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Top Page › 胸の痛いこと › 何といえばいいのでしょう。
2019-02-12 (Tue) 16:39

何といえばいいのでしょう。

Very Very Break heart Poor Baby Kaya Nearly Die Before Rescued - Poor Baby Kaya Just to Rescued

こんばんは。↑ は、小さなおサルの「Kaya」の動画のつもりなのですが、すぐ観ていただけるように貼れません。かつては動画もブログに紹介できていたのに、ごめんなさい、今はできなくなってしまいました。

この小さいサルは、タイの国のサル、ものすごく酷い目に遭っていたところを、救いだされたのでした。でしたが・・。

何が書きたかったかと言いますと、母性愛とか父性愛について、ひごろ感じていることなど、書いてみたかったのでした。他のブログで取り上げられておられる方も多数。四年生で人生を強制終了させられてしまった女の子のことが、忘れられなくて、辛くて。自分を頼って大きくなるしかない子どもを、よくぞあんな風に、と、どんどん出て来る新しい「事実」に、耐え難い思いにとらわれながら。

でも私は、それでも人間か!とは考えられず。父親、母親に、いわばなぶり殺しの目に遭った女の子の悲惨に、ただ涙することしかできない中で、こういう人間もいるよなあ、の思いに、肯定ではない、ないけど、いるんだよなあ、の思い。

周囲の大人たちへの思い。しょせん自分のことではないんだものなあ、の、これも全く肯定ではない、イヤだけど、こうなんだよなあ、の、思い。

二度とこういうことが起きないよう、とか言っている、テレビに出ている面々の顔に、でもまた起きてしまったよねえ、などと、胸の内で白けている自分の、浅ましさ。

風化させてはなりません、とか言っている面々に、ではいつまで思い続けているのだあなたは、と、一人で心の中で突っ込んでいる、阿呆な自分。
世間に向けている顔と全く異なる顔で、自分より弱い者、立ち向かって来ない者を、心身ともに痛めつける人間、そうでしか生きていられないような人間を、知っているから、一概に「なんで?」とは考えられないのです。父親とは強く大きなもの、母親とは柔らかくあたたかいもの、とも。信じていない自分を知っています。

支離滅裂になって来ています。ともあれ、あの子がかわいそうでかわいそうで、たまらない。その気持ちは本当。あの女の子は、テレビで知る限り、父親にそっくりの顔立ちをしています。笑顔のあの子を、テレビは映していました。

食べさせず眠らせず座らせず。衰弱して行く姿を動画に撮らせていた。殴った、蹴った、その痕を見られたくなくて、家の中に監禁していた。水も飲ませなかったと。父親の意を受けて娘に優しくなれなかった母親、守ってやれなかった母親、その人も暴力に屈してのことだったとか。私も知っている、殴られるのは痛い。事実、本当に、殴られたら痛い。その箇所だけでない、からだの奥の方が、ぎゅううっと固まってしまう。殴られないようにいたい。怒鳴りつけられると、こころは委縮してしまうのです。怒鳴られるのは怖い、痛い、苦しい。

母親は娘を、庇ってやらなかった。庇ってやれなかったのか。どちらも本当だと思います。で、加害者に加わった。

初めのニュースで、風呂場で水のシャワーを浴びせたと聞き、首のあたりを「わしづかみのようにした」と知り。それでどうして死んでしまったのだろうと感じ、もっとひどいことをされただろうと思う前に、私は、感じたのでした。

あの子は、絶望して死んだのだろう、と。

父親に「ぼう力をふるわれる」「先生、どうにかなりませんか」と、しっかりした筆圧の丁寧な文字で書いた女の子は、そうして救いを求めた大人にどうにかしてもらえないで、寒いこの季節、風呂場で水浸しにされて、死んでしまった。後からの情報で、肺に水が溜まっていたとも聞いた。発見してもらった時には死後硬直が始まっていたとも。

娘を殺してしまった男は、自身の逃げる算段を必死で考えていたのか。その間。

髪をつかまれて冷え切っていたであろう自宅の風呂場に連れ込まれて、あの女の子は、死んだ。殺された。死因は実際どうだったか、私にはわかりません。ただ。心愛、などと名付けられた女の子は、絶望して死んだのだと思っています。

そのことが、悲しいです。可哀そうでたまりません。こういうことがあると、いつも思う。そこまで行く前に、捨ててあげろよ、と。

虐待するなら、手放してあげて欲しい。引き受けてくれる大人は、親でなくてもいる、殴ったり蹴ったり怒鳴ったりしないで眠らせてくれる力は、無くはない、ある。捨ててあげて欲しい。

でも。そんなことも出来ないのですね、とことんまで行ってしまう人間たちは。人間なんですよね、抵抗できない子どもを、追い詰めて、最後の状態にまで行ってしまう者たちは。父親は、外面のいい人だったとか。

あの家庭には、一歳だという、殺された女の子の妹がいるという。その子はどこで、どう育つのか。複数の子がいて、中の一人だけが虐待、暴力の対象になるとは、よくあること。その点に「なぜ?」という問いかけへの答えは「無い」のだとか。

なぜか、そうなってしまうのだとか。同じ父親、同じ母親のなかに生まれて来ても。

わが子へのこういった事件での、母親の罪は、常にとても軽い気がしています。この件でも、この母親も被害者といったあたりが考慮されるのか。あの女の子は、お母さんに助けてもらいたかったのではなかったのか。目の前で暴力を振るわれる母親に、それを、よう望めずにいたのか。父親の罪は、ものすごく深い、この点でも。普通の神経を持った子どもは、母親が酷い目にあわされている現場にいることは、見させられることは、それだけで虐待です。自らを守るために、自分の方に加虐の手を向けて来る母親に対して、この子は、どんな思いを向けていたのか。

考えも気持ちもまとまらないまま、この項を終えます。

・・・動画の、アタマはかさぶただらけ、鼻の辺りも傷だらけ、ひきずりまわされて地面に叩きつけられて足は動かせずなり栄養失調の、仔ザルのKaya。人間に似た顔の表情、可愛らしい目、いとおしいやせ細った体。このサルは、人間に保護され、安心できる寝床を与えられ、他の動画で見ればお湯にもつけてもらい、バナナを食べさせてもらっていました。撫でてもらって笑顔にもなっていた、ドクターに注射もしてもらっていた。

やみくもに、野生の生物に人間の手が及ぶことを「よし」とする気は、無いのですが。ぼろぼろにされている仔ザルは、しかし、救いだされた。可愛い笑顔を見せられるようになっていた。

けっきょく、生き続けられなくて。

清潔なタオルに包まれて、小さな体は、ていねいに葬られ・・・つまり最後は、温かく優しく守ってくれる手の中に、いることが、できたのでした。強引な終わり方ですが、そういうことで。

動画で見る限り、小さなKayaは、青い明るい空の下、観光客(?)たちが笑い声をあげる中、元気なサルたちが走り回り、母親に抱っこされている仔ざるたちも沢山いるなか、無茶苦茶な扱いを受けていたのでした。

四年生のあの女の子が、地獄のような思いをしていた家の、周りにも、よそのお子たちの平穏な日常が、溢れていたと思うのです。あの子にとって、家庭の中が地獄だったんだな。いつだって、後になってわかること。

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最終更新日 : 2019-02-13

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