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返事の中までKUONです。

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2019-02-28 (Thu) 21:48

「冷たい夜に一人」


何度も棲み処を変わりました。ひとりでの暮らしに慣れ、朝から夜までの過ごし方に自分流の好みが出てくると、もっと一人になってしまいたくて、住まいを変えたりしました。東京や名古屋や岐阜県の高山、長野、もっとあったような。

名古屋市内の母親の家には、基本、出入りを禁じられていました。時には夜、帰りました。泊っても朝には出て行くのだと思うと億劫で、外へ呼び出して昼ご飯を一緒に食べたりしました。母は小食で、必ず、せっかくのモノだけど全部はいただけない、と言うのでした。それを、黙って平らげることもあったし、知らんふりして残しておくこともありました。母はコーヒーが好きでした。

名古屋の、昭和区に、いっとき住みました。初めは昔ながらの下宿屋、好奇心で二階に住んでみましたが、すぐに、出た。玄関横に大家の一家の茶の間があり、出るも帰るも奥さんの視線の中、こりゃダメだ、と、出たのです。部屋の二面が格子窓で、周りの家々の屋並みの向こうに夕陽が見えて、夕焼けがきれいで、抒情的な住処ではありましたが、高校時代の数少ない友達が、訪ねて来て、二日ほど泊って行ったことがある、彼女が帰って行ったあと、甘いものを少し持って、挨拶してみたら、

「お泊りは遠慮して欲しいんです、畳が傷みますでしょう」

笑っているのか泣いているのか判じがたい笑顔の、指えくぼのある奥さんでした。はいすみませんと返事したものの、うひゃあ、畳が傷むか。びっくりして、それもあって、退出しました。

田の字型に、まんなかに廊下がある式の、倉庫を改造したアパートの、ひと部屋を借りました。隣が不動産屋の事務所で、夕方までしか人がいない。向かい側は、どうも夜の仕事のおんなの人のようで、夜がとても遅い。斜め向かいは、学生同士の同棲モノでした。学校行かずに、勤め人みたいにアルバイトにばかり行っている気配の男の方は、人が好さそうでモンダイ無かった、女の方は、わたし年上と、聞いてないのに私に告げ、夜のおねえさんが外に置いている洗濯機を勝手に使っていて、不動産屋の自転車にも、ときどき勝手に乗っているようでした。私はこの、なぜかこれも大学生だというおんなが嫌いで、顔が合えば顎だけ動かすみたいに挨拶もどきだけをして、口をきかないようにしていました。親しそうになってしまえば、パンでもレコードでも新しい布巾とかなんでも。借りに来そうな女でした。なにより、ぶさいくで。和風のうりざね顔、そこそこのはずが、私には、とてもブサイクに見えたのでした。私が何の仕事をしているかは、言いませんでした。

電話もファクスも無かったけれど不自由はなく。四百字詰め原稿用紙に、こちこちと、万年筆で文字を書きました。万年筆は、お気に入りのパーカー。インクもパーカーのブルーブラックを使っていました。原稿ができたら、紙の紐で閉じて、郵便局へ出しに行きました。親切な編集者さんがたと、離れて暮らしたくて、そうしていました。

その頃は、長谷川きよしの歌ばかり聴いていました。テレビを持っていたけれど、ほとんど見なかった。全く上等ではないプレィヤーを買ってそれに満足していて、そこに、静かに、そおおっとレコード盤を置いて、針をのせて。長谷川きよしばかり聴いていました。好みの曲を、あちこちから集めたテープを持っていて・・誰かが作ってくれた、やさしい人はどこにも沢山、いました。お礼はほぼ、スイスという店のスバゲッティか、凡愚という店のハムトーストか。コーヒー付きで。名古屋の喫茶店は、コーヒーに、必ず、豆がついて来ます。テープとかそういうものを作ってくれるのは、いろんな大学が周囲にあって、街には大学生がわんさと歩き回っていた、そういった人たちが、してくれたのでした。そういった親切な男の子たちを、部屋に入れることは、ありませんでした。

