FC2ブログ
12
2
3
4
8
11
12
13
15
16
17
22
24
25
27
28
29
返事の中までKUONです。
 サヨナラ、ありがと、今年。

朝からぢいさんが掃除機かけてくれました。そんなによれよれしていません。戻っているのか新たにつながって行っているのか。よくわからないが、パソコンを見られるようになっているし、何通もの請求書を打ち出せました。まだまだ「へ?」ってことばかりですが、少しずつ前へ行ければ上等、大丈夫。ありがたや~。始まったばかりです。こんなにここまでこうなって来られるとは思っていなかった。これからは毎日、なんとか出来た、行けた、の思いばかりなんだな、と思います。

まあ、オットとはマイルドにぼちぼち、やってゆきます。

わたしも、新しい年に、かくありたい、の願いを抱きました。やるぞ。

ことしKUONのへたれブログにおいで下さった皆さま。訪問させていただく先で、思わずニヘヘっと頬も顔も緩みまくってしまう幸せを与えてくれる画像のワンコさん、ニャンコさん、本当にありがとうございました。お元気でいらして下さい。

来年もどうぞよろしく お願い申し上げます。

2020年も、ぜったい、とっても佳い年です。


むむむ。もうすぐ、停泊中の船が、新年を祝っていっせいに響かせるんだな、ヴゥォ~っと。

一年ぶりの霧笛を。


スポンサーサイト



 *  分類 : 日常
自動通知機能 : -  *  伝言 : 5  *  記事編集  *  2019年12月31日(Tue) 22時52分
 おおみそか・イヴ。

こんばんは。今年もあと一日を残すのみ。十二月下旬は、なにやかやと非日常なことが起こり、なんじゃなんじゃと過ぎてしまいました。大掃除も賀状書きもお節作りも、ぜ~んぶ、出来ませなんだ。

私が道路にダイブして、一時的に両手が自由でなくなり。二十日過ぎには、ついこの間、心臓外科の患者になった夫が、再びの脳梗塞を起こした。心臓の定期検査を受けに行って、実はねセンセイ、これこれでおかしかったんです、ちょっと不安だったりするんです、と、心臓外科の先生に訴えてみたのです。その日の心臓クンの結果は、悪くなかったのです。左腕吊ってすっぴんで大きなコートひっかけていた私に、ドクターが驚き、やはは、転んじゃったんですよお、と先生に訴えてみました、夫の異変を。医者に行きたがらないやつなので。笑いながら聞いてみたんです。え、え、え、。と驚かれ、CTとMRI撮らせて下さい、となり、撮ってもらい、脳と心臓と血管の専門の病院であるので、脳外科の医師が、急遽来て下さって。

やはり新しい脳梗塞がおきていた。今のMRI、新しい梗塞が、ぴかぴか光って見えるのです。小脳の後ろの下の左側に、数日たった梗塞の痕があり・・・

今すぐにどうもできないので、心臓の薬と同じ薬になりますが、呑みながら当分、様子見るしかない、と。

で結局、(わたしは)わかってよかった、と、帰宅したのでしたが。心外の医師も脳外の医師も、すぐに救急車で入院しなかったバカタレなヤツ(=うちの意固地な夫)に対して、とても親身でした。これは感謝しています。

・・・ロレツはさらに回らなくなっているし、足もひょろひょろフラフラ、右目と左目がうまくモノを見てくれない、あげくに、パソコン打ちたいのだが指が動かない、と言う。夫が。

ええええええ。どうなるんだああ。激しく動揺したのであります。私と夫の会社は、夫の脳みそが頼りの会社。うちら一体どうなるの、これから、どうすりゃいいのさ、うろたえました私。

でそれから数日。脳の中の嵐はわかりませんが、今日、夫は、私と一緒に工場へ行って気の済むように今年のまとめをし、少し買い物もし、コメダ珈琲店で食べたかったというトーストを食べ、脚を温める「ゆたぽん」を買い、タクシーで帰りました。脚を温めて、というのは、長女の夫さんのアドバイスです。

明日からは休みです。たくさん睡眠をとってもらおう。ずっととても忙しくて、まったくゆっくり出来ていなかった・・・かつての発作も、そんな後でした。いまは眠っていますが、次に異変を感じたらすぐ、救急車呼ぶよ、と言い渡してやりました、当然よ、脳みそにきざみつけておきなよ、ぢいさん。

