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2019-03-05 (Tue) 20:44

きちんとしていたAさん

ガラスの店を営んでいた時の話。

常設になる前も、スペースが使わせてもらえる限り、商品を並べて「いらっしゃいませ~」をやっていた。

震災前のわが店は、開けていればお客さんがたくさん入って来て下さった。私は仕入れもするし、とても一人では回せないので、パートさんを頼んだ。子どものPTAで知り合ったお母さんの内、長くお願いしたのはAさん一人だけ。猫を、溺愛していたのに、ある日、フラッと家を出てしまって、その猫ははねられて。

「しろたんが死んだ、明日お店行って仕事できへん」

泣きながら電話をかけて来て、まともに息もできない様子。翌日は休んでもらうことにして、帰宅後、小さな花束を携えてAさんを訪ねた。夫君はまだ帰宅前、上の娘と幼稚園の頃から同じの息子クンが出て来て、「ウチのお母さん、再起不能ですわ」と言った。その再起不能、という硬い言葉が胸に残った。線香の強い匂いがした。

パンパンに顔の腫れあがった顔のAさんが出て来て、会ってやってくれと言う。段ボールの箱の中に、ふかふかのピンクの真新しいバスタオルを敷いてもらい、横向きに、猫のしろたんは、いた。何度も抱っこさせてもらっていた猫だ。思わず手を触れてしまったら、ペルシャの血の入っているらしいフワフワの毛の底は固く、ものすごく冷たかった。私も猫を飼っている時期だった。畳に手をついて泣いてしまった。しろたんは、半間の床の間の、模造刀の飾られた前方に、安置されていたのだった。食べ物やおもちゃが沢山、周囲に置かれていた。

一週間休んだAさんは(週に二回のパートだったが)、復活すると、何もなかったように仕事に励んでくれた。私より少し年下。高校を卒業して銀行につとめて、初めての見合いで結婚。夫君は転勤族だったし、専業主婦だったAさん、その月の「お給料日」に、こんなことを明かしてくれた。

「主人はケチではないねんけど、ここでパートさせてもらうようになって、自分のお金ができて、しろたんにも時々、気にせんといちばん好きな缶詰買ってあげられるようになってん。しろたん、喜んでたと思います」

そしてまた、少し涙を見せた。Aさんも、最後までいて下さった人。突然閉店することになった時、店ででなく、家まで来て、長い間ありがとう、と、きれいなケーキをくれた。私の姑の書道教室にも通って、こつこつと手をあげておられるようだったAさん。三年ほどで書は止めてしまわれた。年賀状をきちんと書けるようになったし、もういいねん、とのことだった。

一緒に銀行に行って、驚いたことがある。千円札が数枚と、小銭があるとすると。それを預金するとすると。彼女は、手持ちの小銭を足して、もう一枚分の千円に増やして、それから預金するのだ。びっくりした。

私は、千円札と小銭があって、預金するとすると、札だけをしていた。小銭はバラバラっと使ってしまう。はじめ同じ金額を持っていても、そこで、預金額は千円、違ってくるのだ。驚いた。

いい勉強になったと言ったら、面白そうに笑って、(くおん)さんはそれでいいのよ~、と。仕事しやすいもん、と言った。

そうか、それならいいいなとその時は納得したのだった。が。無茶をしてすべてを失くしちまった身内ばかりではない、私自身が、当たり前に長い間、丼勘定で過ごして来たのだ。そうだったのだ。と、気づいた、と言うと嘘になる。わかっていた気はする、目の前で実際に、きちんとした人のやり方を見て、ただ、感嘆したのだった。

でも、自分にとっても甘いわたし。以下のようにも考えた。きちんと、細かくしないと気の済まない自分だったら、あの十数年、正気でいるのはしんどかったかも知れない。失うことが怖かったなら、やってらんなかった、かも。とか。自己弁護。擁護。

円形の脱毛は、何度も出現した。吹く風についおびえるほどデカイおハゲが、何度も幾度もできてしまったりした。
今は直っているから。今ははげていないから、いい。

Aさんは、家が離れてなかなか会えない人だったが、こちらへ来る前にも会った。また会いましょうと言い合った。笑顔の柔らかい綺麗な人で・・太ったなと思うとすぐに「基本のスカート」をはいて節制して、スカートが「おーけー」を出すまで、食を控える大した人である。今日はAさんのことばかりになったけど、パートさんにも恵まれたなあと思う。

えええ、それはないでしょ、なこと、はああ、な人のことも、また、書きたい。


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最終更新日 : 2019-03-05

No title * by まりん
素敵な方ですね・・Aさん。「基本のスカート」私も見つけなければ!基本のスカートは、いつの間にかウエストがゴム仕様になってしまって、そのうちすとんとしたシルエットのワンピースが定番になりました。だめだめ子。

