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2019-03-01 (Fri) 22:19

どこへ帰る

ニュースで知って、あ、花柳幻舟、そんな人いたな、と、思い出しました。

話題の多い人だった記憶。およそ40年前に、家元制度打倒、として、宗家家元に包丁で斬りつけて、実刑判決を受けて服役したのは、有名な話でした。自分で書いたしドラマにもなったし。華やかな容貌の女性だったと思う、あまり覚えてはいません。

十年後の1990年の、11月12日。天皇即位礼の祝賀パレードが行われた日に(以下、当人のwikiより引用)

厳戒下の東京・港区南青山の青山一丁目交差点付近(赤坂御所前)で、ボディーチェックを通過した幻舟はカツラをつけ、厚化粧で変装し、ウォークマンで音楽を聞くふりをしてパレードの中継ニュースを聴きながら待ちかまえ、今上天皇のオープンカーめがけて点火した爆竹約60本の束を投げつけた。
幻舟はその場で現行犯逮捕された。その際、幻舟を奪い取ろうとして暴れた右翼数名が公務執行妨害と傷害罪で逮捕された。道路交通法違反(路上危険行為)と東京都道路交通規制違反の罪に問われ、東京簡易裁判所で罰金4万円の有罪判決が確定した。


↑ については、今日、思い出しました。そんなことをした人だったんだなあ、と。大ごとだったはずですのに、家元を襲撃したことのようには私の記憶は鮮明でないのでした。

今上ご夫妻って、結婚のパレードの時には少年に石を投げつけられ、即位のパレードでは、60本もの点火された爆竹、投げられたのですね。公人には危険がつきものということか。

花柳幻舟。橋から落下しての死だったようですが、七十七歳。旅役者の子。ネットで調べた中に、住所不詳とあったのが、なんとも。その四文字が、何とも。





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最終更新日 : 2019-03-01

No title * by 茉莉茉莉
花柳幻舟は左翼の歴史学者の羽仁五郎のガールフレンドとして、週刊誌に載った事がありますね。羽仁五郎の息子は映画監督の羽仁進です。

花柳幻舟が宗家家元を包丁で斬りつけた事件後、羽仁五郎はそれまで彼女に対し、デレデレベタベタしていたのに、擁護せず、手のひら返しで冷たく突き放し、知らん顔。両方の知人達から冷たいと批判されていましたね。
それまで左翼のアジテーターとして人民の味方面していたから。

左翼と言っても自由学園の羽仁家の養子になったエリート家族。旅役者なんて、即、冷たく切れますよ。

息子の羽仁進も奥さんの左幸子の妹を、少女の時から目を付けていて、妹が成長して後、不倫した。逆上した左幸子は、羽仁五郎一家に訴えたが、逆にうるさがれ、シャットアウトされ、絶望の末、自殺未遂した。

ブルジョワ階級のエリート家族の人間性の傲慢さと冷たさ。

住所不詳とは、花柳幻舟の最期は哀れですね。


No title * by KUON
・茉莉茉莉さん

羽仁の進歩ぶった爺さんに「幻舟ちゃん」と呼ばれていた頃。
自分はそこらのニンゲンとは違う、ってな匂いプンプンだった五郎氏も、認められてるアタシと思えて嬉しかったであろう「幻舟ちゃん」も。お互い、それなりの蜜月だったのでしょうね。

私は、羽仁家の賢いお子ちゃん、ミオさんに、嫉妬していて。いい気なもんだと横目で見ていて=羨ましかったのだと思う・・。このたび、五郎氏とのことを書こうと思ったけど、止めました。

事故死か何かわかりませんが、住所不明の文字が、あまりに似合いすぎていて。一生つっぱって生きて、寄りどないまま逝ってしまったのかと、できれば、野の小さな花いっぽんでも手向けてさしあげたく、でも、野の花いっぽん見つけに行けなくて、黙りました。

No title * by まめはな
花柳幻舟が今上夫妻(なんだかもう陛下と書きたくない)に爆竹を投げたのは、
夫妻の真実を見抜いていたからではなく、
左翼の影響を受けたためと、権威を憎んだからと思いますが、
平成の終わりに亡くなったということに因縁を感じます。

自分の恵まれない出自の引きずるものに不満がいっぱいあったのではないか。

やったことは世間騒がせで迷惑ですし、
こういう方法では目的を果たせるものではなく、
自らのみが損を被ったという意味では下手なのですが、
この人はこうするしかなかったのではないか。

