  幣垂れて街は祈りに入りにけり十歳の夏の祭恋しも

  はちまんの神迎ふると白襷いなせな父の昭和の祭

  いつしかに納涼祭とかはりけり神なき夜の祭囃子か

         猫たちとの暮らしの終わりの始まり     

  死のにほひ纏ひてもなほ独り立つ 猫はいつでもあざやかに逝く

  玉止めし返し針して帛を縫ふ鎮まりし猫(こ)の魂よとどまれ

  猫を悼む思ひに曇りなきものをあはれ物喰ふヒトの営み

    残暑

  炎暑なり かくのごときか蒸籠にて蒸さるる小籠包の絶望

  秋は名のみ熱風淀む庭の面を浄むるがごと藤返り咲く

     天上の青 の詠める

蝉時雨 
戦後は遠くなりにけり
平成令和あまりに軽し

     温泉郷 の詠める

大花火びわ湖の中へ突き刺さる夜空に響く音の遅れて

台風の去りて五山の送り火を隣人と見る語らいながら

風にのり音が届くよ山越しに打ち上げ花火の上だけ見える   (2018:夏)

     パール の詠める

☆増す暑さ大合唱の止み間待つ命七日と思いはしても   <セミ>

☆響のみ姿なき花火我が部屋で風情なくともそれもまた良し

☆亡友(とも)の実家(いえ)更地になりし跡に立つ汐のかほりは何も変わらず

☆ここが居間ここ台所懐かしむ他人(ひと)から見ればアヤシイ私   <亡き友の実家跡>

☆日の出は日々に遅くなり五山の送り火過ぎしも秋は未だ見えず

☆人災に天変地異に隙(いとま)なく命奪わるる民の哀しみ   <祭祀王なき日本>


★スキャンダルと嘘に塗れた皇室に祷る心があると思えず

★祭祀王なきとなりしかこの国に要らぬモノなり終われよれーわ

★英霊の御霊に向かいて「反省」て何?アンタの結婚反省しろよ!   <下てんのーさんへ>
 
     ひらりんこ の詠める

嘘言ってNHKを解約す
いいのあちらもどうせ嘘つき

     わすれんぼ の詠める

五輪とかスポーツだとかいとうざし 我が人生に関係もなし
 
“スリーエス”ナチスの言うた目くらまし 日に日にひどく狂いゆく世は
 
香港の民必死なるデモの波 従うだけの我らの愚かさ 

   山梨・北杜市にて

美しき森をむしばむソーラー群 恥知らぬ者のさばるこの世
 
森の道逃げ立ち止まる親子鹿 清き瞳で我を見つめり 


この夏は姿を見せぬガマガエル 長く我が家に住まいしものを

トイレより戻れば君の大歓迎 お帰りママと大はしゃぎなり   愛犬

届きかけ届かなかったあと一歩 馬の前髪つかめぬくやしさ 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


暑いなか、おうたをお寄せくださり、ありがとうございます。

また九月に、九月のうたでお目にかかりたく思います。

激暑は、ボディブローのように効いて来そう。負けるもんか、夏。気ばかりは、そんな感じです(笑)。


 

八月のおべんきょう、おしまいです。

お返事が遅れに遅れて、鈍行列車のような今月でした。

窓あけて、塩の味の効いたおむすび、かぷかぷとかぶりながら、鈍行列車に乗って、どこか、海へ、行きたいなあ。

やっぱり能登の海がいいなあ。

とか、夢想しました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     温泉郷

大花火びわ湖の中へ突き刺さる夜空に響く音の遅れて

(この色はKUONが書いている部分です)

あああ。すべてが言い尽くされている一首ですね。見事な夏の花火。大輪の、また繊細な花火。

琵琶湖の中へ突き刺さる花火。ダイナミックですね、よかったですね、見られて。音は、後なんですね。


台風の去りて五山の送り火を隣人と見る語らいながら

    以前私はこの「みんなのうた」で花火を詠んだなと思い調べてみたら昨年8月、

   風にのり音が届くよ山越しに打ち上げ花火の上だけ見える

   と詠んでました!いずれもびわ湖花火大会のものです。今年はびわ湖の真ん前のベランダから
   花火の華麗なショーのすべてを見ることができました。

〇「打ち上げ花火の上だけ見える」こんな風に、自分の見たものを、自分の言葉で素直に描写すること、大切ですよね。写生が大切なのは、絵画のみではなくて。去年のうたを出して下さり、よかったです。

     パール

   炎天下の球児の爽やかな頑張りを
   涼しい部屋で申し訳ない気持ちで
   見ております。
   有り難い日曜の午後です。


☆増す暑さ大合唱の止み間待つ命七日と思いはしても   <セミ>

(この色はKUONの書いている部分です)。

〇ほんの数日の儚いいのち、ならば存分に、と、思いはしても、鳴きやんでくれれば刹那、ほっとするのは本当。実際に、蝉の声は少なくなっている気がします。カナカナの声は、未だ聞こえず・・・


☆響のみ姿なき花火我が部屋で風情なくともそれもまた良し

〇私の日々もこれです。あちこちから、音だけ聞こえる。(笑)。それもまた良し、と読ませていただくと、トシとったのもまた良し、の気持ちにもなります。

☆亡友(とも)の実家(いえ)更地になりし跡に立つ汐のかほりは何も変わらず

☆ここが居間ここ台所懐かしむ他人(ひと)から見ればアヤシイ私  <亡き友の実家跡>

〇実感あります。亡きお友達のご実家跡。単なる一過性の「ともだち」でなく、いろんな経験や思い出を、濃く共有される方なのでしょう。切ないです。

☆日の出は日々に遅くなり五山の送り火過ぎしも秋は未だ見えず

☆人災に天変地異に隙(いとま)なく命奪わるる民の哀しみ   <祭祀王なき日本>

〇現代ニッポンの祭祀王に大切なのは・・・考えるとアタマ痛くなるのみ、情けないです、自分自身も。


★スキャンダルと嘘に塗れた皇室に祷る心があると思えず

〇日本でもっとも、無い者たちと思われ。

★祭祀王なきとなりしかこの国に要らぬモノなり終われよれーわ

いつもいつも茶化すようで申し訳ない、けれど、本気です。今月も共に手を打って、唱和させていただきたい。

「要らぬものなり、終われよれ~わ、終われよれ~わ」たんたかたん。。


★英霊の御霊に向かいて「反省」て何?アンタの結婚反省しろよ!    <下てんのーさんへ>  

   言葉が乱暴で申し訳ございません。
   黙祷で目をパチパチ、真っすぐ立てずユラユラ、腰をキチンと折れずに尻出し
   のお辞儀。良いモノでしょうがシワシワの服。
   それを下こーごーと敬えとは、何の罰かと。認めておりませんが。
   荷物席のニタニタ下てんのーとはお似合いですが、情けなさ過ぎです。


     ひらりんこ

嘘言ってNHKを解約す
いいのあちらもどうせ嘘つき

   何か詠もうとすると、暗い泣き言ばかりになってしまう今日この頃です。
   それを避けようとすると、なんだか軽薄なものになってしまいました。
   空の色や鳥の声がとても好きですが、情景的なものをうたにすることができません。もしよろしければ、
   ぜひともコツをお教えくださいませ!