長谷川きよしは、どんなジャンルの歌も自分のものにして唄う人です。

「冷たい夜に一人」を、飽きもせず、聴いていました。

「別れのサンバ」も、まいにち、聴いていました。時にはヘッドフォンをつけて、ジャニス・ジョプリンを聴きました。「ジャニスの祈り」「クライ・ベイビー」。

長谷川きよしの歌は、ヘッドフォン無しで聴きました。時間の経つのは気にしないで、ずっと、聴きたいだけ。

この頃、また、夜、音を小さく、聴いています。好きな歌を心行くまで聴けるなんて、とても幸せではありますが、昔、若かった私のように、夜が深く更けるまでは、聴いていられない。体力が無くなりました。

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最終更新日 : 2019-02-28

No title * by なんだか
このHNで初めてです。kuonさんの皇室記事が、持ち上げが無くて正直で好きでした。最近のスレッドは私には興味持てず、なんだか残念です。
東宮のことや、秋篠家のことも、他のブログと違う切り口で読みたいのです。
和歌や個人のkuonさんに、あまり興味を感じません。失礼ですが私の肉声です。眞子さまの件はどう考えておられますか。
はじめから小室に眞子さまがのぼせてしまってと書いたのはkuonさんでした。立派でした。今はどうなのかと言うことです。

No title * by KUON
・なんだか さん

ずっと読んで下さっていたのですね。ありがとうございました。本心から。おそらく(裏からも含め)何度目かのコメントかと思われます、お返事させていただきます。

「今の」私に、がっかり、と仰るなら、そうなんですか、と申し上げるしかありません。記事がお気に召すかそうでないかは、お一人お一人のことですから仕方がないのではないでしょうか。興味が無い、と言われたら、これも、そうなのですか、としか言えません。

眞子さんの件は・・守りたいものはどうしてでも守る。からだ張って守る。私は、おセレブでない由緒正しいミジンコなので、ミジンコ道を通してそうしたいけどね、とか。外野から思っている感じですね。あえて貶めたくはないのです。








なんだかさん、へ * by 雪灯り
こんにちは。横から失礼致します。

私も以前はそんな風に感じたこともありました。
ずっと拝見しているうちに皇室以外のお話もとても楽しみになりました。

お歌も興味なかったのですが、日本に昔からある和歌って素敵だな、私もそろそろ始めたいなって思うようになりました。
一緒に初めてみませんか?=(^.^)=

眞子様の事は、過去のkuonさんの記事とコメントへのお返事に、しっかりお考えが表れているように私は感じました。
また進展あれば書いてくださるかと。
進展、あって欲しくないような...。
即位も控えて辛いこと多いですね。

失礼致しました。

No title * by KUON
・雪灯りさん

ありがとうございました。
お優しいのですね。読んで、自分のこわ張った気持ちが恥ずかしくなりました。

なんだか さんへのお言葉がけに、割り込みましてごめんなさい、ですが。おうたに興味を持たれたなんて嬉しや。どうぞ、ご一緒に、言葉の豊かな国に生まれたシアワセを感じませんか。
子育ての頃は、その時にしかできないうたも出来そう。私も子供が幼いころに始めました。
なんか、強引ならすみません。よろしかったら、です。

なんだか さんも、また来て下さると思いますよ。本当に、ありがとうございました。

管理人のみ閲覧できます * by -

No title * by ちこ
はじめまして。

KUONさんのお話が聞きたくてほとんど毎日訪問させていただいています。
長い人生を過ごしてきて昔から今現在も私自身が一番苦手だと意識していることは「文章を書くこと」です。

学生時代、先生から「てにをは」に気を付けるようにと言われました。

読書感想文などの宿題は姉に書いてもらうなどして書くことからずうっと逃げてきた人生です。

飾らず心のままにすらすらと文章を書かれるKUONさんを凄いな~と思いながら、読むとすぐに引き込まれます。大好きです。

KUONさんの文章をもっと読みたいと、KUONさんが以前書かれていた小説のお話を頼りにしてネットで一生懸命探しました。

多分?KUONさんの作品の名前が5つわかりました。そのうち1冊だけが売り切れないでありました。
今、私の手元にあります。(すっかりMUONさんの作品と信じています^^;)