師走のおうたのべんきょう、忘れてはいません。お待ちいただければ、と思います。

思うこと感じることがいっぱいの歳末。わたしは、大丈夫と信じています。なんだか大丈夫とおもっています。うまく言えませんが。

明日、今年さいごのご挨拶だけは、させていただきたいと考えています。







 *  分類 : 未分類
自動通知機能 : -  *  伝言 : 6  *  記事編集  *  2019年12月30日(Mon) 22時12分
 あっちこっち痛いですが。

こんばんは。左腕は固定されているので、重くて不自由ですが、いたくないです。右腕を頼ってすがって暮らしております。打ち付けてより数日、藤の花をデザインした総絞りの振袖のたもと~って感じです。すごい色です。でも頑張ってくれています。
脚も、きちんとぶつけていました。黒タンっていうけど、これがそうなのね、と、あまり経験の無い我が身の変化を、しげしげと眺めています。

顔も、打ったり切れたりしていました。鼻の下、切れた感じはなかったのですが、今もかさぶた残っていて。昔のカトちゃんの鼻の下のちまっとしたヒゲ? あんな風に見えます。誰に見られたって、どうってこと無いわい。右目の下が、眼鏡のわくにきれいな添い方をして、出血のラインが。でも、眼鏡がわれて目にどうなったのでなく、ひどく打った感覚も無く(鈍いのもありますね)、歯も折れなかった。うまいこと転んだ、と言っては、負け惜しみになりましょうか。(笑)。

来年、移転する会社の、まずは倉庫を、と。探して必要なお金を支払って、その日の午後の「すっころび」でした。

したいのに出来なかったこと、沢山ありますが、年賀状も書けないままですが、明日、今年最後の銀行回りが済めば、なんとか最低限の「しなくちゃならないこと」が、終わりです。

おうたのことも、ええいと気持ちから離して、焦らないでいよう、と思ってます。お正月の用意も、簡素に、できるように行きます。

みなさま、お優しいお言葉、お優しい沈黙、どちらも嬉しくありがたく感謝しております。

来年はいい年になる。そう思っています。クリスマスも地味~に過ぎて行きましたし、ちょっと、ごうせいに、好きな花でも飾ろうかなあ。

とか書いておりますが、まだまだ今年は終わりません。近々の現状を、ちらとお伝えしたかったのでした。

ありがとうございます。では、今宵はこれにて。皆さまも、転倒にはお気をつけ下さいね。ほんま。


 *  分類 : 日常
自動通知機能 : -  *  伝言 : 0  *  記事編集  *  2019年12月26日(Thu) 20時36分
 やっちまった、ご報告。

きのう、用先の玄関を出ようとして。小さい段が三つ、あるのを認識していたのに、つまり転んでしまいました。
めがね大丈夫。歯も折れていない。が、なんとか起き上がって、やっちゃったわあと、目前のことに呆然としている方々にテヘヘ笑いをしてみたものの。

脚は何とか。両腕をやられた。去年、台風の風とタタカッた左前腕がものすごく痛い。右腕は、ひだりよりまし。こうしてパソもうてる。

くわしくは後ほど。

というわけで、おべんきょう期間がのびるみたい、どうもごめんなさい。ご心配には及びませんので、数日はお返事も控えるつもりですので、ご報告のみ。元気です 



 *  分類 : 日常
自動通知機能 : -  *  伝言 : 12  *  記事編集  *  2019年12月23日(Mon) 08時58分
 師走のおべんきょう Ⅳ
今朝の日の出は本当に美しいものでした。毎日ながめていて、とくべつにどうということの無い、ふつーの山並みの、その一部分に、クリアな赤い色が燃えながらあらわれて、赤が濃くなって金色も伴って太陽が昇った、ぐんぐんと。

今年最後の墓参りに出かけたのです。墓地はしいんとしずまって、詣でるひとの姿も無く、花の色も無く。今日はすこし立派な=値段の高い= 供華を手向けて。

大阪のMさんのお宅へ立ち寄らせてもらいました。もう半年前になります、今の流行りでない、という身も蓋もない理由で捨てられた、元保護犬のハスキー犬、「リッキー」。安心して暮らせる環境、「お父さん」の大きな深い愛情、手造りの新鮮な野菜もバシバシ食べて、眉間に刻まれていた「険」の跡形もすっかり無くなり、幸せなワンコの穏やかな顔で、厚い舌で、しっぽ、ブンブン振りながら、顔中をぺろぺろ嘗めてくれました。嬉しかったよ、リッキー。