(この色はKUONが書いている部分です。)

〇う~む。コツ、ですか。私にはわかりません。とか言っちゃうと、ここで終わりですね。チ~ん。(笑)。

うたを詠むのは、強制とか義務とかと真逆の世界です。しなくても誰にも叱られない、つまり自由な世界。それなら、十分に存分に、思い切り、好きなようにすればいい・・のではないですかしらん。

今月の一首、貴重な一首、まったく「軽薄」なんかじゃないし。思わず笑いました、可愛くもあり。これでいいのではないかな、言って見れば「「口語体の気楽さ」があり。思いが、するんと出て、それでうたになっているって、楽しいこと。

今のままのひらりんこさんのうたで、すっごく「いい」と思います。これはちょっと、ね、と、たとえばワタシが感じたら、すこうし、アドバイスさせていただけるし。

好きなタイプのうたを、たくさん読むとか。声に出して読む、とかは「コツ」なのでしょうか。それらは「あり」でしょうね。

うた、詠みたい気持ちなら、ジャンジャンお寄せください。


     わすれんぼ

   お久しぶり・・でしたかどうかわからなくなりました。
   たぶん暑さ負けか、アルツ何とかか・・・時の流れが変です。
   でも去年の長~い酷暑に比べればまだはるかにましな気がします。去年はずっと熱中症みたいでした。
   よろしくお願いいたします。


(この色の文字。KUONです)。

〇お久しぶり・・なのでしょうかしら。そのような気もします(笑)、私も暑さに負け続けておりました、この夏、しかしこうして、お会いできて、何よりだと思います。


五輪とかスポーツだとかいとうざし 我が人生に関係もなし
 
“スリーエス”ナチスの言うた目くらまし 日に日にひどく狂いゆく世は
 
香港の民必死なるデモの波 従うだけの我らの愚かさ

〇もう既に、かえれないあたりまで来させられていると思うのですが、皆さまニコニコと平和で、ばざござまお美しい、で、その場の感じで旗振りに集まって、ハメルーンの笛吹きを探してる、人より早く「映え」たくて。

など。書いておられないことに附箋つけて申し訳ない・・・
 

   山梨・北杜市にて

美しき森をむしばむソーラー群 恥知らぬ者のさばるこの世
 
森の道逃げ立ち止まる親子鹿 清き瞳で我を見つめり
 
    今年は鹿を見ることがとても多いと、地元の方が言っていたのですが、
    森に何が起こっているのか気になります。


この夏は姿を見せぬガマガエル 長く我が家に住まいしものを

   木陰の鉢植えの土をほじくって少し土に埋もれて昼寝している姿が
   かわいかったのですが・・・コガネムシの幼虫が根を食べつくして枯らすので一部農薬を使ったのがいけないのか
   …心配です。


〇可愛いもの、いとおしいものに目や気持ちが傾く暮らし、その反対の面には、こういった心配事や切なさが。地面に落ちて、まだかすかに動いている蝉を見ても、こころ揺れて、若いころより悲しい思いもたくさんあるように感じます。ガマガエルさん、それは、気にかかりますよね・・・。

トイレより戻れば君の大歓迎 お帰りママと大はしゃぎなり

   たぶん…わんこを君というのはNGなんだろうと思いつつ・・・夜一緒に寝ていて、
   たかがトイレに行って戻ったくらいで大喜びする赤ちゃんな5歳です。


〇おそらく・・そういったことに神経質な短歌のセンセイもおられます。人と動物を一緒に何してどうやら、とか。でも、そんなの自分の勝手やん、と、ずっと感じています。

自分にとって、他の何に代えがたく愛おしい存在のわんこなら、君、でいいではないですか。

以前、ワンコさんのおうたについて、事情も知らずいた頃わたし、ナニヤラ要らんことを書いた記憶があります。犬、と分かり切っていなかったのだと記憶します。

今の気持ちは、そんなのいいじゃ~ん、です。可愛い愛しい大切なもの。どうやって詠まれてもいいと思う。

ただ、うたの中の「君」「あなた」「ハニー」が、わんこさんであることは、解っている方がいい場合が多いとも、思います。

ご面倒でも、わんこであることを記されるとか、あるいは、よそではどうでも、この「みんなのうた」の範疇では、わすれんぼさんのおうたの中の「君」は、わんこだよ、と言う風にしておくとか。

気になさらないで、思いを、どんどん詠まれたら、と考えます。


届きかけ届かなかったあと一歩 馬の前髪つかめぬくやしさ
 
   この一年頑張ったことは結局無駄になりました。方針転換をしてひと頑張りしても
   それもうまくいかず、もうお手上げ。気分が荒みます。

   何か少し秋の気配が見えてきたような気もします。もうちょっとですね・・・たぶん。

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また来月。ここでお会いできますよね。

八月のおべんきょう  Ⅶ

朝から飛ばして奈良のお墓へ。前夜、覚悟していたけれど、そんなに暑くなくお掃除もできました。八月は二度目の墓参。どうも誰やらおいでになった気が。最近はもう、何かとうるさかった親戚の方々も、皆さまお年のせいもあってか、足の遠のいておられる中、あのひとかな。

お線香の燃えカス、これは私が月初めに? 。あのひとなら、普通の墓花でなく、槇の束を供えたはず。槇を手向けるに、予備の花器を使うはず、ここの墓地は、お花でもお菓子でも、人が立ち去れば即、鹿さんたちが現れて、もにゅもにゅ、はぐはぐと食べてしまう特殊性のある墓地、よって、そういった物的証拠は残らないのが常・・・など、考えていて、あ、と、ピンと来ました。

水は天から貰い水~、の、墓石の水受けが、がしがし磨かれている。私はだらしが無いので、んにゅ、と拭いておいても、こんなには磨かない(威張っているのではないです)。Rさんが来はったんやな。

長く舅の愛人だった女性。私と夫の子どもよりも小さい子を、生んだ女性。あれこれあって晩年の高齢の舅を、一緒にいた住まいから文字通り追い出した女性、当時の当然として、舅の死も知らせなかった。

あの人が、今年のお盆には、来たんだな。何年振りだろう。

私の家も執拗な無言電話に悩まされたし、お金のことも夫の仕事の邪魔もいろんなイヤなことがありました。いろんなことをあのひとは、されました。正直、会いたくもないひと。

でもお義父さんの墓参りに来たのね。水の器をきれいにしてくれたのね。舅が逝って十三年。

終わって、坂の下に停めていた車に乗り込もうとすると、目の前にトンボが来ました。つ~い、と飛んできて、そんなに大きくはない銀色のトンボ、私が開けた助手席のドアから、なんと、入って来てしまった。夫が運転席のドアを開けると、来た時のようにす~い、と、出て行きました。

あのトンボは、誰なのか。お義父さん、などと考えるほど、私は、ロマンチストではないのだけれど。舅は、娘ほど年の違うその人を、頼ったり利用したりしていた、おそらく喪主となった妻(ワタシの姑)よりかは、気持ちを添わせていたのはわかっています。

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     あさがほ
                   
       祭 今昔

  幣垂れて街は祈りに入りにけり十歳の夏の祭恋しも

  はちまんの神迎ふると白襷いなせな父の昭和の祭

  いつしかに納涼祭とかはりけり神なき夜の祭囃子か

(この色がKUONの書いている部分です)