私はKUONさんに再び小説を書いていただきたいです。

和歌は全くわかりませんが、皆さまの作品を読んで情景が浮かんできたりして楽しませていただいています。

KUONさんのご健康とご活躍をお祈りしております。

追伸。不適切な文章がありましたら非公開でお願いいたします。無いようでしたら公開で大丈夫です。初めてで仕組みがわからずお手数をお掛けして申し訳ございません。

No title * by KUON
・ちこ さん

公開させてもらいましたが、よろしかったでしょうか?

ありがとうございました。今書きたいことは、自分の内側に向かって行くことなので、今までの私を好んで下さった方には、申し訳のない状態かもしれないな、と、まじめに考えました。

そうであっても、やはり、ようやく時間も身辺も頭の中も自分のペースで使えるようになったいま、昔の夢に還りたいと。そういう気持ちがずしりとありまして。

とても嬉しいお言葉をいただいたようで、感謝。別に、少しずつ書いてはいるのです、ブログに書き始めている思い出話も、文体や雰囲気を一定しないでやって行って、後でまとまってくれたらいいな、と。

今はもう、大それた思いも願いもありません(多分。(笑))大回りして何度も途切れて、やはり、いつかもう一度、と思いきれなかったことを、してみたいのです。

沢山でなくていい、私の世界を、感じてわかって下さる方が、いて下さったら、と。昔よりは随分、神妙な気分で、考えている自分がいるのです。

おおげさなようですが。ホントなのです。元気と勇気が出ました。感謝です。


kuon様の紡ぎ出す言葉が好きです。 * by アイリス@
こんにちは。
私はkuon様の文体そのものが
好きで毎日訪問させて頂いています。

その世界は独特で、、、。

初めてのコメントには
多分 皆川博子や寺山修司を
思い浮かべました、と書いた様に思います。

また その時
あ、私 若かりし頃に kuon様の
文章を読んでいる !
という確信に満ちた思いを持ちました。


寺山修司編集の詩集シリーズがありました。
「眠るのがこわい」「水曜日の天使」
「ひとりぼっちのあなたに」「さよならの城」
などなど、、、。
その一冊、おそらく水曜日の天使だと
思うのですが ジュリーをメインとした
詩の何編がありました。

(沢山送られてくる各地の少女の詩を
寺山修司が選んで編集するのですが、
私はその人の文体や詩に魅せられました。)

そして、何度も読み返し 憧れて
こう思いました。

あぁ、世の中は不公平だわ。
言葉をトランプのカードに例えたら
この人は ハァトのキングから、
スペードのクイーンまで持っている。
ジョーカーを持ってるけどまだ出さない、、

その方がkuon様かどうかは分かりませんが
とにかく 初めてブログを拝見した時に
私は40年以上前に読んだ
忘れることの出来ないエッセンスを含んだ
当時のあの 魅力的な文章に出会ったのです。

ジュリーは美しく、(すみません、今の彼ではないです。)
詩の中で 廃退的な薫りを放っていました。

寺山修司は
何人かの投稿者にとても才能を
感じていて いつも それぞれの少女詩人の
ページの前に感想を加えていました。

例えば
才能が火を噴いてくるくる回っている様だ
などの断片的な言葉を覚えています。

それから、ティーンルックや、
セブンティーン。
様々な所で このkuon様を思い浮かべる
文体に出逢いました。

そして初めてkuon様のブログにお邪魔した
時 なんとも言えない 懐かしさと
嬉しさを感じました。

私はkuon様の文章、
それから その内容(皇室に対する思い、
また、
kuon様の生活の中での雑感、
生い立ちなど、
全てを それぞれ味わい深く読ませて頂いています。)
ですから、ジョーカーを出していなかった人は
kuon様に間違いない、と思った事でした。
生い立ちを読んだら
出せたくても
不可能だったのだ、と思いました。
間違えていたら、
ごめんなさい。

