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2018-07-21 (Sat) 21:14

とっても

今日は芦屋浜の花火大会でした。私も、少し離れたあたりではあるものの、生まれて初めて自分の住まいにいて花火を見る経験をしました。

花火は好きで、大阪のPL教団の有名な花火を、車で、そこからがもしかして一番よく見えるかも、という大きな川のほとりまで飛ばして行って、種類豊富なすばらしい花火を、何年もつづいて鑑賞したりしましたし、他、今はすらすら挙げられないけど、いろんな場所で夏の花火を見上げて来ました。

今夜は、見上げたというより、水平に眺めた感じ。

ベランダからの見物で、頭上には群青色の空と、半分だけのお月さま。お月さまの斜め下に、よく光る星がいっこ。この星は、ことし、今の時期、月に近づいて光っている星ですよ、とか最近読んだ記憶が…記憶はあっても、その内容が、うすらぼやけています。自慢しますが、他のいろんな能力は人さまに及んでおらずも、記憶力だけは。

記憶力だけは、いろいろ、ほーふに持っておったワタクシ。

ほーふであったその、唯一恃みとする記憶力が、昨今とみに激しい勢いで遠ざかっております。ぐんぐんと。びゅい~~~~~と。

なので。月と仲良し中の星については、よく光っている、大したもんだ、程度のねぎらいの感情でもって(エラソウやな、なんか)触れておいて、いたずらに突っ込んでしまうことは止めておきます。でも後で調べておこうと、いま、思いました。

頭上に、半分欠けた(半分温存されている)月。

いっこだけ、目立って光っている星。調べてみましたら、どうも「金星」のようです。

赤い灯てかてか、飛び回るヘリコプター(多分ヘリ、姿は見えない、プロペラの回る音と点滅する灯りでそれと判断する)、発表では何万人も近くに集まっているはずの皆さんの姿いっさい、見えず、感じず。

どんどんどんどん。ぱかぱかぱかぱか、どぉおおん、ばちばちばちぃ。

主に円形の花火が、ほとんど休む間なく、打ち上げられていました。花火は、どこから見ても円形、真ん丸。それを、斜めに押しつぶしたみたいな形に作ったり、アジサイでなくガクアジサイみたいに個々の部分の間引き感満載の感じで打ち上げたり。

6000発、ということで、それだったら合計幾らくらい、とか暗算しているイヤなやつが近くにおりました、それは無視して(ゼロの数が覚えられませんし)どんどんどんどん、段々ハデになる、矢継ぎ早になって行く花火を、口あけて眺めていた数十分。

何でもかでも妙に意味づけ,意義づけするのは止めておこうと思いつつ。

花火って、なにか、とっても淋しい。



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最終更新日 : 2018-07-21

また拝読できて嬉しいです * by ラピスラズリ
久しぶりにまたいくつもの記事が並んでいるのを見て安心しました。
災害続きの夏ですがご無理のないように記事の継続を楽しみにしています。

私も花火にはその華やかさよりも儚さを感じます。
百花繚乱の夜空が一瞬の後また漆黒の静寂に戻る束の間の妖しの世界に引き込まれます。

花火と言えば芥川龍之介の舞踏会という短編小説の中の台詞が印象に残っています。
ある令嬢が鹿鳴館での華やかな舞踏会で出会った仏蘭西将校とバルコニーに出て一緒に花火を見た時に将校が「花火のことを考えていました。我々の人生のような花火のことを」と呟くのです。

母がよく明治一代女の一節を歌っていました。
^恨みますまいこの世のことは 仕掛け花火に似た命 燃えて散る間に舞台が変わる まして女は尚更に^
これらのことが頭にあって花火を儚いと思うようになったのかもしれません。