* by たまき
ドラマにしたらお姑さん役は、奈良岡朋子さんかな?いやいや、山岡久乃さんかな?と楽しんでおります。
山岡久乃さんも亡くなりましたけどね。

No title * by KUON
・まりん さん

私とは全く違うタイプの方で、助けてもらいました。私の抜けてるとこを、補助してくれる。もう一人、ミステリアスな元・CAの方も頑張ってくれはった。一人、女子大生のひろこちゃんが、ぴか一でした。すごく大変な荷物の出し入れ、してくれたのは彼女だけ。土日祝日もバイトしてくれた.アタマのいいとってもいい子でした。一番最後に皆で食事をして(私は招かれたの・・)カラオケ行って、最後に近鉄奈良駅の前でサヨナラ、となった時。彼女「〇〇さん!」と。絶句して・・バイバイと手を振ってものも言わず(言えず)そのままになった・・・きっと何かで頑張っていると思います。本当にいい子でした。

Aさんは、こてがわゆうこ、さんに似てました。自分を平凡、と言うてはりましたが、そんなことない。平凡に見える女性の底力を、感じていました。

最後に、

私には、基本のスカートなんちゅうもんは、ないもね。そったらもん、あったためしがないんだもね。北大路公子の本、好き・・・。

・たまき さん

おお。ドラマね・・。奈良岡さんだったら、母上、めっちゃお喜びと思われます。しかし奈良岡さん、プラスチックのペラペラの櫛を「べっこうやん」とか言われないと思うし。土産物屋で買って来た赤い指輪を下さって「これから、あんたに、宝石をひとつずつ、買うたげよう思うねん」とも仰らなさそうで。
ワルクチかなあ。ほんまのこと。私は人間がでけていないので、そういうことが、たまらなくイヤでした。下さるだけありがたいと思え、とか。気持ちを喜べ、とか説かれても、ダメでした。何も欲しくないと言うと、かわいげないということになり。自虐癖が強固になったのだ。人のせい。ふふ。

山岡久乃さん・・役柄より実際は品のある方だった?。ちょっと違う。わが母上は、実際、華やかな雰囲気の方でもありました。うん、どなたが・・あ、ミテコさまに酷似したところが。

褒められるためなら、這ってでもいい人になっちゃう。単に私が,お母さまに合わない不良の嫁さんだっただけな気もする。短歌に出会えたのは、母上のおかげで感謝しております。ここにもいろんなむにゃむにゃが。私ホンマに性格悪いと、しみじみするこの頃。

奈良岡朋子さんは、好きだった女優さんなので、別の方に母さまの役を・・ほら性格悪いくおんちゃん。爆。

* by ひらりんこ
KUONさんの人生の物語を読んでいると引き込まれて、なぜか自分の辛いことや嫌な思い出を忘れていられます。
このお話のAさんもKUONさんも優しさに溢れていて、おふたりのすてきな間柄がうらやましくなりました。自分もKUONさんのお友達になりたいなあ、いやいやKUONさんには自分の醜い心が全部見抜かれてしまいそう、なんて思ったりして。

次も楽しみにしています!

No title * by KUON
・ひらりんこ さん

うふふ。自分で自分の過去を書いているので、もちろん美化あり、きちゃないとこ都合の悪いとこはパッパと隠しあり、になっていると思います。とはいえ、Aさんは、感じてもらったままの人だったと思います。明るくてきちんとしていて、可愛いところも沢山お持ちでした。店を閉じていくらか経って、近所だった家をわが家は出ることになって。噂になってたと思いますね。

十数年たった頃(数年前です)デパートの地下で、偶然、お会いして。
当時はあれこれ滅茶苦茶で、連絡もしてなくてごめんなさいね、と、謝りました。心痛をおかけしたと思っていたし。そしたら彼女、ううん、と首を振って、自分の自慢のようになりますが、書かせて下さいね。自慢と思う(笑)。

ううん。私楽しかった。結婚して転勤ばかりで、男の子二人育てていて・・お店で働くの不安だったけど、平日だけのパートで続けられたし何より、夏と冬に焼肉会、三田へ皆で連れて行ってもらったし、行ったこと無かったカラオケも一緒に行けたし、ホントに楽しかったの。貯金も少しできたし、あの頃は楽しかったわ。

変わらないキラキラの目で、そう、言って下さった。私は本当に、救われた気がして、Aさんに感謝したのです。まったく性格生き方の違う人だったので、再び連絡先を交換しても、会ってどうこう、ということは、ほとんど無かったのでした。個人的には「ともだち」の感じでなかった、と言って、解っていただけますか?(笑)。最高と言える、店でのパート(ナー)だった、という感じ。忘れられない人の一人なんです。

>自分の醜い心が全部見抜かれてしまいそう、なんて思ったりして。

いやいや。私の心(の、多分一部。(笑))は、マックス醜いし、自分を「醜い」と思われる方って、ご自分を「優しい、立派、慈愛に満ちてる」なんて思ってる人より、すっごく好きですよ。だから大丈夫、って何が(笑)。

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No title

素敵な方ですね・・Aさん。「基本のスカート」私も見つけなければ!基本のスカートは、いつの間にかウエストがゴム仕様になってしまって、そのうちすとんとしたシルエットのワンピースが定番になりました。だめだめ子。
2019-03-05-21:19 * まりん [ 返信 * 編集 ]