長谷川きよし、 ディランセカンド、
浅川マキ、
私も
みんな大好きでした。大好きというより
生きる力でした。

金と銀に分けたら
皆 銀のエネルギーです。


長谷川きよしさんとは
一度オークラのバーで、友人に紹介されて
一緒にビールを飲みました。

私がずっと憧れ、宝物の様に思っていた
あの美しく繊細な指に触れさせて頂いて
握手してもらった時は なんだか幸せが
クルクルと頭上で舞っている様な気がしました。
ディランセカンドは、西岡恭蔵さんが亡くなってからですが、大塚まさじさんが我が家に来て歌って下さいました。

こんなに長く書くつもりはなかったのですが、
あまりに人生の節目に出会った物が
共通していて 書かずにはいられませんでした。

元はと言えば
現代皇室のおかしさに気づいてkuon様の
ブログにたどり着いたのでした。

その文体に刺激されて
心に埋没していた私の少女が出て来ました。

和歌も全く興味が無かったのですが、
ミテコ様の和歌を正しい切り口で
解説して頂き 目から鱗がおちました。
あれ以来和歌について 大変に
興味が湧きました。
改めてお礼申し上げます。

和歌とは何と人の想念を出してしまうものか、
言葉とは 何と心して出さねばならぬものか、
と思い知った次第です。

今日は長々と書き連ねてしまいました。

皇室のみの記事をお読みになりたい方の
お気持ちもよくわかりますが(だって
本当に 素晴らしい切り口ですもの。
「ジャムの悲しみ 」は最高です。)

私生活で、この様に
様々な経験を持つkuon様が
この ブログを通して
私達にお話しをして下さっているって思っています。
和歌 の楽しみにも気付きました。
ありがとうございます、
と心よりお礼申し上げます。

いつか、どこかで
お話し出来たら良いなぁと
思いつつ、、、。











No title * by 茉莉茉莉
50年位前、寺山修司の本で「ひとりぼっちのあなたに」「愛さないの愛せないの」「さよならの城」など他にもいろいろ買って何回も読んでいました。イラストは宇野亜喜良でした。とっても好きな本でした。捨てたのかどこかにあるか行方不明です。でも、詩とか短篇の文章は、いくつか頭に残っています。

前のコメントで、S社のYさんとは、新潮社ではないですかと想像で書きましたが、S社とは、「主婦と生活社」「集英社」「小学館」「新書館」かもしれない。それともそれ以外かもしれないですね。知ったかぶりして書いて、すみませんでした。



No title * by KUON
・アイリス@さん

このようなコメント(お手紙?)もらえる人間が、そんな沢山いるように思えません。自分のこととも思えず、ほうっと胸にぼんぼり灯ったように何度も、読み返しました。嬉しいと思いました。
大切に言っていただいているのは、もったいないようなことと感じますが、内容はきっと、自分も忘れてしまっている「自分」だと思います。T・Lにも・S・Tにも、投稿者として始まって以降、あれこれと書かせてもらっていました。寺山さんは独特にはにかむ人で、あんな才能を持っていながら、傲慢にも見える風でありながら、コンプレックスの塊で息もできないようにも見え、いやいやそんな自分を、クスクス楽しんでいる・・ようでもありました。ジュリーのことは

以前書いてしまったこと、ジュリーさんの先輩と言うか恩人のロッカーに、白昼、直球に口説かれた(というのか)せがまれたというか、その時わたしは全くアホ純情で。ここではジュリーをみるためにいる、と言ったら、その人はドタドタ出て行って、沢田、あのやろー、と。何発か殴られちゃったそうな。いえ、これで、なく。寺山さんも「好きなのは、沢田さん?」と尋ねたことがある。うなずくと、へええん、と。キゲン悪かった。単に私は、高校生の頃からジュリーさんすきだっただけなのですが。憧れのてっぺんが、ジュリーだった。ジュリー、ずいぶん生きづらい中、いてはったんやなあ。