〇「納涼祭」、とはね。です。


   昭和20~30年代の祭と正月は街の空気が一変するほどの清浄感に満ちていました。
   いまはあんなぴんと張った空気感も、いなせな男性もいなくなったようです。


         猫たちとの暮らしの終わりの始まり     

  死のにほひ纏ひてもなほ独り立つ 猫はいつでもあざやかに逝く

  玉止めし返し針して帛を縫ふ鎮まりし猫(こ)の魂よとどまれ

  猫を悼む思ひに曇りなきものをあはれ物喰ふヒトの営み

   どんなに悲しい時でもお腹はすきます。
   子供のころから「通夜」というものを妙に生々しく感じていました。
   悲しみの極みでそれでも空腹をおぼえるヒトの健康な生理の照れくささを、
   死者との共同飲食という葬送儀礼としてオトシドコロとしたのかも(あさがほ民俗学)。

   ホームレス猫のTNRを20年以上前から続けておりましたが外では守りきれず、
   みんなまとめて面倒みることになり、MAX16匹と暮らしていました。
   あ、猫だけを突出して好きなわけではありません。全くのなりゆきです。
   今年に入って2匹が亡くなりいまは12匹。
   どんなにたくさんいても別れの悲しみが減るわけではありません。
   それでも、すべての猫を見送ることができそう、ということに
   心のオトシドコロを見つけた思いです。

〇・・どこかで切らなければ、どこをはしょろうかと考えていて、ここまで来てしまいました。このままにします。
猫はいつでもあざやかに逝く、なのですね。同感。共感。実感。


          残暑                     

 炎暑なり かくのごときか蒸籠にて蒸さるる小籠包の絶望

〇そうか。あの日わたしがふはふはと旨し旨しと平らげた小籠包。
絶望の果ての小籠包、お腹に収めてしまったのか、私。


  秋は名のみ熱風淀む庭の面を浄むるがごと藤返り咲く

   いつもは梅雨寒が終わるころ返り咲きする我が家の藤、
   今年は立秋に開きました。
   花房は小さいですが、盛りのころと変わらない艶やかな色合いで幾房も咲いて、
   うれしい残暑見舞いです。



どうぞよろしくお願い申し上げます。

     ラピスラズリ

セミ時雨 
戦後は遠くなりにけり
平成令和あまりに軽し

   今年初めてこの感を深くしました。
   レーワのオリンピックは昭和の東京五輪の感動の欠片も湧いてこないと思います。
   もう私の脳内では既に初めからレーワはセピア色で無彩色です。
   こんな何の希望も持てないこんな無味乾燥な世を人生の後半になって生きるとは
   思ってもみませんでした。


〇いただいた一首、この夏のワタシの気持ちにぴったり来ました。

身のまわりのどんなひとより、誰よりも無様なあの方々が「それ」であるとは。

慣れられないでおります。無理やりに狎れたくも無いです。

平凡な一首と書いておられましたが、そんなことは無いと思います。普遍的なうたと思います。
いささかのことを申し上げれば、

「セミ」は「蝉」がよろしいかと思います。



今宵は、これにて・・・。

八月のおベんきょう Ⅵ

なんだか今朝は、夜更けに吹き始めた風が、ずうっと吹いていて。

暑いには暑いですけど、う~暑い、何とかしてくれぎぇ~、的な狂熱感はすこぉし薄れております。まさかこのまま秋が来て、などと、そんなお人よしではいられませんが。(笑)。続けます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     おてもやん

〇盆休み家族が揃う朝ご飯味噌汁焼き海苔たくあん旨し

   ※息子も帰省してにぎやかな盆休みです。
   博多にも遊びに行きました。


(この色がKUONの書いている部分です)。
お幸せなお盆休み。お盆休みの、やっぱりこれだよ、の、フツーで最高に美味しい朝ごはん。焼き海苔の艶が、目に浮かぶようです。


〇老犬にとろみごはんを作り置き家人に託し一泊の旅

〇博多駅新幹線のホームにてミッキーの絵の車両を写す

〇我の乗るつばめ319号は今写したるミッキー車両

いつも、四世代のあれこれに気も体もその他も使っておられる。わんこもいる。お年寄りになった愛犬に、「とろみごはん」というのがあるのですね、それを用意して、一泊の旅を。でも、そこでも、幼いお孫さんの好物は見逃さずカメラを向ける。この方面にも疎いのですが、博多には、ミッキーマウスを描いた車両があるのですか。

〇絵本見て列車の名前次々に覚える男三歳オタクか

個人的にわたし「おたく」なるものを好ましく思っております。何かを成すにはオタク要素いるわ、と。

少し迷ったのは「男三歳オタクか」ここ。うまく説明しかねるのですが、「男孫=おまご」とされるか。この「男」を「オトコ」とされるか。もちろん、元のままで充分です。


     黒猫アビ

 ・窓ガラスさわれば熱くベランダへ
  出るもためらう激暑の夏

この色がKUONの書いている部分です。)

〇実感の一首です。最後のとこ、少し触れれば、と思いましたが、細かく書かせてもらってしまいます。

はじめ「窓ガラスさわれば(触れれば)熱し」と。「「く」でも次の「ベランダ」につながってよろしいのですが、「熱し」と言い切ってベランダへ移ってもいいな、と。お好みで、どちらにされても。

ラスト部分「激暑の夏」は実感であっても、字足らずが活きない。「今夏の激暑」とか、「激暑この夏」とか。いかがでしょうか。


 ・エアコンがフル回転の部屋こもり
  暖パンはいて冷えからまもる

〇「部屋にこもり」あるいは「部屋ごもり」ですね、ここ。エアコンは必需ですし、冷えは困るし。こんなこともストレス、になっている気がします。


 ・あきらめか夫婦ケンカも気力なく
  腹の立つこと黙して逃す

〇「黙して逃す」生きているための、知恵、でしょうか。・・・・・・・・「ケンカ」の「け」に、濁点つけて下さいね~。よろしく。
 
     ギボウシ

   今月はお休みを、と考えていましたが、少々心を奮い立たせ、
   即席で2首・・相変わらず雑で恐縮です。


(この色がKUONの書いている部分です)。

〇乱打も結構、お詫びなどいりませんよ。私は、自分流で、あれこれ受け止めたり書きたいように書いたり、させてもらっています。心を奮い立たせてうたを詠まれたこと、お寄せくださったこと。それが、嬉しいのですよ。


昼餉前ここにも一人おじさんが 群れるでもなく散歩をしおり

〇なにか、クスリと面白たのしい一首。おじさんは群れない。そういうことみたいですしね。おじさんが独りでいる、については、いろんな本で語られていて。

卒寿超え逝きし姑の家族葬 ひ孫6人よくぞ殖えたり

〇お忙しかったでしょうが、無事、お姑さまを送られたのですね。

卒寿を越えて。ひ孫六人と。大往生でいらした。拍手。

家族葬大賛成です。おうた、雑でなんかなかったですよ。





八月のおべんきょう Ⅴ

履正社高校が夏の甲子園の覇者となり、見上げて気づくと、空はかすかな秋の気配。

続けさせていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     かりそめ

*朝蝉の力のかぎり鳴いてをり憂さの入りこむ暇(いとま)あらざり

*樹には蝉草には虫の夜に鳴くわが心には鬼の来てをり

(この色がKUONの書いている部分です。)