因みに盛大な花火を36階から見下ろしたことがあります。どんな見え方をするのか楽しみにしていたのですが、結果は丁度大きなクラゲが次々にフワフワと浮いてくるような感じで意外なほどしょぼくて見せてくれた人には申し訳ないけどガッカリしたのを覚えています。
やはり花火は真下から見上げて自分に向かって火の粉が降ってくるようでないと花火の興奮は生まれないんだと思いました。

しかし花火は子供の頃の線香花火に尽きます。バチバチと音が聞こえそうな点滅するオレンジ色の光を息を凝らして見つめていたあの線香花火に勝る花火はありません。

* by KUON
・ラピスラズリさん

こちらへもおいで下さりありがとうございます。

花火。人それぞれ、さまざまな思いや思い出があるようですね。

36階からの花火とは。読ませていただき、なるほどそうなのかと不思議な感慨です。下からふわふわと、くらげのように上がって来るのですか・・・

>我々の人生のような花火のことを」

うう浪漫ティックですな。フランス将校なら、「ラ・ヴィ」とかなんとか・・私は、山下清画伯の「花火」と題する貼り絵を見て、泣いてしまった記憶があります。

あんなにも細かく、あんなにも緻密に・・なんというか、胸が迫って、恥ずかしいと思いつつボタボタと涙が溢れて。

線香花火が一番、のお説には、賛成です。線香花火、いま、する場所がありません・・去年までは庭で、ひと夏に何度も、花火を楽しみましたっけ・・・。

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また拝読できて嬉しいです

久しぶりにまたいくつもの記事が並んでいるのを見て安心しました。
災害続きの夏ですがご無理のないように記事の継続を楽しみにしています。

私も花火にはその華やかさよりも儚さを感じます。
百花繚乱の夜空が一瞬の後また漆黒の静寂に戻る束の間の妖しの世界に引き込まれます。

花火と言えば芥川龍之介の舞踏会という短編小説の中の台詞が印象に残っています。
ある令嬢が鹿鳴館での華やかな舞踏会で出会った仏蘭西将校とバルコニーに出て一緒に花火を見た時に将校が「花火のことを考えていました。我々の人生のような花火のことを」と呟くのです。

母がよく明治一代女の一節を歌っていました。
^恨みますまいこの世のことは 仕掛け花火に似た命 燃えて散る間に舞台が変わる まして女は尚更に^
これらのことが頭にあって花火を儚いと思うようになったのかもしれません。

因みに盛大な花火を36階から見下ろしたことがあります。どんな見え方をするのか楽しみにしていたのですが、結果は丁度大きなクラゲが次々にフワフワと浮いてくるような感じで意外なほどしょぼくて見せてくれた人には申し訳ないけどガッカリしたのを覚えています。
やはり花火は真下から見上げて自分に向かって火の粉が降ってくるようでないと花火の興奮は生まれないんだと思いました。

しかし花火は子供の頃の線香花火に尽きます。バチバチと音が聞こえそうな点滅するオレンジ色の光を息を凝らして見つめていたあの線香花火に勝る花火はありません。
2018-07-29-21:09 * ラピスラズリ [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る 

・ラピスラズリさん

こちらへもおいで下さりありがとうございます。

花火。人それぞれ、さまざまな思いや思い出があるようですね。

36階からの花火とは。読ませていただき、なるほどそうなのかと不思議な感慨です。下からふわふわと、くらげのように上がって来るのですか・・・

>我々の人生のような花火のことを」

うう浪漫ティックですな。フランス将校なら、「ラ・ヴィ」とかなんとか・・私は、山下清画伯の「花火」と題する貼り絵を見て、泣いてしまった記憶があります。

あんなにも細かく、あんなにも緻密に・・なんというか、胸が迫って、恥ずかしいと思いつつボタボタと涙が溢れて。

線香花火が一番、のお説には、賛成です。線香花火、いま、する場所がありません・・去年までは庭で、ひと夏に何度も、花火を楽しみましたっけ・・・。
2018-07-30-22:36 * KUON [ 返信 * 編集 ]