なんぼでも懐旧談は尽きません。アイリス@さん、私、羨ましくてウニャニャニャーとなった・・長谷川きよしさんの、あの指に、触れて?握手してもらったって!。これは、羨ましい。マックス。他の手ではない、あの手ですものな。

で。「ぷかぷか」うたって貰われたのですか? ぎええ。西岡さんも早くに亡くなって。安田南さんも亡くなって。

いろんなことがあった時代、思い出したくない過去も、顔をおおってしまう過去も、よれよれとありました、最近、自制しないで思い出しまくっている、しかししかし。40年も昔の私の文章を、このように思っていて下さる方がいるって。

もう、NOブレーキで行きたくなってしまいました。ブログでは難しそうなことも、やったるわ、って感じ。

本当に、前進する気持ちを下さり、ありがとうございました。


・茉莉茉莉さん

茉莉茉莉さんも寺山修司の詩のことを、以前も書いて下さっていましたね。私のことも。

あの時はまだ、なにゆえか、過去をあまり晒したくない自分でいました。覚えています、宇野亜紀良のイラスト。寺山さんは、若い頃からのご病気で、たとえば女性に対する関心やふれあいの方向が、とても内向きになっておられたのだと思う。初期の頃の短歌のみずみずしさったら無い、と私は思っています。うたを終わるころの、荒涼たる世界も、とても好き。日本の短歌の世界は、寺山修司を、あまりにも軽く扱っていると、今も感じています。人の作品のイメージや言葉自体をかっぱらった作品も、けっこうあります。元の作品より良くなっているものも沢山。

・・S社、って、何社もありますね。挙げられたなか、新書館だけはお世話になっていませんが。あとは、原稿料もらってました。・・・あの時代。その方とは違います、はっきり違う、世代がちがうのでね。インドへ行く人、けっこうおられました。

「君に似るインド洋の夕陽を見に行くと消えし男も歌うまかりき」

こんな一首を詠んだこともありました。遠い日の残照です。
気になさらないで下さいね。




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今も夢見る No title

このHNで初めてです。kuonさんの皇室記事が、持ち上げが無くて正直で好きでした。最近のスレッドは私には興味持てず、なんだか残念です。
東宮のことや、秋篠家のことも、他のブログと違う切り口で読みたいのです。
和歌や個人のkuonさんに、あまり興味を感じません。失礼ですが私の肉声です。眞子さまの件はどう考えておられますか。
はじめから小室に眞子さまがのぼせてしまってと書いたのはkuonさんでした。立派でした。今はどうなのかと言うことです。
2019-03-01-16:06 * なんだか [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・なんだか さん

ずっと読んで下さっていたのですね。ありがとうございました。本心から。おそらく(裏からも含め)何度目かのコメントかと思われます、お返事させていただきます。

「今の」私に、がっかり、と仰るなら、そうなんですか、と申し上げるしかありません。記事がお気に召すかそうでないかは、お一人お一人のことですから仕方がないのではないでしょうか。興味が無い、と言われたら、これも、そうなのですか、としか言えません。

眞子さんの件は・・守りたいものはどうしてでも守る。からだ張って守る。私は、おセレブでない由緒正しいミジンコなので、ミジンコ道を通してそうしたいけどね、とか。外野から思っている感じですね。あえて貶めたくはないのです。







2019-03-01-21:49 * KUON [ 返信 * 編集 ]

なんだかさん、へ

こんにちは。横から失礼致します。

私も以前はそんな風に感じたこともありました。
ずっと拝見しているうちに皇室以外のお話もとても楽しみになりました。

お歌も興味なかったのですが、日本に昔からある和歌って素敵だな、私もそろそろ始めたいなって思うようになりました。
一緒に初めてみませんか?=(^.^)=

眞子様の事は、過去のkuonさんの記事とコメントへのお返事に、しっかりお考えが表れているように私は感じました。
また進展あれば書いてくださるかと。
進展、あって欲しくないような...。
即位も控えて辛いこと多いですね。