〇まこと、蝉は、渾身の力、体いっぱいで鳴いています。憂さなど入り込む暇は無いと。

「朝蝉」であるのがミソでしょうか。夕べにはもう、鳴けない蝉になっている・・・。

二首目。樹には蝉、草には虫の「夜に鳴く」。そして吾が心には鬼が来ている。

いつもいる鬼でない、今宵、いま、来ている鬼が、いる、私の心の中に。

鬼を、追い払わないでいてあげて下さいと。言ってもいいですか。鬼が、自分でアタマかきながら出て行くまで


*マンションの部屋のどこかに鉦叩そのつましさを子守唄とせむ

〇しつこく突っ込むわたし。虫が「カネタタキ」「なのは、いいなあ、と思いましたが、「つましさ」なのか、もしかして「つつましさ」なのかと、ふと感じました。

*見上げゐる我につられむすれ違ふ少年たちが秋の星見る

〇いいうた。素敵な一首と読ませてもらいました。

*父と子の水鉄砲を撃ちあへり水光りつつ通ひあひゐる

夏の持ついろんな顔の、きらめく一つですね。

   <触れたくはあらざれど>

*憲法を枉げて退位をせしからはひそと消ゆるが人の道なり

〇ずけずけ言うていいですか~。

「アタクシたちの」ろまんすの地で静養し、今年も若い学生さんたちの時間や機会を横からさらい、されるとか。ミテコさんは。ご亭主連れ回して。


*かの女帝浸かりし沼は底無しの嘘と欲との耐へえぬ臭ひ

底なしの沼です。


・・・・・・また明日。




八月のおべんきょう Ⅳ

いやあ、おほほほほ、ケンカ、お売りになってあらしゃりますの、え? と。容赦のない太陽はんを、ぎいいっと、ねめつけてはみますねんけど。勝ち目ありませんわ。

続けさせていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     洗浄液ありす

   はじめまして

   短歌は初めて詠みます。
   洋楽やラップの作詞をしています。

   短歌の形にするには程遠いのですが想いがつのりました。


(この色がKUONの書いている部分です。)

初めまして、こんにちは。読んでいて下さり、みんなのうたにおいで下さり、嬉しいです。以下、おうたに添えてお気持をるる、書いて下さっていますが、とにかくおうたを読ませていただくことにします。

   [岩手県大船渡の佐々木朗希投手の投球数について

その一
194 限界超えの4回戦
球威補い 織りなす緩急

そのニ
甘えるな いざ仲間を連れ 本戦へ
喝を入れたる老害は野手

その三
監督の 英断歴史に 刻まれし
旧態球界 レボリューション

その四
張さんは ブラジルの人に 叫んでて
ハマの大魔神 ブルペン入〈い〉りを

〇おうた、初めてとは思えませんよ。うたは訴え、普通の感じで口にできないことを、遠い昔から人々は、ワンテンポ間合いを置き得る「うた」の形にして、外へ出して来ました。すべて、自分の望み通りになるとは限りませんので。
うた、そのものが、叫びであり、アピールなのだと思っています。お目汚しでは決してありません(ホントよ)、たくさん思いを吐き出されたらいいのでは、と思います。

「みんなのうた」ですから、うた、の形にして、お寄せいただきたいと思います。平常のコメント欄もありますし。

私個人は、ダルさんに気持ち、寄っています。老害と呼ばれる自分になりたくないわ、と思っています。U18での佐々木選手の活躍を楽しみにしています。


     玉兎と茜馬

    先月の歌で、お直しに対して。
   お返事できず、申し訳ありません。
   KUON様の言うとおり「ぞ」はきついから、
   「や」でお願いしたいというコメントを投稿しようと
   思ったときには、遅かったようで。
   申し訳ありませんでした。

〇せっかくのお気持、ごめんなさいね。KUON偉そうなのですが、最低限のキマリを設けておかないと、長く続けて行けないと悲しいので。それと、ご自分のうたなのだから、謝ってもらうことでは無いです。

   歌に対する技量が。
   つらいことを歌にできる方々うらやましい。
   うまい31文字にならない。


〇ううん・・職場での人間関係に苦しんでいる方に、きっついことを申すようですが。

そんなに簡単に、いろんなこと、できてしまうものですかしら、と、思うのは確かですよ。人を羨んでいいことなんか、いっこも無いと思う。きついこと言ってますね、私。


   頑張って辛さをうたにしてみました

彼女を表す言葉を探して知った炎陽炎節等々

〇つまり、↑ が、今月のおうたなのですね。。難しいです私には。あなたは苦しくて、なんとか頑張って一首、詠んだ。それは頑張った、と。

私に向いてボールを投げて下さった、一首を、それはありがとう。でも、添削してくれと言われる私に、なんとかしたい、とさせる思いが、うたの中に無いですもの。どうしようもないんです。せめてせめて

防げない私にカノジョが向けて来るむき出しの炎暑もえ盛るコトバ

これが限度なのか私、と。がっくり。

   落ち込んでいるときのディープ、キングカメハメハ達の
   名馬ロスは辛い。


この問題も、大きかったのでしょうね。



八月のおべんきょう Ⅲ

たいへん遅くなりました。何度、虚しくのぞいて頂いたことでしょう。

ごめんなさい。続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     おおやまよしの

   眞子内親王殿下の南米ご訪問の様子を拝して

罵詈雑言 悪口の礫 受けるとも
眞子と(まこと)の花は 輝きて咲く

(この色はKUONの書いているところです)。
〇詠み人さんの思いのそのままで、触れようが無いです、このままで。一か所、「受けるとも」を「受くるとも」にしてみられたら、格調が高くなるように思います。元のままで充分ですけれど。


   豆記者たちを羡む

来る日の 帝二人を 拝したる
幸運思え 豆記者の子ら

〇そうですね。14~5年前の沖縄の豆記者さんたちは、当時の皇太子に手を引かれた「皇太子の子どもという触れ込みの、よその女の子に、接して頂かれたのですものね。なぜかそのお子は、よく喋っておられたとのことですが。

本物の、唯一の親王殿下にお会いになり得た。まっすぐに、そのことの意味を、受け止めていて欲しいなあと、私も感じます。「豆記者の子ら」は、少しぎごちないかも。「その幸運を思え豆記者」ですと、エラそうになりますか。


   8月6日に思う

小さきあたま 集まれるよな 先生は
今の日本に どれほどか居る

〇正田篠江さんの一首に、ですね。「集まれるよな」、気持ちはわかりますが、表現として惜しい気がします。「小さきあたま自ず寄り来る先生は」ですと変わり過ぎかもしれませんが、意味を通すため。それと、「今の日本にどれほどや居る」と、弱めてみました。今の日本にも、どこかで目立たず頑張っておられる先生は、おいでだと思い。思いたく。勝手ですが。

   8月15日に思う

妻も子も なき大叔父の 死に場所は
ルソン島とぞ 原戸籍告ぐ

〇この一首を詠んで下さったおかげで、まるで何の関りも無い私、若くして異国の、草むすかばね、になられた作者の大叔父様について、考える時間をいただきました。

安らかに。ただ安らかに、お眠り下さい。もったいないお命でした。本当に、もったいない命を、散らされました。


   戦没者追悼式での皇后様を拝して

追悼の 頭を垂れた その内に
真心ありや 死者を悼むの

このお方こそ、もったいなくも惜しくも無い存在と、どうしても、思ってしまいます。

     萌黄色

終戦記念日 祖母の残した手帳には
“星影のワルツ” 想い重ねる

じいちゃん私たちの為にありがとうございました。

〇初恋の人を沖縄で亡くしたという姑が、つい重なりました。

、大切なひとを、有無を言わせず連れ去られた当時の女性たち。「祖母」さまの想い人はどなただったのかは分かりませんが、音痴を自称する姑が、何度か唄っていたことがあります。「星影のワルツ].