続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     ひらりんこ

一日中ひとりで過ごす開放感
いつもふたりで居られればこそ

   夫が難病認定を受けて約2年。生きていてくれることへの感謝や幸せを、
   日常の中で忘れがちになる自分を時々叱ります。


切ないです。お気持が、うたという定型におさまって、きちんと表現されています。

この「解放感」も。生きていて下さることへの感謝も。どちらも本当。なんですよね。


     おおやま よしの

会うことの 叶わぬ人の 車椅子
押す手に我も 力添えたし

・・もしかしてわたしKUONに下さった一首かと。ありがとうございます、恐縮です。

日常的に車椅子を使っているのではないのです。めったに私的にあうことの無い長女の夫さんが、車に積んで来てくれて、車椅子に乗せて押してくれるんです。長くは歩けない私を。それが嬉しくて、詠んでおきたくての一首です。

実は海辺のシーン、背景は、ほかの場所。ムコさんに押してもらっている自分の姿を、海の背景にはめて。合成写真のようなうたにしたのでした。

われも力添えたし、と詠んで下さったお気持ち、確かにいただきました。ありがとうございました。


物知らぬ 后を戴く 民草の
悲哀は何処へ 流れつくらむ

「物知らぬ」のみであるなら、仕方が無いと呑み込むことも出来そう。そうでないから。

秋篠の 宮様方を 敬慕する
民おりますと 伝えまつらむ

五十余の 人生初の 野良仕事
稔りを食す 有り難さ沁む

これは、確かに「有り難さ」沁みますよね。

いつの日か などては言わじ 逢いたくば
すぐ逢えば善し 悔い残すまじ

明くる年 こそは佳き年 浄らなる
年になれよと 祈る年の瀬

真摯に生きる人々にとって、この祈りは、心からのものと思います。普遍的な願い。

それが、なかなか難しそうな。難しいけど、どうしてもそうなって欲しいと、もうすぐ来る新年(にいどし)に、祈る。あのあたりの穢れが払われて、そして、と。



    私事をこてこて書いてしまって。
    今夜はここまでとさせていただきます。



 *  分類 : みんなのうた
自動通知機能 : -  *  伝言 : 3  *  記事編集  *  2019年12月21日(Sat) 22時30分
 師走のおべんきゃう Ⅲ
続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     かりそめ

*桟橋を老父と息子歩みゆくぽつりぽつりと言葉交はしつ

桟橋という場所の設定が想像をたくましくさせます。周囲にはほぼ人がいない。桟橋の上に空があり、まわりは海、いつまでも続く道でない、そこを。老父と息子が、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、歩んで行く。どこなのか誰なのか何の話みたいなのか、わからないけど、その「画」は見える。

さいごの「交はしつ」ここ、これですと「交わした」でしかないのです。話しながら、と言いたいのなら「交はしつつ」でないとアカンのですわ。多くの方が、よく使い間違いをされます。私も過去には間違えていました。


*風邪の日は薔薇を飾らうできるなら開きかけゐるくれなゐがいい

旧仮名遣うカイカン、ですね。旧仮名と薔薇がぴったりしていて。「開きかけゐるくれなゐがいい」の「ゐ」の文字。新鮮な気がします。


*日延べして心を重くしてをるは書かねばならぬ手紙四通

その手紙は、四通。四通も。心も重くなりますよね・・・。

*真夜中のポストにかさと音立てて詫状二通我が手離るる

*真夜中の天頂の月半分はまだ我のゐぬ明日のものかも

まだ我のゐぬ明日のものかも。なにか、しーんと、静寂の音が聞こえます。

こんなところで唐突ですが、少し前にいただいたコメントに、お返しできませんでした。申し訳ない。


     おてもやん

○来年の干支にちなんだ写真をと飛行機に乗りランドに向かう

来年の干支は、そう、ネズミ。いろんなネズミの前でポーズとって、の計画ですね。身動きかろやかでよろしいですね。私は、ここへ行ったこと無いのです。楽しそうな写真、たくさん撮れたでしょうね。