失礼致しました。
2019-03-01-21:56 * 雪灯り [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・雪灯りさん

ありがとうございました。
お優しいのですね。読んで、自分のこわ張った気持ちが恥ずかしくなりました。

なんだか さんへのお言葉がけに、割り込みましてごめんなさい、ですが。おうたに興味を持たれたなんて嬉しや。どうぞ、ご一緒に、言葉の豊かな国に生まれたシアワセを感じませんか。
子育ての頃は、その時にしかできないうたも出来そう。私も子供が幼いころに始めました。
なんか、強引ならすみません。よろしかったら、です。

なんだか さんも、また来て下さると思いますよ。本当に、ありがとうございました。
2019-03-01-22:32 * KUON [ 返信 * 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2019-03-01-23:13 * - [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

はじめまして。

KUONさんのお話が聞きたくてほとんど毎日訪問させていただいています。
長い人生を過ごしてきて昔から今現在も私自身が一番苦手だと意識していることは「文章を書くこと」です。

学生時代、先生から「てにをは」に気を付けるようにと言われました。

読書感想文などの宿題は姉に書いてもらうなどして書くことからずうっと逃げてきた人生です。

飾らず心のままにすらすらと文章を書かれるKUONさんを凄いな~と思いながら、読むとすぐに引き込まれます。大好きです。

KUONさんの文章をもっと読みたいと、KUONさんが以前書かれていた小説のお話を頼りにしてネットで一生懸命探しました。

多分?KUONさんの作品の名前が5つわかりました。そのうち1冊だけが売り切れないでありました。
今、私の手元にあります。(すっかりMUONさんの作品と信じています^^;)

私はKUONさんに再び小説を書いていただきたいです。

和歌は全くわかりませんが、皆さまの作品を読んで情景が浮かんできたりして楽しませていただいています。

KUONさんのご健康とご活躍をお祈りしております。

追伸。不適切な文章がありましたら非公開でお願いいたします。無いようでしたら公開で大丈夫です。初めてで仕組みがわからずお手数をお掛けして申し訳ございません。
2019-03-01-23:37 * ちこ [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・ちこ さん

公開させてもらいましたが、よろしかったでしょうか?

ありがとうございました。今書きたいことは、自分の内側に向かって行くことなので、今までの私を好んで下さった方には、申し訳のない状態かもしれないな、と、まじめに考えました。

そうであっても、やはり、ようやく時間も身辺も頭の中も自分のペースで使えるようになったいま、昔の夢に還りたいと。そういう気持ちがずしりとありまして。

とても嬉しいお言葉をいただいたようで、感謝。別に、少しずつ書いてはいるのです、ブログに書き始めている思い出話も、文体や雰囲気を一定しないでやって行って、後でまとまってくれたらいいな、と。

今はもう、大それた思いも願いもありません(多分。(笑))大回りして何度も途切れて、やはり、いつかもう一度、と思いきれなかったことを、してみたいのです。

沢山でなくていい、私の世界を、感じてわかって下さる方が、いて下さったら、と。昔よりは随分、神妙な気分で、考えている自分がいるのです。

おおげさなようですが。ホントなのです。元気と勇気が出ました。感謝です。

2019-03-01-23:51 * KUON [ 返信 * 編集 ]

kuon様の紡ぎ出す言葉が好きです。

こんにちは。
私はkuon様の文体そのものが
好きで毎日訪問させて頂いています。

その世界は独特で、、、。

初めてのコメントには
多分 皆川博子や寺山修司を
思い浮かべました、と書いた様に思います。

また その時
あ、私 若かりし頃に kuon様の
文章を読んでいる !
という確信に満ちた思いを持ちました。


寺山修司編集の詩集シリーズがありました。
「眠るのがこわい」「水曜日の天使」
「ひとりぼっちのあなたに」「さよならの城」
などなど、、、。
その一冊、おそらく水曜日の天使だと
思うのですが ジュリーをメインとした
詩の何編がありました。