ドラマにしたらお姑さん役は、奈良岡朋子さんかな?いやいや、山岡久乃さんかな?と楽しんでおります。
山岡久乃さんも亡くなりましたけどね。
2019-03-05-21:44 * たまき [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・まりん さん

私とは全く違うタイプの方で、助けてもらいました。私の抜けてるとこを、補助してくれる。もう一人、ミステリアスな元・CAの方も頑張ってくれはった。一人、女子大生のひろこちゃんが、ぴか一でした。すごく大変な荷物の出し入れ、してくれたのは彼女だけ。土日祝日もバイトしてくれた.アタマのいいとってもいい子でした。一番最後に皆で食事をして(私は招かれたの・・)カラオケ行って、最後に近鉄奈良駅の前でサヨナラ、となった時。彼女「〇〇さん!」と。絶句して・・バイバイと手を振ってものも言わず(言えず)そのままになった・・・きっと何かで頑張っていると思います。本当にいい子でした。

Aさんは、こてがわゆうこ、さんに似てました。自分を平凡、と言うてはりましたが、そんなことない。平凡に見える女性の底力を、感じていました。

最後に、

私には、基本のスカートなんちゅうもんは、ないもね。そったらもん、あったためしがないんだもね。北大路公子の本、好き・・・。

・たまき さん

おお。ドラマね・・。奈良岡さんだったら、母上、めっちゃお喜びと思われます。しかし奈良岡さん、プラスチックのペラペラの櫛を「べっこうやん」とか言われないと思うし。土産物屋で買って来た赤い指輪を下さって「これから、あんたに、宝石をひとつずつ、買うたげよう思うねん」とも仰らなさそうで。
ワルクチかなあ。ほんまのこと。私は人間がでけていないので、そういうことが、たまらなくイヤでした。下さるだけありがたいと思え、とか。気持ちを喜べ、とか説かれても、ダメでした。何も欲しくないと言うと、かわいげないということになり。自虐癖が強固になったのだ。人のせい。ふふ。

山岡久乃さん・・役柄より実際は品のある方だった?。ちょっと違う。わが母上は、実際、華やかな雰囲気の方でもありました。うん、どなたが・・あ、ミテコさまに酷似したところが。

褒められるためなら、這ってでもいい人になっちゃう。単に私が,お母さまに合わない不良の嫁さんだっただけな気もする。短歌に出会えたのは、母上のおかげで感謝しております。ここにもいろんなむにゃむにゃが。私ホンマに性格悪いと、しみじみするこの頃。

奈良岡朋子さんは、好きだった女優さんなので、別の方に母さまの役を・・ほら性格悪いくおんちゃん。爆。
2019-03-06-19:08 * KUON [ 返信 * 編集 ]

KUONさんの人生の物語を読んでいると引き込まれて、なぜか自分の辛いことや嫌な思い出を忘れていられます。
このお話のAさんもKUONさんも優しさに溢れていて、おふたりのすてきな間柄がうらやましくなりました。自分もKUONさんのお友達になりたいなあ、いやいやKUONさんには自分の醜い心が全部見抜かれてしまいそう、なんて思ったりして。

次も楽しみにしています!
2019-03-06-21:42 * ひらりんこ [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・ひらりんこ さん

うふふ。自分で自分の過去を書いているので、もちろん美化あり、きちゃないとこ都合の悪いとこはパッパと隠しあり、になっていると思います。とはいえ、Aさんは、感じてもらったままの人だったと思います。明るくてきちんとしていて、可愛いところも沢山お持ちでした。店を閉じていくらか経って、近所だった家をわが家は出ることになって。噂になってたと思いますね。

十数年たった頃(数年前です)デパートの地下で、偶然、お会いして。
当時はあれこれ滅茶苦茶で、連絡もしてなくてごめんなさいね、と、謝りました。心痛をおかけしたと思っていたし。そしたら彼女、ううん、と首を振って、自分の自慢のようになりますが、書かせて下さいね。自慢と思う(笑)。

ううん。私楽しかった。結婚して転勤ばかりで、男の子二人育てていて・・お店で働くの不安だったけど、平日だけのパートで続けられたし何より、夏と冬に焼肉会、三田へ皆で連れて行ってもらったし、行ったこと無かったカラオケも一緒に行けたし、ホントに楽しかったの。貯金も少しできたし、あの頃は楽しかったわ。

変わらないキラキラの目で、そう、言って下さった。私は本当に、救われた気がして、Aさんに感謝したのです。まったく性格生き方の違う人だったので、再び連絡先を交換しても、会ってどうこう、ということは、ほとんど無かったのでした。個人的には「ともだち」の感じでなかった、と言って、解っていただけますか?(笑)。最高と言える、店でのパート(ナー)だった、という感じ。忘れられない人の一人なんです。

>自分の醜い心が全部見抜かれてしまいそう、なんて思ったりして。

いやいや。私の心(の、多分一部。(笑))は、マックス醜いし、自分を「醜い」と思われる方って、ご自分を「優しい、立派、慈愛に満ちてる」なんて思ってる人より、すっごく好きですよ。だから大丈夫、って何が(笑)。
2019-03-08-09:37 * KUON [ 返信 * 編集 ]