○気に入りのしょうゆバターのポップコン味が薄いと娘がなげく

ポップコン、と、まこと弾んでいる表記。可愛いですが、コーンと伸ばせ、と仰るお方もあるかと。私は、ここはポップコン、が雰囲気あっていいよね、とも感じます。よくわからないが、客が多くて、もしかして作り方がずさん、なのなら、淋しいですね、そういうの。そこでしか食べられないポップコン。

○人混みと行列するのに疲れ果てディズニーランド楽しめもせず

○ありつけた食事の味も値段にも納得出来ず出口に向かう

なんだかしゅしゅしゅしゅしゅー、と風船しぼんだような。

○耳付きの帽子も三年使いきり孫と旅する千葉はおしまい

ばぁばさん、孫ちゃんを喜ばせようとの奮闘、お疲れさまでした。お孫さんの記憶には、もしやオボロでも、肌の表面から、その愛情は浸みこんでいっていると思います。

   息子が二歳の頃から十数回、昨年は母と孫も連れ4世代で行きましたが、私はもう卒業します。

    まこと遅々たる歩み、お許しくださりたく。
 *  分類 : みんなのうた
自動通知機能 : -  *  伝言 : 1  *  記事編集  *  2019年12月20日(Fri) 22時48分
 師走のおべんきょう Ⅱ
続けます。ゆっくり、ぽてぽて、行かせてもらいます。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     白萩

我が腹のひ孫見るにはあと半年 祖母は逝きたり厳寒の日に

 はじめ読んだとき「ひ孫見るまで」ではないか、と、感じたのでした。でも、そうではない、「見るには」には、どうしても見たい強い思いがこもっているのだと考えなおしました。

ひ孫さん。見たかったでしょう、おばあさま。見せて差し上げたかったでしょう、見てもらいたかったでしょう、赤ちゃんのご両親。こころ込めて母親を失った孫を育て上げ、その孫が父親になる日を目前に、この世を去ってゆかれた。厳寒の日に、という言葉の事実が哀切な一首です。


母代わりに育ててくれし祖母の死に嘆く夫へかける言葉無し

そうでしょうね・・・。

穏やかに眠る祖母の周りに花飾り柩閉じけり涙ながらに

男の子(おのこ)らし 吾が腹の子よ 忖度もなんにもなしにただ腹を蹴る

お腹のお子は男の子。中から蹴って来る力も、男の子らしいのでしょうね。そんたくも何も。ただ懸命に蹴っていて下さいよ、とか、無責任なこと言ってます私。。元気に生まれて来て下さいね赤ちゃん。ひいおばあちゃまが守って下さっておられますね。

久しぶりに足の爪切る 以前より腹のつかえて切りづらきけり

あるある、ですね、これ。。最後のとこ「切りづらきけり」は、いかがなものでしょう。最小限に直すとしたら「切りづらきなり」かなと考えます。

湯豆腐の旨味沁み入る季節かな 秋駆け足に去り冬来たる

なんだか落ち着かなかったこの年の秋。湯豆腐いいですね。いろいろな場面を思わせてくれる、不思議な晩御飯。

蜜入りの林檎十二個到来し一つひとつを愛おしみ食す

きっと大きな林檎でしょう、それが、なんと十二個も。

黄金色の蜜がたっぷり、溢れるような林檎を,いとおしんで食す(お)す、と。胎児ちゃんにも届いています。


     黒猫アビ

 ・子たちから親はいつでも元気だと
  思われてるが老いにはかてぬ

直球の本音の一首と思います。自分のことは後回しに、子を思い子に尽くして来られた、昔のタイプと申し上げてはナニですが、おかあさん。子どもたちは、当たり前に甘えて、わが母はいつまでもずっと元気だわいと、へろっと、はぁ?と驚くような言葉も吐いてくれる。怒りながら許してしまうおかあさんで・・・でも、ホントに、腰も脚も昔のようではない。ガタが来てるのよ、プレッシャーをかけたくないけど。あなたたちが元気なのは嬉しいが、かあちゃん、ホントにトシとったのよ・・・。

 ・長生きも楽ではないとわかりつつ
  互いの介護 夫と約束

書いてしまいますが、同い年の作者さん。ここ一年、二年、まこと、トシとったと感じます。わたしも。長生きは楽ではないと「わかりつつ」ここがリアルです。「夫と約束」と、最後がぶっ切れていますので、「約束」を「「夫と約す」=おっととやくす」にされませんか。反故にならない約束ですよね。