(沢山送られてくる各地の少女の詩を
寺山修司が選んで編集するのですが、
私はその人の文体や詩に魅せられました。)

そして、何度も読み返し 憧れて
こう思いました。

あぁ、世の中は不公平だわ。
言葉をトランプのカードに例えたら
この人は ハァトのキングから、
スペードのクイーンまで持っている。
ジョーカーを持ってるけどまだ出さない、、

その方がkuon様かどうかは分かりませんが
とにかく 初めてブログを拝見した時に
私は40年以上前に読んだ
忘れることの出来ないエッセンスを含んだ
当時のあの 魅力的な文章に出会ったのです。

ジュリーは美しく、(すみません、今の彼ではないです。)
詩の中で 廃退的な薫りを放っていました。

寺山修司は
何人かの投稿者にとても才能を
感じていて いつも それぞれの少女詩人の
ページの前に感想を加えていました。

例えば
才能が火を噴いてくるくる回っている様だ
などの断片的な言葉を覚えています。

それから、ティーンルックや、
セブンティーン。
様々な所で このkuon様を思い浮かべる
文体に出逢いました。

そして初めてkuon様のブログにお邪魔した
時 なんとも言えない 懐かしさと
嬉しさを感じました。

私はkuon様の文章、
それから その内容(皇室に対する思い、
また、
kuon様の生活の中での雑感、
生い立ちなど、
全てを それぞれ味わい深く読ませて頂いています。)
ですから、ジョーカーを出していなかった人は
kuon様に間違いない、と思った事でした。
生い立ちを読んだら
出せたくても
不可能だったのだ、と思いました。
間違えていたら、
ごめんなさい。

長谷川きよし、 ディランセカンド、
浅川マキ、
私も
みんな大好きでした。大好きというより
生きる力でした。

金と銀に分けたら
皆 銀のエネルギーです。


長谷川きよしさんとは
一度オークラのバーで、友人に紹介されて
一緒にビールを飲みました。

私がずっと憧れ、宝物の様に思っていた
あの美しく繊細な指に触れさせて頂いて
握手してもらった時は なんだか幸せが
クルクルと頭上で舞っている様な気がしました。
ディランセカンドは、西岡恭蔵さんが亡くなってからですが、大塚まさじさんが我が家に来て歌って下さいました。

こんなに長く書くつもりはなかったのですが、
あまりに人生の節目に出会った物が
共通していて 書かずにはいられませんでした。

元はと言えば
現代皇室のおかしさに気づいてkuon様の
ブログにたどり着いたのでした。

その文体に刺激されて
心に埋没していた私の少女が出て来ました。

和歌も全く興味が無かったのですが、
ミテコ様の和歌を正しい切り口で
解説して頂き 目から鱗がおちました。
あれ以来和歌について 大変に
興味が湧きました。
改めてお礼申し上げます。

和歌とは何と人の想念を出してしまうものか、
言葉とは 何と心して出さねばならぬものか、
と思い知った次第です。

今日は長々と書き連ねてしまいました。

皇室のみの記事をお読みになりたい方の
お気持ちもよくわかりますが(だって
本当に 素晴らしい切り口ですもの。
「ジャムの悲しみ 」は最高です。)

私生活で、この様に
様々な経験を持つkuon様が
この ブログを通して
私達にお話しをして下さっているって思っています。
和歌 の楽しみにも気付きました。
ありがとうございます、
と心よりお礼申し上げます。

いつか、どこかで
お話し出来たら良いなぁと
思いつつ、、、。










2019-03-02-18:48 * アイリス@ [ 返信 * 編集 ]

No title

50年位前、寺山修司の本で「ひとりぼっちのあなたに」「愛さないの愛せないの」「さよならの城」など他にもいろいろ買って何回も読んでいました。イラストは宇野亜喜良でした。とっても好きな本でした。捨てたのかどこかにあるか行方不明です。でも、詩とか短篇の文章は、いくつか頭に残っています。