「今でも好きだ死ぬほどに」ここなのか、「一緒になれる幸せを二人で夢見た」の部分なのか。悲しいことも辛いことも、大声で叫ぶことを許されなかった女性の、かわりに、切々とあった歌詞なのでしょうね、あの歌は。

じいちゃんたち、本当にありがとうございました。ですね。


     まめはな

・「解散はせず」まき子夫人言いたれど石原軍団若人覇気なし

その話は知りませんでしたが、うたの後半、全く同感。どんな人がいるのかも知らずに言うのは申し訳ないけど。知らないままに言ってしまえば、恵まれ過ぎているのでは。まったく下品でない「軍団」さんかと。「解散は」の「は」」は、大切な「は」です。

・死に逝ける蝶草陰に隠しけりまた良きものに生まれておいで

〇まめはなさんの優しさが溢れかえっている一首。はじめ「隠しやる」かな、と思いましたが、このままで。ほんとう、また良きものに生まれておいで、です。この蝶、丁寧に送ってもらって幸せでした。

・到来の桃剝く我に吾子の言う「まだ桃太郎出てこないねえ」

〇いいうた。素敵な一首です。

・妊婦なり風呂に入りて鏡に映し我が腹眺めてつくづく思う

他人事と思える方ばかりでない、と思う(笑)。ありがちな題材ですけど、なかなか詠まれない(笑)。

少し整えてみますね。

「妊婦なり風呂の鏡に映りいるわが腹眺めつくづく思う」


・白魚のごときという手ありぬれどたらこのごとき太きこの指

「ありぬれど」ううん・・。どうしましょ。

自分を笑えるこの「目」。どんどん上達されると思います。




お待たせしたのに進めず・・・しゅん。

明日は朝から机に座れます。♪




サマータイム

目覚めたら雨でした。

狂暴な雨でなく、落ち着いたしっとりした雨。朝方にエアコンのスイッチも消していたのでしたっけ。

「サマータイム」が聴きたい。胸に滲みいって来てくれそうです。ぢいさんには申し訳ないけど、こんな朝の一人は、いいなあ。

朝刊に、昭和天皇の記事がたくさん。初代の宮内庁長官でいらした(という)田島道治氏の「拝謁記」なる資料についてなど、大きく紙面を割いて報じられている。まだ詳しくは読んでいません。

パソコンあければ、ナル氏を「さすが」と、風船ついて飛ばしているようなアホたれ記事。

ワタシはきっと、気難しい。気難しいばあちゃんへの道を、ブレず歩んでいる。自覚はあるつもり、でも、今の日本人・・・大雑把な言い方です・・・の、軽いこと軽いこと。

雰囲気だけ、KYになりたくないだけ、いつでも笑っているのはまあ、として、どうでもいいところで、とにかくひたすら口角上げて声出して笑っていらっしゃる、見る限り皆さん、きれいなナリで。曇りの無い眉間で。

とか。心、ざわつきます、サマータイム聴こう、聴きたい。

今日、もうすぐ出かけて夕方に帰宅すれば、この夏のハードな部分はクリアとなる予定です。

少し静かに、私の場所で過ごせる予定です。

支度して、青汁飲んで出かけます。




Ella Fitzgerald Louis Armstrong - Summertime



七年前に亡くなった養父の「追悼集」が出て来た。私家版、ハードカバー、460ページの本である。重い。

私はその人に名前をつけてもらい、中学入学の時に引き取ってもらい、高校進学に際しては、学寮のある学校へ行きたいと我意を通し、そこでは小説などを書き出して問題とされ(養父が校長である学校だったのに)卒業してすぐに単身、家出を決行。数年後に白旗掲げて戻った、就職先も見つけてもらった、結婚する時には、養父の家の門から出してもらった。

勝手に出て行った家に戻った日、茶の間にいる養父に、膝を折って「ただいま」と挨拶した。長い間、ご心配ご迷惑おかけしました、と手を突いた頭の上に、

「お、帰ったんやな」

と明るい声が降って来た。顔を上げると、にこにこと明るい笑顔がそこにあった。子どもの頃から厳しいひとで、威圧的で有無を言わせぬひとで、とても怖くて苦手な人だった。

私は養父を、キライなのだと思い込んでいた。養父は、私みたいなコを、キライなのだと思い込んでいた。


私が中学生だった頃、養父はとても、すさまじく忙しかったのだ。家の中に飛び込むように帰って来る。養父の妻(養母と呼ぼう)を怒鳴りつけながらばざばざとものを食べ、着替えをして、再び風のように走り出て行く。養父の不在は私には「いい時」で、不在が長いなと感じる時は、アメリカやアフリカやいろんな国へ行っている、ということが多かったようだ。

その高校の校長になって、まずはラグビー部を強くする、ということが、目標の一つになったとか。他のことは今はおいて、ラグビーのことだけ、書きます。

何十年も前の、私立の学校の話。昭和三十年代終わりの時点ではすでに、グラウンドもできていて、環境は整っていたとのこと。

養父はグラウンドに内線電話を引いて「臨時校長室」になっていた。他にもいろんな仕事があり、多忙だったのでそうしていたらしい。

「練習には口出しせず、ただ見守るという姿だった」「らしい。昭和四十二年には、芝生のグラウンドにした、と。

全国高校大会が西宮球技場から、花園ラグビー場に移った最初の年にも、優勝に輝いたと。

私や養父の家族が全く知らずに暮らしていたことが、養父の外の世界では展開していたのだった、ということだ。詳しいことは今回、本を読み返して初めて知った。





八月のおべんきょう Ⅱ

大騒ぎした台風10号が、ようやく離れて行き。大小、災害に遭われた方々も多々おありでしょうか。

死者に鞭打つ非礼なわたし、不思議です、どーして「そんな日に釣りに行って」亡くなってしまうことになるのか、と。

新婚のあの議員さんは、靖国神社へお参拝。行くなら今、だったのか。世間的にはイケメンらしいが、私にはきしょく悪いお方。奥さんになった方も、ういぃい、と逃げ出したいタイプ。え。ひがみ?そねみ?妬み? そうかなあ。あの石膏カップル妬むほどわたし・・いや、どうでもいいのですよね、はい。

元・天皇が、靖国神社への親拝を拒否されたと。、去年の宮司さまの「真言→首切り」の時に、わかり切っていたでしょうに。

元・天皇ご自身は、何の判断もお出来にならないでおられるのでしょうに。

英霊さまがたは、利用されるだけされておられる。

申し訳ない、と思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     萌黄色

朝の一服 珈琲の香もなく 匂いなく
100円ケチって ため息ひとつ

   珈琲屋さんの100g420円。スーパーの8袋入り298円。ちょっとケチって
   すごく後悔しました。よろしくお願いします。

   すみません!
   訂正です。

朝の一服 珈琲の香もなく 味もなく
100円ケチって ため息ひとつ

〇(熱くるしいので今日もこの色がKUONです)。

ご自分で訂正を試みられたのは、すてきなことと思います。

正直、比較がgと袋になっているので、正確にはわかりませんが、とにかく、つい、安い方に手が伸びてしまって、あちゃ~、と。気持ちはとても解ります。状況、情景を、一つずつ整理してみると、いいかも。いろいろやってみかたはありますが、せっかくうたにしてみられたのだから