 ・子や孫が望む未来があるのかと
  不安ばかりの国の現状

私たちの子や孫に、戦後っ子の私たちみたいな「これから」は望みえない気がします。国力は低下し、日本人も変化したと思う。でも、人生放り出すわけには行きません。話し出すと長くなりますが、個人的には、健康な体と柔軟性のある強い心を持って生きて行くしか無いと思う、今までの価値観ではやって行けないと思うのです。とか、思わず力説(笑)。

うたの調べがとても滑らかになっておられます。「不安ばかりの国の現状」は、その通りですが、もう少し柔らかく「不安ばかりの吾がくにの今」と、浮かんだのですが、いかがでしょうか。



・・・・・今宵はここまでとさせていただきます。

 *  分類 : みんなのうた
自動通知機能 : -  *  伝言 : 3  *  記事編集  *  2019年12月19日(Thu) 22時02分
 師走のおべんきょ Ⅰ
師走の「みんなのうた」おべんきょう始めます。今年も十二回目。欠けない快感。

詠み人さんのお名前。詠草です。詠み人さんからのメッセージ、詞書、など。KUONが書いている部分です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     アルジェリマン

見上げれば残照の空 捕獲器のイタチ静かに空へ渡りき

表記のままでまったく問題ないのですが、「見上げれば」。→「見上ぐれば」。と言ってもいい。二つ、声に出して感じ比べてみて下さい。・・・そうですか。イタチは空へ。あのテの動物の、目は、とっても可愛いと思いはしますけど・・。

身ひとつで駆け上がるとふ坂道の果てにひと刷け赤き残照

今の言葉で詠んでおられるので、「駆け上がるとふ」の「とふ」は、正確には「とう」になります。なんか納得できない、とふ、がいいのに、と思いますけどね。
「ひと恋ふは かなしきものと」とうたう「平城山(ならやま)」のなかに「いにしへも つまを恋ひつつ 越へしとふ」なる一節があり、ここの「とふ」の素敵さが忘れられない。

「ひと刷け赤き残照」いいですね。


彼方より夕陽目を射る川光る 泳ぎ渡るるヌートリアの影

「夕陽目を射る川光る」このたたみかけは成功しています。「泳ぎ渡るる」う~ん。お気持と離れるかも、ですが、「泳ぎて渡る」あるいは「泳ぎ渡れる」ではないかなあ。こんな光景を、ご覧になっているのですね。すっげえ。

姿良し窓辺の黒猫 金色の鈴か瞳か夕陽に光る

鳴き声に見上げる屋根にアオサギの影飛び立ちぬ 三日月淡し

三日月の前の余白が効いています。黒猫も美しい。


日だまりの黒猫見やり立ち止まる マフラーの老人帽子を直す

黒猫とあいさつ交わし老人は小春のどけき町を歩みつ

なかなかお洒落な「老人」さん。マフラーも帽子も、長年愛用の上質のもののように思います。「小春のどけき町を歩みつ」・・・この「歩みつ」。多くの方々がこう書かれますが、間違ってるです。「歩みつ」は「歩いた」ということ、歩みつつ、とは異なるし、この一首の納めの言葉となれば「歩いている」の「歩める」か、お気持とは離れるでしょうが「歩みぬ」とやるか。

縦縞のマフラー長めに一巻きし帽子に手をやり道渡る人

大英帝国っぽい爺さんだなあ。あ、失礼。

水色のコートの襟にはチンチラの 小さき老女の杖は花柄

この小さな老女さんも、おしゃれ。チンチラの襟巻も、むかしのものでしょう。よくお似合いなのだと思います。トシとるのは当たり前のことですが、こんな風なら、いいなあ。水色。花柄。


金の服真珠のブローチ首飾り あの諺の描写通りで

。この諺ですか。あの目つきの凄まじいご近影、わが国の内のことかと衝撃を受けてしまいました。

金色のスーツの皺の醸し出す 肉とワインの怠惰な暮らし


   今夜はこれにて失礼いたします。


 *  分類 : みんなのうた
自動通知機能 : -  *  伝言 : 3  *  記事編集  *  2019年12月18日(Wed) 21時56分
 みんなのうた  師走のお呼びかけ
こんばんは。

