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2019-03-15 (Fri) 10:06

黯(くろ)いこころの話:追記あります。

こしょこしょっと身辺雑記を。

もしかして黯いココロの汚れの移るかもしれない話ですので、そーゆーのを避けたいお方は、読まれない方がいいかも・・・と、書かせておいていただきます。。

昨日は早く出た。奈良の学園前という駅で次女と待ち合わせ。姑の、検査を含む通院日で、この日は娘の車を頼る。迎えに行くと、植木屋が来ていた。ばあちゃんの大事な植木屋さんや。娘が笑った。ピンポン押して玄関に進むと、義弟の妻が出て来た。??な顔で「なんですか?」と言う。「お母さんの病院です」あ、と義弟の妻。なんで義妹と書かないかというと、理由があるのです。ハワイでの結婚式には参列したが、挨拶を受けていない。だから「義弟の妻」。自分のせいで幼い子を連れて実家へ戻ったひとに「子どもには子どもの人生があるわね」と言い放って、約束した養育費、一回も払わせなかった女だ。都合のいい時には愛想がいい。そうでない時は・・まあ、いいか。

「今日、病院でした?   おかあさんディサービスに行っちゃったわ」わたし無言。初めてではない。何度もこういうことはあった。予約表は渡してある。先日、墓参りの時に寄って、イチゴのパックの箱に、今度は3月14日で~す。と大書したA4紙をを貼り付けて渡してある。彼女も、今は半身不随になってしまっている夫と、92歳、しっかりしていた人だったが今は年相応になっている姑と、二人抱えて大変なのはわかるが、私に、いっさい手を出すなと言い放ったあの言葉は、そのままに生きている。

駅近くの先の家から、やっぱり部屋が六つある今の借家へ移った時、姑に乞われて手伝った。食器だけでも膨大な量の家、どうするんだと思いながら出来ることをしていた。例のドーナッツ屋が、何やら貯めたらくれていた皿やマグも何個かあった、こういうものは、こういう際に処分したらいいよね~、と。ふと考えて(マグだって他にどっさりあるんだから)、インスタント・コーヒー贈答用の箱が空いていたから、ハダカで詰めた。捨てるべし、の思いで。そして叱られた。ぜんぶ持って行くのですから、包んで下さいね、おねえさん。私は「おねえさん」と呼ばれているの、途中から。義弟が呼ぶように〇ちゃん、と私を呼んでいるのを、どなたかに咎められたということで。わたしは別に〇ちゃん、でよかったのだが。この女のところへ義弟が転がり込んで、妻と娘を放置した半年間。強引に義弟は離婚を成立させて、妻は娘を引き取って、マンションを出て行った。そのマンションの後片付けをしたのは、姑と、夫と(長男だから)私だった。私は長男のツマだから。

そのマンションを、院を出て無職で、社会勉強と姑は言っていたが、たくさん出来かけていた消費者ローンの会社へ通い始めていた義弟は、欲しくて。そこで知り合った出資者の娘さんとやらと付き合い始めて、結婚したくなって。

お兄ちゃんがまだ家を持っていないのにダメと制されて、兄貴に先に家を持たせたらええのやろ。そうでないと俺、T子に約束したマンション買われへん。次男に甘い父親に談判した。

ちょうど、古くからの舅の工場が市の立ち退きの対象になっていた頃で、義弟はそれを承知済み。姑ももちろん承知していた。そこで母子はタッグを組んだというわけ。婚家へ来てびっくりしたことは山盛りあった、その中で三大ビックリの一つが

「お父ちゃんからは、お金を取ったらなあかん、そうでないと全部○○ちゃんにやられてしまう」

○○ちゃんとは、舅の会社の経理であり、全くヒミツでなかったがヒミツの仲の女性だった。家を出た舅は一緒に暮らし始めていた。

工場を移動させる、大きなお金が動く、その際に、息子の家を。そういうリクツ。義弟は欲しいマンションを探し、兄ちゃんたち(私たち)の住まいを物色したのだそうだ。母子で、建っているさ中の家を見に行き、これがええのとちがうか、と決め、その後、私の夫に、あそこのあの家、買いや。と、言いに来た。こちらびっくり。そんな考えを持っていなかった、二人目の子どもが生まれてほどない時期で。

けれど決まったのだった。私は、全く知らないあたりにもうすぐ建ちあがる建売住宅を買うと告げられた。
当時はアタマ金を作って家は買うものだった。少なくとも、そこに住む人間が、それなりの夢やヨロコビを感じながら決めるのが住処というものだったろう。しかも、それまでは私たちは、長男だからいずれ、ここで、と、舅が出て行ってしまって母屋は姑だけが住んでいた家に、来るべしと。言い渡されていたのだし。ほとんどその家で、過ごしていたのだし。

