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返事の中までKUONです。
 元宮司さまの「思い」に。

 ただいま発売中の雑誌です。申し訳ないながら、大して何も分かっていないながら、あれこれ調べたりもしたアタマで感じたことなどを、少し、記して行きたいと思います。

靖国神社の元:宮司、小堀邦夫氏の「独占手記」より。KUONの勝手書き。この文字は宮司さまの書かれている通りの引用です。

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10月28日、秋晴れの青山葬儀所に於ける北白川道久さまの葬儀で手を合わされた。靖国神社の宮司に推薦してくださったのに、自らの発言の責任を取って辞任の決まった身であった、と。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいでした、と。

北白川氏は明治天皇のひ孫。以前は伊勢神宮の大宮司を務め、小堀氏は禰宜としてその補佐をしていた。北白川氏の推挙により、今年(2018年)3月に、小堀氏は靖国神社の宮司宮司に就任。が、わずか八か月で辞任することに。

マスコミに漏れた発言は、職員を叱咤するつもりだった。あくまでも神社内の研究会限りのこととして話したものだったが、

「報道された言葉を取り上げたら100%私が悪い」と書いておられる。天皇陛下に対して不敬な言葉遣いだったことは「心から反省しています」と。

今年6月20日に靖国神社の社務所会議室で開かれた教学研究委員会、での発言。当日は職員10名が参加していた。その時の音声が流出して、小堀氏は辞任に追い込まれた流れ。小堀氏は、その10人の誰が、なぜ、とは触れておられない。

報道の三日後、皇居に赴き、皇室の祭祀をつかさどる掌典職に直接謝罪、退任の意向を伝えた、と。


「就任したときから、今上陛下には、ご在位中にご親拝いただきたいと願っていました。ご親拝の実現こそ、靖国神社にとって最も重要な課題だと考えていたのです。

ご承知の通り今上陛下は即位されてから一度もお越しいただいていません。しかし靖国神社は天皇陛下のお社(やしろ)と言っていい存在です。世間ではあまり知られていませんが、今も皇室とのご縁は深いのです。

その証拠に大きなお祭りには、天皇陛下の勅使(勅使)がお供え物を持って来られますし、新たにお祀りする祭神(さいじん)は今も天皇陛下がお認めになっています」


こう、小堀氏は書いておられる。続けます。

「戦後しばらくは厚生省(当時)から送られてくる「霊璽簿(れいじぼ)を作成しましたが、どの方を霊璽簿に入れるか判断する権利はありません。霊璽簿の元になる上奏簿(じょうそうぼ)を掌典職にお渡しし陛下にお認めいただくという手続きが今も昔も変わらず続いています」。

引用していて、難しそうな言葉があったり、すべて全部、引用しないとはじまらないなあと感慨が湧いたりします、後から徐々にわかり易くなる部分もあります、ここから「A級戦犯」と呼ばれるみたまさまについて、移ります。

「靖国神社が独自に祀った祭神は一柱もありません。何かと取りざたされるA級戦犯の方々の合祀も、国から名簿が送られてきたからお祀りしたもので、」

と記されています。ここの後は、当時の宮司が政治問題化することを案じて合祀を先延ばししていたのを、後任の宮司が「ルール通りにやらなければ、逆に靖国神社が批判されると懸念して行った、とも。個々の宮司さんのお名前は明記されていますが、私の浅慮かも、ですが、飛ばしました。

その時の宮司の考えで沈んだり進んだりすることが、やはりあるんだなあ、と感じました。

明治大正昭和の三代において、天皇には37回ご親拝をいただいている、と。昭和天皇も昭和50年まではご親拝された、当時皇太子だった今上も、夫人連れで参った、と書かれています(この通りの言葉づかいではありません)。

創建50年の節目には大正天皇が。100年目には昭和天皇がお参りされている、

「来年はちょうど創建150年にあたるとともに平成は4月末で終わります」。

このあたりも、小堀氏の胸をざわつかせていたのでは・・無礼不遜を承知の感想です。

そもそも靖国神社は、明治2年に明治天皇の思し召しにより「東京招魂社(とうきょうしょうこんしゃ)として創建された神社。戦前は天皇が大元帥でいらした陸・海軍の共同管理課にあり、天皇=国家の時代のお社だった。

宗教法人になったのは昭和21年。敗戦の翌年のこと。

国が造ったお社であるため戦後しばらくは国家護持に戻ることが期待され、神社本庁には入らず単立宗教法人として存続して来た。
神社本庁には入らず、だったのですね。

「この成り立ちからわかるように、もともとは国のため、天皇陛下のために命を落とした人を国がお祀りするための神社です。

祭神となられた方は、誰も天寿を全うしていません。どの方も死に際には、叫び、わめき、嘆き、あるいは一瞬で亡くなっている。どれだけ恨みを呑んで亡くなられたかわからない。だから祟ることがないように、どうか永遠のお宮として靖国神社に安らかにお鎮まりくださいとお祭りを続けてきました。二百四十六万六千七百七十柱(平成29年度)の神霊は、勅使の派遣に感謝こそすれ、やはり陛下のお参りをお迎えしたいはずです。

それなのに天皇陛下はさまざまな事情からお越しになれない。その事情は私もよく承知しているつもりですが、この不自然な状況を続けるのはよくないと考えていました。陛下には在位中に少なくとも一回は来てくださらないとおかしいではないかという思いがずっと胸を去りませんでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日はここまでとさせていただきます。
,
今日の記事の終盤辺り、書かれていることをそのまま引かせてもらったのですが、この方の、祀られておられる「祭神」さま・・天皇の国家によって召集され、尊いいのちを捧げられた無辜の人々への思いが、とても生々しいのに驚く気持ちがありました。

喜んで死んでいったのではないよね、の思いの深さが、意外でした・・おかしな言い方ですが。元宮司さまの「思い」に、感動しました。あの神社には、このようなお方ばかりではないようで。

すぐに書けるかどうか、次に、小見出しとして「戦地には神霊はおられない」のところから、触れさせていただきます。本当に本当にその通りと思う、宮司さまは、今上が、公務の「積み上げ」をして来られたとは、記しておられるながら・・

皆さまからいただいた「拍手」。そこに込められた思いを、届けられるところに、届けさせてもらいます。

ありがとうございました。

数字の用い方がバラバラですね、後で治します、ご容赦をお願い申し上げます。






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 *  分類 : 胸の痛いこと
自動通知機能 : -  *  伝言 : 2  *  記事編集  *  2018年11月18日(Sun) 13時10分
No title
この記事を取り上げてくださり、ありがとうございました。
この方に続いて、保守の重鎮たちが、声を上げてくれるよう祈るばかりです。
難しいでしょうが……
2018年11月19日(Mon) 10時33分       編集
No title
・まめはな さん

コメントありがとうございます。私もそうは思いますが、、無理でしょう。

おそらくこのまま行くのだと思います。肯定はしていません。ただ、現実は、そうであろうと。

そういう国になってしまっています。とてもとても残念ですが、残念ですが。
2018年11月25日(Sun) 21時44分       編集






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