・珈琲の香りも味もありません100円ケチって朝のため息

元のうたを生かして、こうするとか。

言葉は、ゆっくりと、焦らず使うといいと思います。つくって行くと、体の中から言葉がリズミカルに出て来てくれると思います。自分にとって、ここではどんな言葉が「生かしたい」とか。「ここカット」とかも。ゆっくり、うたを愉しんで下さいね。


・・・・・すみません、今夜はお一人分だけになりました。明後日まで、いささか忙しいと、言い訳させて下さい。ぺこり。



八月のみんなのうた、おべんきょうスタートです

早速におうたをお寄せくださり、ありがとうございます。

お盆で台風で茄子ヘタアタマの反省坊やの傍らには借りて来たネコ状態のツマがユラユラしていて(猫、ごめんよ、こんなところへ存在を借りて来て)、激暑で墓石はあっちんちんで。わが家の近くのコンビニエンスストアの氷の棚は、いつも品切れ寸前。

おうたをたのしみたいです。締め切りは月曜日の夜ですが、少しずつ、まいります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     白萩

・ご利益は夫婦和合と伝えらる芦刈山のちまき飾りたり

〇(いつもの赤は見るさえ暑いので、KUONの部分はこの色で書かせてもらいます。)

ちまき頂かれてよかったですね。白萩さんには京都の匂いを感じておりました。「伝えらる」は、よく問題にされるところのような。今はこのままで通るのかも。でも厳密に言えば「伝えらるる」だろうなあ、とも。

・懐かしきコンチキチンのお囃子よ京の街そぞろ歩きし昔

〇京に住んだことはありませんが、しょっちゅう行っていました。今年もコンチキチン、懐かしかった・・・京都は遠くなりました。気持ちのどこかにしみついています、京の祭りの音は。

「京の街そぞろ歩きし昔」風情がありますね。次の


・面影もおぼろげなりし川床でともに舌鼓打ったあのひと

〇えええ、ちょっと、何か,聞いてみたいヒトになってしまった・・聞きませんが。

   ちまきを京都在住の親類に頂きました。
   数年前まで関西におりましたので、祇園祭や川床など、京都の夏の景色を懐かしく思い出しま
   す。


・この高さまで飛びおるかとんぼ達眺めるはビル5階の窓なり

・蝉の声もビルの中までは沁み入らずオフィスを出た途端の大合唱

・全身におさまりきれぬ喜びで跳びはねる若きナインの夏V(ブイ)   [甲子園出場おめでとう]

〇わが家の外廊下から、昼間は遠くてわからない甲子園球場の、ナイトゲームの大きな照明が、小さく小さく見えます。今日の第四試合もあの明かりの下で行われたのかな。出場できるだけで凄い。みんな頑張れ、私はとても観戦に行けません。

・戦争の記憶あたらし八月の六日九日十五日なり

     アルジェリマン

   【通勤電車から、撤去された空き家の跡地が荒れ行くのが見えます。】

屋敷跡タケノコ出でて空高く笹の葉揺れて月にも届く

〇巨大な、堂々たる廃墟。細かく言えば「出でて」「揺れて」と、続く「て」はどうかなあと感じましたが、このぶっきらぼうな詠まれ方がが、この一首にふさうかも。ふさわしい、と思いました。で、このまま。

竹やぶを覆い尽くしてヒルガオは線路の土手を昇り始める

ヒルガオの覆いの下で笹の葉は今もさらさら鳴ってるだろうか

〇・・・無理だろうなあ。鳴っていてほしいけど。ヒルガオの勢いはすごくて、土手まで征服せんの荒々しさで。

ヒルガオの重なる藪に風吹いて夜と昼とが入れ替わりゆく

〇よくわかんないのですが、ふうううん、と妙に納得。
 

   【朝夕の犬の散歩や庭の姿に、毎日何かを発見します。】

雲流れ黒犬の背に影が来る出穂未だしイネ揺れる畔

〇自然に「モノクローム」は無いはずなのに、大きなモノクロの世界が見えます。

朝の庭耳元かすめるギンヤンマ水撒きながら故人を思う

春以来水遣り続け甘夏がついに芽吹いた酷暑の葉月

切り詰めたアジサイの株いさぎよし濃き葉桜に夕風通る

西空に赤き三日月低くあり夕蝉鳴いて涼風の立つ

朝晩に水継ぎ足して我が池はいつかはトンボの聖地とならん

ばんじゅうに水草入れた我が池はホテイアオイが膨らみ広がる

初めてのホテイアオイの花咲きし盂蘭盆の日に台風が来る

独自の世界、もっとお詠み下さいね。トンボの聖地っていいなあ。トンボ見てるの好きです。お盆のトンボに会いたい。


・・・・・・今夜はここまでとさせていただきます。




八月 葉月のみんなのうた、どうぞ


八月、葉月の「みんなのうた」。詠草をお寄せください。

基本は五七五七七の定型の短歌。いささかの字足らず、字余りはそれはそれ。

お一人幾首でも何度でも、お寄せください。十九日の月曜日の夜までです。裏からのご訪問はお受けできませんのでよろしく。

来月以降はわかりませんが、今月に限り、いただいたら順に、締め切り前でもおうたに触れさせていただくことになると思います。

自作のままで、と思われる方は、その旨、詠草と共にお記しいただきたいと存じます。

では。

心から、皆さまのお作を、お待ちしております。



夕べの寝言

風の音が鳴り続いています。空は晴れています。

ベランダの椅子を室内に入れて、バケツ等も入れて、あとは何もしない。明日、台風がひどくなっても、このまま10階の部屋の中にいるつもりです。床の上に椅子無しで座っていられないし、階段ますます無理ですし、自宅にいるわ、というのが、私にはいいです。

風がうーうー唸っているこんな日も、夫は工場へ行きました。昨日も行きました。昨日は、帰って着替えて、長女夫婦と、ちょい上等の焼肉を食べに行きました。明日から4日間は、仕事は休み。

夫のワルクチ書いてやろ、とか思っていましたが、迫力のあるワルクチ書ける気になりません。あちらは理系、こちらは雑系。考え方も思うことも何もかも違うのは、初めからのこと、今更って感じでもあり。

めんどくさいってのがあります、言うても彼はいいヒト。優しくもある。家には妻子があるとわからないはずが無いのに、おふくろの言うがままにオカネ運んでいた時期が長かったヒト、親の大借金押し付けられて逃げなかった人、ワタシ大変でしたが、最後は私の味方でいてくれるようになった人。

今は、給料や年金や、入って来るお金はすべて、くれる。ウチのぢいさんの何よりの問題は、シンプルに、おカネに関することが大きかったので、つまり、もういいのですね、これで。なんとか暮らして行けます。

60歳過ぎまで、タクワエというものに無縁だったのでした。夫は、よく頑張りました。

できたら元気で、なるべく長くいて欲しい。仕事ももっとずっと、していたいと言うので、そうあって欲しい。ストレス多い過ぎ越しであったと思うので、今程度の気楽さで、いさせてあげて欲しい。