でも家は買った。バス停には近かった。私たちの事情はまあ、別。ローンが済んだ頃、競売物件となったのが、そこだった。

姑は当時、兄には家あてごうて。弟の方はマンションにしましてん。得意顔で言い散らしていた。義弟は知らぬが、うちはローン、自分たちで返していた。

住まいを手に入れ、お雛様顔の女性と、義弟は、奈良ホテルで挙式した。ほどなく女の子が生まれ、赤ん坊を連れて姑も一緒に、主に国内を旅行していたが、T子ちゃんと呼んでいた義弟の初めの妻は、経済的な不安を、口にし始めたとのことで。子どももいるし、もう少し堅実な生活設計を・・しごくまっとうな話と思う、思うが、義弟はそういう話が聞きたくない、で、まだ歩き始めてもいない娘と、面白くない話ばかりする妻とを放置して、経済力のある音楽家の幼なじみのところへ、転がり込んで。結果、離婚となった。

私の長姉は離婚している。子ども四人連れて離婚した。その話をした時、姑に「リコンなんか人間のすること違う」と言い放たれた。なるほど、と私は黙った、姑は、何度別れたいと訴えても、実家の父親に諭されて「「子どものために」頑張りぬいた、のが一つ話の人なので、それはそうかもね、と黙っていたけど、義弟の離婚を姑はどう感じて、と。意地悪く気になった。

その話の、起点になったのが、現在の義弟の妻、だったのだ。初めの奥さんが、ココロを決めて出て行ったマンションの、後片付けに行って。もくもくと作業するつもりで行って、そうは行かなかった。詳しくは省く、三DKのマンションの、あらゆる部屋に、破り千切られた膨大な量の写真が、撒き散らされていたのだった。ものすごい量だった。婚約時期からあちこちへ出かけていた、結婚後も旅行にはしょっちゅう出かけていた。夫がある時、黙っていられなくなって姑に尋ねた、「なんでそんな旅行できる金があるの。金はともかく、どうしてそんなに旅行するの」と。姑は「魂を高めるためや」と答えた、呆れてモノが言えなかった、だから何も言わなかった。

旅行の、楽しい思いでのあかしともなっていたであろう写真を、手当たり次第に破り捨てて去って行った女性の気持ちに、私は戦慄したのだ。こんなことさせて。ロクなことないわ、義弟。フツフツ滾る思いを、なだめながら、片づけはしたのだった。

マンションは売ることにして、頭金の少しも戻るなら、実家へ帰ったひとにさしあげようと夫は提案したのだったが、そんな金は無い、義弟は、何百万円もの借金を、すでに、作っていたようで。それを消すために、お金は使われたようだ。私には黙っているが、それで補填が出来たのかどうか。私は聞かなかった。

協議離婚で定めた養育費を、義弟は支払わない。姑が何度か振り込んだようだ。で、うちの夫に振って来た。

「あんた、あの子の養育費、払ってやってくれへんか」

絶句するウチのオット。「かわいそやろ、あんたとこの子ぉはぬくぬく育って」

そういう表現をするヒトなのだ、姑は。歌人であったが。息子の妻が実家へ連れて帰った孫を詠んで。以下。

<着飾りて父母に甘ゆる孫ら見て>

遠く去った不幸な孫が偲ばれてならぬ、と、詠むお方。解らなくはないが、どうなんやろ、それ。

・・・恒例の大脱線となっていますね。姑を迎えに行った玄関先から話は進んでおりません。

とにかく。迎えに行くと予告していたはずなのに、姑は、ディサービスに行ってしまっていた、と。そうであれば

・ワタシはそこから帰る、娘と、何年ぶりのカラオケ行くとか。娘は有給とってるし。わあい、カラオケ。

・カラオケは喜ばしいが、また出てくるのもナンだし、

で、義弟の妻が言うように「大急ぎで行って連れて行くから」

先に行って、書類上の受付を済ませておく、という、大団円の結果となりました。このヒト、すみませんと初めて仰いました。びっくりした。

違うこと書くつもりでしたが、今日はこうなりました。

追記。いつの頃からか私の座右の銘は、レット・イ・・いやいや違う、ぜんぜん違う。「肉を斬らせて骨を断つ」これです。おしょろしい雰囲気のコトバですが、実にそうなのです。なめたらいかんぜよ、の気持ちは、お腹の底にずうっとありますわ。先祖は武士です。それ、気に入っています。

