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Top Page › 皇室のことなど › 美智子さんのしたこと。
2018-11-26 (Mon) 20:51

美智子さんのしたこと。

これまた「平成最後の」とうたわれて、新嘗祭が執り行われたようです。

新嘗祭と聞けば、反射的に胸をよぎる思いがあります。

何年か前に書いた記事。偶然なのか何なのか、かつての自らの記事に再会し、となれば読み直して、あああ、と。

これを書いた時と同じ思いの自分でおりました。変わりないんです。けっこう「不敬」みたいなことを書いているのです。今も「不敬」とは感じず、やっぱりこれ、このままで通って行くのね、など、そんな虚ろな思いがいたすばかりです。以下、ほぼ、そのまま。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昭和45年。結婚後11年が経過した頃です。

皇太子(現・今上)は、新嘗祭の連作、7首を詠んでおられます。

   松明(たいまつ)の火に照らされてすのこの上
   歩を進め行く古(いにしへ)思ひて

   新嘗(にひなめ)の祭始まりぬ神嘉殿(しんかでん)
   ひちりきの音静かに流る

   ひちりきの音と合はせて歌ふ声
   しじまの中に低くたゆたふ

   歌声の調べ高らかになりにけり
   我は見つむる小さきともしび

   歌ふ声静まりて聞ゆこの時に
   告文(つげぶみ)読ますおほどかなる御声(みこえ)

   拝(はい)を終へ戻りて侍るしばらくを
   参列の人の靴音繁し

   夕べの儀ここに終りぬ歌声の
   かすかに響く戻りゆく道

・・・・・・・・・・・

以上が、今上陛下の皇太子時代の「新嘗祭連作七首です。

連作とは、ある題材について何首かを詠むことで、ひとつの世界を大きく表現するもの・・・と言って、大きな間違いは無いと思います。
それでいて、一首一首は、独立して、何を詠んでいるのか、わからなければならない。

構成力も言葉の流れ、調べの緩急も、細かいワザが必要です・・・と、私は考えています。

ごじゃごじゃ言うより。

いま、このブログを、いま、書き続けていて、今上の連作を、間違えないで書き写そうとしていて。
感じます。

歌の言葉の選び方。うたのリズム、持って行きかた。

今上のものではない、あの陛下のものではない。

これは・・・・・・。

無礼を承知で言えば、今上には、このように連作をまとめることは、お出来になれない。

今上のものではない。

私の心臓の音が、そう、しきりに、訴えかけて来ます。(やや美文調が過ぎますね)。

(わたくしが、うたを、もっとうまく、直しを入れてまとめてあげましょう、もっと感動的に、目立つように)

>告文(つげぶみ)読ますおほどかなる御声(みこえ)

・・・美智子さんの作る世界そのままです。

「読ます」=読みたまう、お読みになる、の尊敬語も。

「おほどかなる」=おおらかな、おうような、大きな様子でいらっしゃる、も。

「御声」=み声、「声」を、うやうやしく表現する、も。

美智子さんのやり方、癖、それ以外の何でもない、断言したいのです。

  歌声の調べ高らかになりにけり
     我は見つむる小さきともしび

これ、陛下の口調ではないです。美智子さんは「ともしび」なる歌集を出していて、それは、陛下との合同の歌集になっている。もちろん美智子さんが「目立つ」ようになっている。過去、そんなことをした皇后さんはおられませんでした。

何を言いたいか、わかって下さいますでしょうか。

こういうことの、できる方。

何だってなさる方。

皇太子になり代わって、新嘗祭なる神事を、自分流に。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上が、かつての私の思ったことでした。今も同じように感じます、この通りに今も思います。

証拠は…ないです(笑)。 惧れを知らない方だから。天皇の、単なる妻であるお方が、代わりにつくりあげて神事を詠んだ。


末尾にて失礼ながら。今上陛下には、以下のような御製もあります。

神あそびの歌流るなか告文の
御声聞こえ来新嘗の夜
                (昭和五十年、皇太子時代の今上陛下の歌)


父君のにひなめまつりしのびつつ
我がおほにへのまつり行なふ
                (今上陛下御製)

天皇の御製はやはり、天皇の御製として、伝わって来るものと感じます。



     


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最終更新日 : 2018-11-27

響きかたの違うお歌 * by さやか
私は歌はわかりませんが…
新嘗祭連作七首と記事末尾の二首、響きかたが全く違うように感じます。
連作七首は音と景色が浮かび上がりますが、新嘗祭に対する当事者としての精神的な重みが感じられません。
対して二首は、先帝への思いや緊張感が伝わり地に足が着いたような、ずしっとした重さを感じるのです。
私も同じ御方のお歌かしらと思ってしまいました。