など思うのであります。

なんだ、つまらないこと書いたのかも知れない。失礼いたしました。今は空は灰色、風は凄い音、でも、小さな小さなスズメたちが、いつものようにパンを頂戴。と、飛んできています。飛ばされないのかな・・・


明日から八月のおうた、お呼びかけさせていただきます。




朝の寝言

ゆうべは何とか眠れた。台風系の風が、しっかり吹いていた。深夜にエアコン消して、南北の窓、あけはなして寝てみた。朝までイけた。
朝も、最近にしては、まあ許してやってもいいか、くらいには朝らしかった。比較の問題です。
食欲は、そんなに無かったが、冷たい豆腐と大根おろしとトマトジュースを朝餉にした。朝ごはんは、各自、食べたいものを食べる。休日の朝は夫にサーブしない。あちらもね。

冷たい紅茶をおいしく作るにはタイミングとコツが大切。だらだら~っと氷に熱い紅茶を注ぐだけでは、アカンのです。私はそう思っています。うちのぢいさんには分らない。ペットボトルに入った、ベタ甘の飲み物を、紅茶だと思っている。一日に一本くらいなら、黙っていることにしています。アンナノコウチャジャネエヨ。と思っているけど、口には出さず。

で。家の中ではルンバが走り回っている。わが家のルンバ、そのまま「ルンちゃん」は、聞いていたほどあまりカシコクない。去年の医療費の還付金で(そんなの戻るくらい去年は医療費が巨大だった)、そんなら、で買ってしまったルンちゃん、この子しか知らないわけですが、ホントにドンくさいのです。

動かしている間、ずっと見張って・・いや、見守って。あ、そっちダメよ、と鼻面にスリッパ触れて方向転換させてやり、も一度畳の部屋がんばって来て、と導いてやり、ンンガガガグェ、と、テレビ台の下でコンセントにからまれて助けて~とか叫ぶし、任せておいて朝刊読もう、とはさせてくれない。

どんな基準で動いているか、丸い平べったいカラダを、うぬぬぬぬ、と移動させながら、角っこの小さな綿ぼこりなどは、基本、無視する態度。平面はオケー。

言いながら、ルンちゃんに頼っている昨今。掃除機が重くて使いにくくて。マキタの小型は、気のせいかすぐに電気が切れてヘタりはるのどす。

ホコリでは死なん、の生き方を貫いて来た、うちのぢいさんは、脳梗塞の後にノドが敏感になって、埃ダメダメ、コタえるヒトとなり、私たちの暮らし方も少しだけ変わった。

家具は最低限に。余分なものは持たない。空きスペースをできるだけ多くして、とにかく埃を抱え込まない。

それくらいは私、守っている。でもぢいさん、それだけでは済まなくなった。綺麗好き、になりやがった。

は。やがった、なんて。つい本心が現れて来た、ルンちゃんもよく頑張った、お宿に還してあげよう。そして、どうでもいい朝の寝言(この記事ね(笑))、いったん、ここまでとさせていただきます。

ホントは、初めてほどに思いっきり、ぢいさんの「陰険部分」を書き連ねて、りゅうういんを下げて見たかったのでは、あった。



真夏です


うちのぢいさんが、暑さにやられたのか体調を崩していました。

今日は治療も受けていささか復活、となりましたが、みなさま、お気をつけ下さい。私も気をつけます。



                 

広島の小母さん

50年以上むかしの、夏休みのこと。

常は養父の家に暮らして学校へ通っていた私、夏や冬の休暇には、名古屋の母の家へ戻っていた。そこを起点に、母の里や父方の叔母の家の世話になっていた。広島からおばさんの来られたのは、中学生の時だった。

母の父方のいとこで、子どもの頃から仲が良かった、とは母の言。幾つか年が上で、母より早く結婚して広島の町なかの写真館の奥さんだった小母さんは、ゆったりとした態度の口数の少ない人で、私を「変わった子だ」と見ている気配はなく、なんとなく好きな小母さんだった。

当時とても話題になっていたウィーン少年合唱団の映画「青きドナウ」を観に、連れて行ってくれた。このことは、以前にも書いたことがある。

映画は素敵で、帰りに松坂屋デパートの大食堂で食べさせてもらったオムライスの美味しかったこと、忘れていない。

本ばっかり読んでいる子、であった私と,小母さんは、とりとめのない話をしながら、夜を更かしてくれた。大人には決まっているのだが、とてもオトナのひと、悠々としてどうでもいいことに驚いたり説教に走ったりしないその人が、私は、どんどん好きになっていたのだと思う。

母もきっと、小母さんに憧れている面があったのだろう、戦争中も、リュックに詰められるだけ野菜やお米を詰め込んで、広島まで運んでいたと嬉しそうに話していた。母のところへは、母の里の伯父さんが自転車で持ってきてくえていたのだそうだ。岐阜から名古屋まで。。

明日は小母さんが還るという夜のことだった。何の都合か家風呂をたてられず、小母さんと私と二人、近くの銭湯へ行った。

そこで私は、経験したことの無い他人のまなざしの凄さを知ったのだった。

体を洗って小母さんと私は、大きな浴槽に沈んで、うっとりしていた。女の人が入って来て、あれ、みたいな大声を出した。数秒無言、すぐに、ばしゃばしゃとお湯を蹴立てて出て行った。「あんな」と、はばかりの無い声が響いた。

やけど、うつる、考えないと。そんな言葉だったと、うっすらと記憶する。火のような視線だった。

小母さんは何も言わなかった。静かにお湯を掻きよせて、自分の腕から胸へかけて一面の皮膚の引き攣れにかけてやっていた。

何も言わず出て、私を呼んで、うつむきがちに脱衣場へ足を進めた。

「ケロイドはうつったりしないよ」

見つめている私に、にっと笑った。みな、知らないんだから仕方ない。そう言った。

憧れの銭湯のフルーツ牛乳を、その日私は初めて、経験した。

夜の道を、小母さんと二人、黙ってゆっくりと歩いた。母にはそのことを言わなかった。

昭和20年8月6日。アメリカは広島市に原子爆弾を落とした。小母さんはその爆弾でケロイドを負った。ピアノが弾けなくなったらしいが、あの頃、小母さんのそんな悲しみは、取るに足りない些細なことであったのだろう。

タイミングを合わせたようにその日、ジャガイモを背負って行ってその町にいた母は、ほうほうの態で逃げ帰り、何が起きたかを二人の娘にいっさい言えないで、ずっと寝付いて、翌年に生まれた三人目の長男を、生後三日目に亡くした。

お臍から血が出続けて、真っ白で、お乳も飲めずに死んでしまった。小さい細い指が、六本あった。母が私に教えてくれた「兄」は、そんな赤ん坊だったらしい。ゆきおちゃん、と、父と母は名付けたらしい。私が知っているのはそれだけ。一枚あった写真では、巨大な白百合の隙間に、小さな顔がのぞいていた。

私は元気で大きく育ち、若い時よりだんだん強くなって行く気持ちの底で、この時期には、広島の小母さんや母のことを、思い出す。

一人で思い出す。

やさいさん

みっともなくて嘘くっさい「上級へんてこボクタチえらいんだぞ一家」も、何しに行ったやら、の静養先からお手々ぶんぶん帰京されて、6日は黙とうされたとか。特別列車もったいないよ。