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最終更新日 : 2019-03-15

姑さん… * by まーきち
自由過ぎる言動の数々が、まるで我が毒親(母)のようで。

確かに羽振りの良い頃はそれなりに贅沢もさせてもらいましたが、そね倍ではきかない程、今の今までどれだけ振り回され傷つけられてきたことか。

あの人(とあえて呼びます)には、近い将来、この小さな家を売却したお金を全額持たせ、あの人が愛する故郷の軽費老人ホーム(最近ではケアハウスか)にでも元気なうちに入って頂きましょう。

私から離れてくれるのなら私は何もいらない。それ以前に「ここは私の家だから!」と、たった一人手元に残った娘に小銭一枚遺してやる気など毛頭ないことぐらいわかっていることだし。

すみません、あからさまなマックロクロスケぶりで(苦笑)。




No title * by まめはな
周りに迷惑を撒き散らす人、いますよね。
なのに本人は何も困ったことにならない…。
すごく不思議なんです、なんでなのか…。

管理人のみ閲覧できます * by -

No title * by KUON
・まーきち さん

ホームとかハウスとか、私は、とてもいいことと思うのです。自分も、最後はそういう風がいいなあと思っています。身近な関係ほど、距離を作れるのはいいことと思う。

家を出なければならなくなった頃は、どこかへ入れてくれ~と、三日にあげず言うてはった。舅の年金が自分に入ることになって、黙った。私がいなかったら○○たちが暮らして行けないと。でも私には、面倒みてくれているオヨメサンの悪口ざんまい。銀行のカード全部、取り上げられてる、と。顔見たらお金が無いとおっしゃる、どれだけ上げてもキリが無いので、月額を決めました。

ああああ、いかん。こんな話には終わりが無い。人さまが何と仰ろうと、まーきちさんが決められればいいと思います。故郷と実家と子ども時代が最高、な人とは、タタカイようが無いです。

マックロクロスケ具合は、かなり強烈でも大丈夫です。自分もマックロや。ご自分を、いたわってあげて下さい。自分にわからない傷が、けっこう、できていると思う。

・まめはな さん

いるんです、そういう人。自分は苦労してあげて我慢し、正しいと思っているのが、そういうタイプのスタンダードみたいですね。

宗教がらみでしんどい思いをした子ども世代の方、けっこうおられますよ。私のブログの読者さんにもけっこう、おいで。そうなんです。



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姑さん…

自由過ぎる言動の数々が、まるで我が毒親(母)のようで。

確かに羽振りの良い頃はそれなりに贅沢もさせてもらいましたが、そね倍ではきかない程、今の今までどれだけ振り回され傷つけられてきたことか。

あの人(とあえて呼びます)には、近い将来、この小さな家を売却したお金を全額持たせ、あの人が愛する故郷の軽費老人ホーム(最近ではケアハウスか)にでも元気なうちに入って頂きましょう。

私から離れてくれるのなら私は何もいらない。それ以前に「ここは私の家だから!」と、たった一人手元に残った娘に小銭一枚遺してやる気など毛頭ないことぐらいわかっていることだし。

すみません、あからさまなマックロクロスケぶりで(苦笑)。



2019-03-15-11:27 * まーきち [ 返信 * 編集 ]

No title

周りに迷惑を撒き散らす人、いますよね。
なのに本人は何も困ったことにならない…。
すごく不思議なんです、なんでなのか…。
2019-03-15-15:58 * まめはな [ 返信 * 編集 ]

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2019-03-15-22:36 * - [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・まーきち さん

ホームとかハウスとか、私は、とてもいいことと思うのです。自分も、最後はそういう風がいいなあと思っています。身近な関係ほど、距離を作れるのはいいことと思う。

家を出なければならなくなった頃は、どこかへ入れてくれ~と、三日にあげず言うてはった。舅の年金が自分に入ることになって、黙った。私がいなかったら○○たちが暮らして行けないと。でも私には、面倒みてくれているオヨメサンの悪口ざんまい。銀行のカード全部、取り上げられてる、と。顔見たらお金が無いとおっしゃる、どれだけ上げてもキリが無いので、月額を決めました。

ああああ、いかん。こんな話には終わりが無い。人さまが何と仰ろうと、まーきちさんが決められればいいと思います。故郷と実家と子ども時代が最高、な人とは、タタカイようが無いです。

マックロクロスケ具合は、かなり強烈でも大丈夫です。自分もマックロや。ご自分を、いたわってあげて下さい。自分にわからない傷が、けっこう、できていると思う。

・まめはな さん

いるんです、そういう人。自分は苦労してあげて我慢し、正しいと思っているのが、そういうタイプのスタンダードみたいですね。

宗教がらみでしんどい思いをした子ども世代の方、けっこうおられますよ。私のブログの読者さんにもけっこう、おいで。そうなんです。


2019-03-18-19:10 * KUON [ 返信 * 編集 ]