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2019-03-13 (Wed) 22:17

お坊さんと蜻蛉玉

昨夜、十二日、東大寺・二月堂では籠松明(かごたいまつ)の炎が、夜を焦がしただろう。

常は七メートル。この夜は長さ八メートル、70キロもの籠松明を、童子はかついで僧侶を先導、激しく火の粉を降らせながらも回廊を駆け巡っただろう。奈良のお水取りの佳境の行事。本来の「お水取り」は、今朝十三日の明けの頃から始まっただろう、大仏開眼以来、途切れず続いて、1276回目。だという。

ある年の、三月半ば。黒衣の僧が、わが店を訪れた。顔は黒光りしていた。おつむの髪は伸びかかっていた。故郷を出る時にはぴっかりと剃髪されていたと思われる頭部に、髪はひと月分、伸びていたか。

ここに蜻蛉玉はあるかと問う。ありますと答えて、ここに、と、示した。蜻蛉玉の作者が展示用の台までこしらえて来ていて、斜めに、ひとつずつ、玉が見えるように工夫された台。そこを、小柄、痩身の僧は、じっと眺めた。触れないように前のめりに、真剣に凝視されていた。

はあ、と息をついた。んん、と小さく声を漏らした。。思いつめたようにやがて、これを、と。三つの蜻蛉玉を指でさした。

町工場に勤めながら、小学校の給食を作っている妻と二人、子を育てながら、いっしんに蜻蛉玉を作っているNさんの、巻いた玉である。月に二回ほど、はにかみながら現れて新作を見せてくれるNさんの、訪れが、待ち遠しかった。それらを、委託という形で預かって、買ってもらっていた。持ってきた時は「いい」と思っていても、次に店に来て見た時に「これは出せない」と思うことがある、そんな時に引き上げやすいように、委託・・売れただけお金をもらえるようにしたい、というのが、Nさんの望みだった。私はそれでかまわなかった。そのやり方だと、売れ残りの品が出ないわけで、私は助かる。Nさんも、心おきなく冒険作も持ち込める、ということで。

蜻蛉玉について詳しく説明すると、とても長くなるから、ここではさせてもらいません。

炎の上で、棒に、さまざまな色のガラスを溶かしながら巻き付けてゆく、その途中で色を入れたり模様を入れ込んだり、全く同じものはできない。そういう、ガラスの玉のこと。とんぼだま。信じがたいほど細かい、玉の表面に描かれた絵画とも見える細工がなされたり、金箔銀箔、妖しゅうに閉じ込められたり。

蜻蛉玉は、ぜひ扱いたかったガラス細工で、何人かの作り手に会ったり気まずく物別れになったりの末、私の好きな球を巻かれるNさんの品を、扱うようになっていたのだった。値段の話をすれば、チマタで取りざたされるものとは違う、とても買いやすい値段だったと思う。高価でなければ値打ちが無い、と思うタイプのお方に、鼻で笑われたりもしたが、こちらも内心の鼻で笑っていたから、かまわないのである。

Nさんは、売る側から見たら、こりゃ同じ値段ではあり得ないわ、のどの玉も、同じ値段でいいと言う。それでは逆の意味で不公平、と言っても聞かない。自分は、作るのが楽しい、嬉しい。そういう段階(でも七年、励んでいる人だった)。たくさん作りたい、欲しい方には沢山買ってもらいたい。と言い張って聞かない。なので、店側のやり方として、と無言の了解を得た(つもりで)、玉によってはプラスアルファの値打ちを乗せた値段設定にしたものもあった。好みとはいえ、単色に筋をひとすじ、の玉と、途中で入れ込む小さな花から細かく作って、と手間暇かけた品とは、同じではないですよ~、と、強引に押したりして。Nさんは、これでいい、と言っている以上の値段で売れた品を、嬉しくも恥ずかしくも感じているようだった。支払いは売値に合わせてきちんとして、それは、受け取ってもらっていた。私も店のスタッフも、ナイショで、ひとつずつプレゼントしてもらった・・そういうことは、あった。