十二月。師走。今年最後の「みんなのうた」詠草を、とお呼びかけ申し上げます。今夜から十七日、火曜日の夜までです。

基本は五七五七七、定型の短歌。いささかの字足らず、字余りはそれはそれ。自由律でいけないか、とのお問い合わせがありました。いけなくはない。ただ、私の方に、受け入れるには未熟だもんね~、の自覚がありまして。ご理解いただきたいところです。

お一人さま、幾度でも、何首でもどうぞ。

うたの成り立ちについて、地の文章、ことばで書いて下さるのはいいのです。が。

「うたは訴え」この言葉は、喜怒哀楽いろんなこと、人に言いにくいこともいっぱい、せつなくて胸がいっぱい、そんな人としての気持ちの波を、うまいとか下手やとか、そういったくくりでない、生の言葉で、外に出して。わずかづつでも、胸の底に澱むマイナスのイメージが、うたに思いを託すことで、昇華に近づいて行く。笑われそうですが、できれば綺麗な気持ちでいたいなあ、そんな風にありたいなあ、と、ごちゃごちゃ書いておりますが、そちら方面の「こうならいいなあ」が、私にはあります。

何をどう書かれても、最終的に、一筋の光の見えるような、そんな風ならいいなあ、と。

でも、「腹が立つ立つ腹が立つどうしょうもないから、うたにしよ!」みたいなうたがあっても、いいとも考えています。

デクラークみたいな凄まじいタックルを受けても、んにゅにゅうにゅ、んぐぐぐぐ倒れるもんかぁッと(ここ劇画調で想像してみて下さいね)、踏みこたえる、そういうラガーマンで私はありたい。いや、ラグビーどころか、7メートルだって走れやしませんが。ファイトだよ。

ご多忙の時期とは思われますが、今年さいごの月に、一首のうたを。一輪の紅いバラ  を。

この記事のコメント欄に、お寄せください。



 *  分類 : 未分類
自動通知機能 : -  *  伝言 : 19  *  記事編集  *  2019年12月14日(Sat) 20時02分
 決算の時期です。

あ あ あ。やっとこさっとこ、書類が揃いました~~~。とか言ってるが。自分のデスク周りにあるだけの、どこへも逃げない、どこへも隠れない書類たちを、まとめるのが、いつもいつもどんなに大変だって、実際そうなんだし、毎年わかってるのに、成長が無いのですわワタクシ。

この時期は、毎日ドキドキしながら、毎日ドキドキしながらひやひやしながら、なのにちっとも取り掛かれずにいて。数字がキラいなんです。きらいとかでなく、相性が悪いのだと思います。もちろん、努力とかが足りないのだとも思う。根性も、アスパラガスみたいなのね。それで、旧いマンガ読んだり小物の整理に走ったり。50年前と変わらないことしてる。変わらぬがマコト。ちと違う気もします。努力とか根性って、持っていません。残念? いや、無いものはわからないです。

けっこう大きなデスクを使っております。八段ある小引き出しやジャワ製の、これは何というんかの、いろんなとこから来る大きいの小さいの封筒入れたり、ん~、とにかく、モノ入れるところ片づける場所は充実しているはずなのでごさいますが。

やらねばならぬ日が、どんどん、近づいて来ていて、苦しかったのです。追われる感じがたまらない。今日やろう、明日の朝いちばんに取り掛かろう、と。昨日の前の日あたりから、もう、逃げ場なんて無かったです。

それを今日、頑張って制圧しました。

明日、税理士さんが来られます。若いのにとっても落ち着いた方、どんなアホなことしてても、私が、ですよ、大丈夫ですと静かにつぶやいて、なんとかして下さる。時々、さくらいんこのサクラちゃんの話もしてくれる。今ではサクラちゃんは、去年結婚したオクサンの方に、なついてしまっている、とかも。毎月来られるので。私のハムちゃんの「もかこ」の生前には、話しかけて下さったりもして下さいましたっけ。

今年の決算も、ちゃんと、なんとかなると思う。なんとかなりそうです。

こうして書いたら、本当にそうなる気持ちになれました。立ち向かってやれば、とことん酷くはないのだ。これも、毎度感じることではあります。

来年度は、もっと真摯な真面目な経営者にならねば。なるべきだ。これも毎年、深くココロに刻む思いではあります。


 *  分類 : ことばのたのしみ
自動通知機能 : -  *  伝言 : 0  *  記事編集  *  2019年12月10日(Tue) 23時39分