はっきり差別を申し上げます、あの二人の「上級障害議員」さん。私もうっすら四十年の余、関わらせていただいている「フツー或いは一般的またはもしかして下級障害国民」の皆さんに思いを馳せること一切無いまま、そのままで拝するたびに、一ミクロンの共感もリスペクトも向け得ず。男性の方はまだしも、女性の方の方に、特に嫌悪感。そこで、何をなさるおつもり。ついでに書いちゃう。愛知県の知事、なになの、あの方。

今日、パソコンひらいて「きゃと頬っぺたぽっぽしちゃったのは、コツメカワウソの「流しカワウソ」の動画と記事だけ。こういう話ってけっこう、本動物にはメーワクっぽい匂いがしたりするものですが(偏見?)、このコは、ウォーターシュートを楽しんでいる様子で、私もニコニコしてしまいました。

・・・どう書こうか、ずっと考えていました。

私がパソコン使えるようになりたい、自分も「コメント」やら入れてみたい、自分用のブログ始めたい、の、すべてのきっかけとなったブログの、主さんから、

「すべてばっさり削除しました」

とのお知らせをいただいて。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思いはあり過ぎるほど、でも、どう書いていいかわからず。

ブログも大好きでしたし、何度もお会いすることになった、その邂逅も、とてもとても素晴らしかった。教えていただいたこと、いっぱい。

本当にすべて、消えてしまっていました。ものすっごい、胸の中の空洞感。うまく書けません。だから無理やり、書かないことにしよう。

やさいさん、ホントに、ありがとうございました。とか言ってないで、まだこれからお付き合いは続きます、ドンと座り込んで、一杯、おしゃべりしましょうねえ。

とは言いつつ、お礼しかない、ありがとう、元気で、お互い、いましょうね!。

さようならじゃない「ありがとう」を、ありがとう、なかなか無いもの、そーゆーの。





今年も 今日です。



太き骨は先生ならむ そのそばに小さきあたまの骨あつまれり

                         正田 篠江

思い切り幸せ記事を

先日、神戸・元町へ行った話の続きです。

こうして一緒に出歩く機会も少ない、せっかくだからと孫娘Rに四川料理のミニコースを注文してやり、私も好物を頼む。
どの皿も美味しい、美味しいと口にするRが嬉しい。食べ物に対して無関心な子になって欲しくない、やたら口のおごった子にもなって欲しくない。胡弓の音の流れるなか、ゆっくりと食事を楽しんだ。

店を出て、その店の接客係のお姐さんが、日本語と中国語と英語をフツーに話していたと驚いているので、そーゆーのもいねと言うと、うんとうなずき、「ワタシは日本語を愛してるけどね」と。語彙の豊富なひとの曲聞いてるからと、妙に力が入って面白い。「まふまふ」さんのファンのようです。

お土産も買い、あちー、あちーよー、だからもう帰ろうと、二人、揺れながら歩いていると、あちらから、なんだか知っているような気のするヒトが歩いてくる。あれ。あらら、娘ではないか。長女です。ニコニコしている。

外国へ行っていた娘、帰っていたのか。手に綺麗な色の紙袋を下げている。

彼女のスタジオは、確かにこの近く、元町にあるけれど、ここでぱったり出くわすとは、偶然と言っても偶然過ぎる・・と、アタマグルグルしているうちに、屋根のある大きな通りに誘導し、サンマルクへ入って席に就けてくれ、冷たい飲み物を買って来てくれた。

ポーランドとイスラエルとミラノとローマとバチカンへ行って来たそうだ。

かつて娘が教えさせてもらった女性が、ポーランドへ渡っていて、そこで、その国では初めてのダンスを教えている。ポールダンス、チェアダンス。それで、旧い言葉で言えば「孫弟子」さんたちが招いて下さったのだと。イスラエルも、そんなことなのかな? なかなかじっくり話す機会も無いので、詳しくはわかりませんのですが、とにかく、そうであったらしい。スマホの画面で、とても美しい、丁寧につくられたウェルカムのポスターを見せてもらいました。

ぜんぜん別の話ですが、エルサレムでは、泊ったホテルの四方八方から、朝の四時になるとコーランの大合唱(と言うのか?)が湧き上がり、なんとも言えない気分になったとか。

ローマではもちろん、ヘップバーンがあの映画で手を差し入れた「真実の口」に、かぷっと手を挟まれた・・ということは無く。

実は私は、バチカンへも行ったと聞いた時、バチカンでも踊るのかと思い、なんとなく、娘は捕まってしまうのか、などと想像し。バチカンの好きでなさそうな職業だもの、ダンサーって。

いろんな偏見もあった中で、頑張って来たことだけはよく分かっているので、大歓迎を受けたと聞いて、嬉しかったのでした。

娘の不在中に、彼女の夫さんの治療院へ行き、私の夫が鍼治療を受けている間、夫さんのスマホで、ホテルの部屋で一人ファッションショーを楽しんでいる動画を見せてもらった・・・気心のしれている、頼りになる女性との旅、ひらひらふわふわ、お洋服とっかえひっかえ、歩いたりポーズ決めたりしている動画。完全に楽しんでいる動画。

中の一枚に、夫さん笑い、「タグついたままや」と、くlくっと笑った。

娘は愛されて、大事に思ってもらっているんだな、と感じ、胸が熱くなったのでした。ありがとう。


思い切り幸せ記事を書いてしまいました。


義母の祈り。


昨日、17年の生涯だったというディープインパクトという馬が、走る姿を何度も観ました。

本当に美しい。崇高、なんて軽々しく言っては申し訳ない姿でした。

大きな賞をたくさんとって。引退して、種牡馬なる立場にいたそうで。サラブレッドは血統がすべてと聞きます。

読んだ記事のうちには、年間200回の操作が行われていた、などともありました。下世話なはなし、ものすごく無知で下世話な興味です、それって、ディープインパクトさん自身にも、何か楽しいことであったのかなあ、と、思いました。

馬の世界はまったくわからない自分です。走ってつとめを果たし、その後は良血統の馬を多く残す。それが、競走馬の一生なのでしょう、立てなくなったら安楽死をさせてもらえる。

・・・お疲れ様でした、ディープインパクト。私の、とても安物のセンチメンタルは、あの美しい馬が、どこかの、やたらに広い草原で、ぱかぱか楽しそうに駆け回っている姿を、ふと、思い描いたりするのでした。


九十二歳の夫の母が、明日、リハビリ病院を退院します。

杖にすがってあるけるようになった母の、明日からの日々が、穏やかであればいいなあ。先日会った時は

「人生100年なんかとんでもないわ。神さんには済まんけど、わたしはもう飽きた」

と言っていました。義母の「神さま」では、右手の薬指をつかさどる神さまが切って下さらないと、命を終えることができないそうで。


一緒にそう祈ってあげるわね、と、私もいっぱしに、そんなことだって言えるのです(笑)。

人生100年とか言ってるのは、それに、神さまではありませんしね。




プロフィール

今も夢見る

Author:今も夢見る
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

願ってはいましたが叶うとは思っていなかった、海を眺めながらの暮らし。

朝はじめてのコーヒーは、バルコニーで。

ルージュは、シャネルの赤。ずうっとそう。きっとこれからも。

・・・ちょっと、かっこよすぎる。

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