あきらめるということができなかったのでしょう。 
結果がわかっていても突き進まざるを得なかったのかもしれません。

ひとつ歯車が狂ってしまったせいで、
ドミノ式に一生がこの最期に向かってしまったようなのが哀れです。

No title * by KUON
・まめはな さん

・ひんしゅく買うこと言うてしまいます。

花柳幻舟は、家元制度が不満で不満で(まめはなさん仰る通り、自分の出自からはじまったあれこれの思い?)、そのてっぺんが皇室だぁ、と思い込んでいたということは、あるでしょうね。人の気持ちの「本当」はわかりませんけど。

なんで記事にアップしたかと言いますと。なんだかんだいっぱいネットで書き込んでいても、日本は穏やか。デモ無い、まさこさんに「出て行け」と叫ぶオジサマも、あの方以降は出てこない。私も同じです。

誰か、ぼんくら即位なんたーい、とか。火は投げなくていいから、言う人いないかなあ、とか。非常に不埒な言霊頼り。わたしいけないばあちゃんですかしらん。自分はできない、しない。誰かやってくれ~、と。

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No title

花柳幻舟は左翼の歴史学者の羽仁五郎のガールフレンドとして、週刊誌に載った事がありますね。羽仁五郎の息子は映画監督の羽仁進です。

花柳幻舟が宗家家元を包丁で斬りつけた事件後、羽仁五郎はそれまで彼女に対し、デレデレベタベタしていたのに、擁護せず、手のひら返しで冷たく突き放し、知らん顔。両方の知人達から冷たいと批判されていましたね。
それまで左翼のアジテーターとして人民の味方面していたから。

左翼と言っても自由学園の羽仁家の養子になったエリート家族。旅役者なんて、即、冷たく切れますよ。

息子の羽仁進も奥さんの左幸子の妹を、少女の時から目を付けていて、妹が成長して後、不倫した。逆上した左幸子は、羽仁五郎一家に訴えたが、逆にうるさがれ、シャットアウトされ、絶望の末、自殺未遂した。

ブルジョワ階級のエリート家族の人間性の傲慢さと冷たさ。

住所不詳とは、花柳幻舟の最期は哀れですね。

2019-03-02-02:05 * 茉莉茉莉 [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・茉莉茉莉さん

羽仁の進歩ぶった爺さんに「幻舟ちゃん」と呼ばれていた頃。
自分はそこらのニンゲンとは違う、ってな匂いプンプンだった五郎氏も、認められてるアタシと思えて嬉しかったであろう「幻舟ちゃん」も。お互い、それなりの蜜月だったのでしょうね。

私は、羽仁家の賢いお子ちゃん、ミオさんに、嫉妬していて。いい気なもんだと横目で見ていて=羨ましかったのだと思う・・。このたび、五郎氏とのことを書こうと思ったけど、止めました。

事故死か何かわかりませんが、住所不明の文字が、あまりに似合いすぎていて。一生つっぱって生きて、寄りどないまま逝ってしまったのかと、できれば、野の小さな花いっぽんでも手向けてさしあげたく、でも、野の花いっぽん見つけに行けなくて、黙りました。
2019-03-02-13:19 * KUON [ 返信 * 編集 ]

No title

花柳幻舟が今上夫妻(なんだかもう陛下と書きたくない)に爆竹を投げたのは、
夫妻の真実を見抜いていたからではなく、
左翼の影響を受けたためと、権威を憎んだからと思いますが、
平成の終わりに亡くなったということに因縁を感じます。

自分の恵まれない出自の引きずるものに不満がいっぱいあったのではないか。

やったことは世間騒がせで迷惑ですし、
こういう方法では目的を果たせるものではなく、
自らのみが損を被ったという意味では下手なのですが、
この人はこうするしかなかったのではないか。

あきらめるということができなかったのでしょう。 
結果がわかっていても突き進まざるを得なかったのかもしれません。

ひとつ歯車が狂ってしまったせいで、
ドミノ式に一生がこの最期に向かってしまったようなのが哀れです。
2019-03-03-13:11 * まめはな [ 返信 * 編集 ]

No title

・まめはな さん

・ひんしゅく買うこと言うてしまいます。

花柳幻舟は、家元制度が不満で不満で(まめはなさん仰る通り、自分の出自からはじまったあれこれの思い?)、そのてっぺんが皇室だぁ、と思い込んでいたということは、あるでしょうね。人の気持ちの「本当」はわかりませんけど。

なんで記事にアップしたかと言いますと。なんだかんだいっぱいネットで書き込んでいても、日本は穏やか。デモ無い、まさこさんに「出て行け」と叫ぶオジサマも、あの方以降は出てこない。私も同じです。

誰か、ぼんくら即位なんたーい、とか。火は投げなくていいから、言う人いないかなあ、とか。非常に不埒な言霊頼り。わたしいけないばあちゃんですかしらん。自分はできない、しない。誰かやってくれ~、と。
2019-03-04-20:07 * KUON [ 返信 * 編集 ]