No title * by KUON
・さやか さん

歌はわかりませんが・・と書いて下さいましたが、あなたさまの書かれたように私も、同じように、感じてます。

>連作七首は音と景色が浮かび上がりますが、新嘗祭に対する当事者としての精神的な重みが感じられません。

>対して二首は、先帝への思いや緊張感が伝わり地に足が着いたような、ずしっとした重さを感じるのです。

全く同感なのです。今上陛下のおうたは、技巧がどうの、という枠を超えて、陛下としてのお気持ちの現れたおうたと感じています、どの場面の御製でも。これはやはり、天皇として存在する方の、どうしようもなく「天皇」のおんありようと思います。

美智子さんは「歌人としても最高レベル云々」と言い継がれ、確かに素晴らしいおうたもたくさん、本当に沢山、残されておられます。英訳の本なども出ている、ただ、ものをまっすぐに感じ、口に出すお方からは、そのへん微妙なことも沢山、聞いてきました。うたに対する思いや姿勢は、人さまざまですものね。

私自身は、ここ数年から10年くらい、いわゆる「師」といわれる方におつきでないのか、自立しておられるのか(皮肉ですが)もってまわって気取った、詠み慣れて狎れて理屈の勝ったうたを出しておられるなあ、と感じています。思い入れがくどい、と、言いすぎでしょうか(笑)。ミジンコだからこそ言い得ることと自らを笑いますが(笑)。

他の歌材なら知らず。神事に対してのこの行為を、疑問に思い続けて来ました。あえて七首の連作から、幾つかのみを「今上の、新嘗祭の」と語られる方もおられます。いろいろ大変なんだろうなあ、と、我流のソンタクをいたします。

長くなりましたが、今上のみならず、紀宮さまのおうたをまとめられた中にも、これは???と首をかしげる歌が散見されました。宮さまが母を慕い、母を想っておられるテイのうたが、あちこちに。不快ですがどうしようもない、この世界ですら利用されておられた清子さんが気の毒で、と以外、申すすべはありません。自分へのタブレターを、お嬢さまのうたの形にして書いて、平然と、ということです。

まさか、ではない。あのお方のやりそうなことと、理解される方は多いのではないか、と、つい長々と、書いてしまいました。
また、コメント下さいね!。


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響きかたの違うお歌

私は歌はわかりませんが…
新嘗祭連作七首と記事末尾の二首、響きかたが全く違うように感じます。
連作七首は音と景色が浮かび上がりますが、新嘗祭に対する当事者としての精神的な重みが感じられません。
対して二首は、先帝への思いや緊張感が伝わり地に足が着いたような、ずしっとした重さを感じるのです。
私も同じ御方のお歌かしらと思ってしまいました。
2018-11-26-21:47 * さやか [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・さやか さん

歌はわかりませんが・・と書いて下さいましたが、あなたさまの書かれたように私も、同じように、感じてます。

>連作七首は音と景色が浮かび上がりますが、新嘗祭に対する当事者としての精神的な重みが感じられません。

>対して二首は、先帝への思いや緊張感が伝わり地に足が着いたような、ずしっとした重さを感じるのです。

全く同感なのです。今上陛下のおうたは、技巧がどうの、という枠を超えて、陛下としてのお気持ちの現れたおうたと感じています、どの場面の御製でも。これはやはり、天皇として存在する方の、どうしようもなく「天皇」のおんありようと思います。

美智子さんは「歌人としても最高レベル云々」と言い継がれ、確かに素晴らしいおうたもたくさん、本当に沢山、残されておられます。英訳の本なども出ている、ただ、ものをまっすぐに感じ、口に出すお方からは、そのへん微妙なことも沢山、聞いてきました。うたに対する思いや姿勢は、人さまざまですものね。

私自身は、ここ数年から10年くらい、いわゆる「師」といわれる方におつきでないのか、自立しておられるのか(皮肉ですが)もってまわって気取った、詠み慣れて狎れて理屈の勝ったうたを出しておられるなあ、と感じています。思い入れがくどい、と、言いすぎでしょうか(笑)。ミジンコだからこそ言い得ることと自らを笑いますが(笑)。

他の歌材なら知らず。神事に対してのこの行為を、疑問に思い続けて来ました。あえて七首の連作から、幾つかのみを「今上の、新嘗祭の」と語られる方もおられます。いろいろ大変なんだろうなあ、と、我流のソンタクをいたします。

長くなりましたが、今上のみならず、紀宮さまのおうたをまとめられた中にも、これは???と首をかしげる歌が散見されました。宮さまが母を慕い、母を想っておられるテイのうたが、あちこちに。不快ですがどうしようもない、この世界ですら利用されておられた清子さんが気の毒で、と以外、申すすべはありません。自分へのタブレターを、お嬢さまのうたの形にして書いて、平然と、ということです。

まさか、ではない。あのお方のやりそうなことと、理解される方は多いのではないか、と、つい長々と、書いてしまいました。
また、コメント下さいね!。

2018-11-27-10:19 * KUON [ 返信 * 編集 ]