前のコメントで、S社のYさんとは、新潮社ではないですかと想像で書きましたが、S社とは、「主婦と生活社」「集英社」「小学館」「新書館」かもしれない。それともそれ以外かもしれないですね。知ったかぶりして書いて、すみませんでした。


2019-03-03-00:35 * 茉莉茉莉 [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・アイリス@さん

このようなコメント(お手紙?)もらえる人間が、そんな沢山いるように思えません。自分のこととも思えず、ほうっと胸にぼんぼり灯ったように何度も、読み返しました。嬉しいと思いました。
大切に言っていただいているのは、もったいないようなことと感じますが、内容はきっと、自分も忘れてしまっている「自分」だと思います。T・Lにも・S・Tにも、投稿者として始まって以降、あれこれと書かせてもらっていました。寺山さんは独特にはにかむ人で、あんな才能を持っていながら、傲慢にも見える風でありながら、コンプレックスの塊で息もできないようにも見え、いやいやそんな自分を、クスクス楽しんでいる・・ようでもありました。ジュリーのことは

以前書いてしまったこと、ジュリーさんの先輩と言うか恩人のロッカーに、白昼、直球に口説かれた(というのか)せがまれたというか、その時わたしは全くアホ純情で。ここではジュリーをみるためにいる、と言ったら、その人はドタドタ出て行って、沢田、あのやろー、と。何発か殴られちゃったそうな。いえ、これで、なく。寺山さんも「好きなのは、沢田さん?」と尋ねたことがある。うなずくと、へええん、と。キゲン悪かった。単に私は、高校生の頃からジュリーさんすきだっただけなのですが。憧れのてっぺんが、ジュリーだった。ジュリー、ずいぶん生きづらい中、いてはったんやなあ。

なんぼでも懐旧談は尽きません。アイリス@さん、私、羨ましくてウニャニャニャーとなった・・長谷川きよしさんの、あの指に、触れて?握手してもらったって!。これは、羨ましい。マックス。他の手ではない、あの手ですものな。

で。「ぷかぷか」うたって貰われたのですか? ぎええ。西岡さんも早くに亡くなって。安田南さんも亡くなって。

いろんなことがあった時代、思い出したくない過去も、顔をおおってしまう過去も、よれよれとありました、最近、自制しないで思い出しまくっている、しかししかし。40年も昔の私の文章を、このように思っていて下さる方がいるって。

もう、NOブレーキで行きたくなってしまいました。ブログでは難しそうなことも、やったるわ、って感じ。

本当に、前進する気持ちを下さり、ありがとうございました。


・茉莉茉莉さん

茉莉茉莉さんも寺山修司の詩のことを、以前も書いて下さっていましたね。私のことも。

あの時はまだ、なにゆえか、過去をあまり晒したくない自分でいました。覚えています、宇野亜紀良のイラスト。寺山さんは、若い頃からのご病気で、たとえば女性に対する関心やふれあいの方向が、とても内向きになっておられたのだと思う。初期の頃の短歌のみずみずしさったら無い、と私は思っています。うたを終わるころの、荒涼たる世界も、とても好き。日本の短歌の世界は、寺山修司を、あまりにも軽く扱っていると、今も感じています。人の作品のイメージや言葉自体をかっぱらった作品も、けっこうあります。元の作品より良くなっているものも沢山。

・・S社、って、何社もありますね。挙げられたなか、新書館だけはお世話になっていませんが。あとは、原稿料もらってました。・・・あの時代。その方とは違います、はっきり違う、世代がちがうのでね。インドへ行く人、けっこうおられました。

「君に似るインド洋の夕陽を見に行くと消えし男も歌うまかりき」

こんな一首を詠んだこともありました。遠い日の残照です。
気になさらないで下さいね。



2019-03-04-19:56 * KUON [ 返信 * 編集 ]