僧が選んだ玉は・・これも言葉では説明しがたいのだが・・Nさんが、くううっと入れ込んで巻いたであろう、の品ばかりだった。入ったばかりの品でもあった。

よく見れば、黒衣の僧の黒衣には、つまり焼け焦げたお松明の火花の名残が、全身にまつわりついているのだった。

お水取りの練行衆は、十一名。その練行衆の、世話係をつとめるのが「童子」と呼ばれる僧。その周りにも、さまざまな黒子を必要とするあれこれがあるのだろう。そんな程度の知識しか無かったのだが、目の前のお坊さんが、どこか地方から東大寺の修二会のために来寧している方で、すべてが終わって帰る方で、とは想像できた。

そのススを、待っている方々があるのかも知れない。

「坊主がこのようなものを」

と言いかけて僧は、下を向いた。ボンさんカンザシ買うを見た、という歌もあるし。そういうのでもないのでは、という気がした。どういうものでも、私が詮索することでないのだ。北の方の方であろう。一途に、東大寺での行事を、つとめて来られたのであろう。店に入って来た様子では、わが店をご存知の様子だった。当時は、旅行雑誌や女性誌のあれこれに、紹介される店になっていた。

蜻蛉玉を買われるのは、圧倒的に男性が多い、と実感していた頃でもあった。女性客の多い店。その私の店で、男性方は、多く蜻蛉玉を求めて行かれた・・・。

ひとつずつ、透明な袋に入れ、アルバイトの大学生が嬉しそうに張って作ってくれる和紙の袋に収め、それらの玉には私のつけた値段がついていたのだが、作者の意図は、と説明して、Nさんの希望の値段をいただこうとした。・・・ら、お坊さんは、ついている通りのお金を支払いたい、と言われるのだった。やっぱりね、と思った。そう、仰る気はしていた。それなら、つけてある通りの値段を頂こうと思った。黒衣の僧は、斜め掛けの頭陀袋から大きな布の財布を取り出し、大切そうに札を取り出して、お金を下さった。ありがたくいただいて、おまけです。言って私は、星の形の、てのひらに入るくらいの、黄色いガラスのかたまりを一つ、差し上げた。ひとつ百五十円で、籠に盛り上げて売っている品。僧は驚いて、これは、と手に取って、ありがとうぞんじます、と。二月堂のススがついて洗われていないままの顔で、笑われた。

お水取りの時期になると思い出すことの一つである。




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最終更新日 : 2019-03-14

No title * by まめはな
このお話、そのままで短編小説ですよね。
なんだか、しみじみした深い感じがします。
余韻があるというか…。

No title * by KUON
・まめはな さん

このお坊さんとは一度限りのご縁でしたが、大小の火の粉の名残を、コートか何かにくるみこんで故郷へ帰られたのかと。二月堂に参ずる方々は、こぞってその火の粉を、浴びたいと、ひしめき合われるのです。息災を祈って。

私も何度もその場におりました。松明の色、火の匂い。忘れがたい古都の夜の記憶です。

好きです * by ゴネコ
このお話がとても好きです。
電車の中で、何度も何度も読んています。
修二会のお勤めを果たした僧侶の生活を、あれこれ思ってはホウとため息をつき、小学校の給食を作っている奥様と暮らしている蜻蛉玉作家の幸せを思っては少し切なくなっています。

風景と、そこにいる人間と、いろんなものを閉じ込めて巻き込んで静かに碧く光る蜻蛉玉とが、読むたびに胸に去来します。

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No title

このお話、そのままで短編小説ですよね。
なんだか、しみじみした深い感じがします。
余韻があるというか…。
2019-03-14-09:18 * まめはな [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・まめはな さん

このお坊さんとは一度限りのご縁でしたが、大小の火の粉の名残を、コートか何かにくるみこんで故郷へ帰られたのかと。二月堂に参ずる方々は、こぞってその火の粉を、浴びたいと、ひしめき合われるのです。息災を祈って。

私も何度もその場におりました。松明の色、火の匂い。忘れがたい古都の夜の記憶です。
2019-03-18-18:44 * KUON [ 返信 * 編集 ]

好きです

このお話がとても好きです。
電車の中で、何度も何度も読んています。
修二会のお勤めを果たした僧侶の生活を、あれこれ思ってはホウとため息をつき、小学校の給食を作っている奥様と暮らしている蜻蛉玉作家の幸せを思っては少し切なくなっています。

風景と、そこにいる人間と、いろんなものを閉じ込めて巻き込んで静かに碧く光る蜻蛉玉とが、読むたびに胸に去来します。
2019-03-19-05:24 * ゴネコ [ 返信 * 編集 ]