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返事の中までKUONです。
 もうすぐナルちゃん、天皇だってよ
皇太子・徳仁親王(この言い方がタダしいかどうかはわかりません)。

幼日「ナルちゃん」と呼ばれたその方が、もうすぐ天皇になられるという。数日前には、伊勢の神宮に参拝された。お一人で。妃である雅子は同行せず。前日には、愛子さんを追ってイギリスへ?などの憶測あるを知ってのアリバイ証明のごとく「沖縄子ども記者」たちの前に姿を現していたまさこでしたが、伊勢へは来ない。

持病の適応障害が悪化したか、最近増やした持病の「腰痛」のせいか、鳥居をくぐるのがものすごく嫌で、なのか、前回来てあげた時に、潔斎するべき参詣の前夜に「伊勢海老カレー」をデリバリーさせたと揶揄されたのを根に持ってのことか、単に暑いしメンドウだしー、であるのか、人目に晒されるのも何か言わなくてはいけないのも「コワ」くて無理、だからなのか、とにかく、皇太子が公式に神宮へ詣るのに皇太子妃が同道しない理由を、世界中の誰も知らない、わかりようもない。

のでありますが。

真夜中といえる時間ではありますけど、眠り続けることが難しくなった、目が覚めてしまいました。ハムスターがハム車に乗って大車輪、今夜はどこまで行ったやら、暴れまわっている音を除けば、まこと静かな室内。パソコンの前に座りました。

以下、お借りしてまいりました。「月明かりの下で神よ眠れ」  長屋の爺  さまのブログより。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 徳

徳は本来「目の強い呪力」を表す文字であり、その呪力はもともと

持っている内面的、人間的なチカラによって発するものと自覚されて

徳の概念が生まれたとされる




倫理的,道徳的善に対し善を実現する恒常的能力をいう

それは自らの努力修練に関係なく身についたものでなければならない


色々なもので調べても大体はこういう事が書かれている「徳」だが

謝罪会見でよく耳にする言葉に・・・

「私の不徳の致すところでございます」

不徳って何のこと? って思う人は多いと思います

倫理・道徳的に劣っていたという事なのか・・・さてさて


この「不徳」という言葉、本来「君主の暴虐(ぼうぎゃく)」を指す

しかし、もうひとつ忘れてはいけないのが「女性を愛する事」なのです

なにせこの言葉は儒教からきている言葉であり、中国の歴史上

女性におぼれ、政治を疎かにして滅んだ君主が数多いるのだから納得である


暴虐・残虐、と同じくらい「淫行」や「溺愛」は君主にとって【不徳】なのである

倫理観と道徳的見地から見て「目に余る行い(悪行)」をすれば、即ち 不徳 なのである



そういう徳という言葉を名前(諡号)につけられた天皇が何人かいるが

その天皇の履歴を見るとおもしろい事が見えてくる


36代 孝徳天皇

大和から難波長柄豊碕宮に遷宮したが、中大兄皇子と対立し

中大兄皇子は皇極上皇や天皇の妃までつれて大和に戻ってしまう

置き去りにされ失意のうちに無くなった天皇とされる

*私は「暗殺」されたと思っているが・・・・


48代 称徳天皇

天武系最後の天皇(女帝)で、僧・道鏡宇佐八幡託宣騒動で

歴史に名を残した天皇といえばわかりやすい

この女帝も道鏡事件が終わった翌年突然に崩御した

*この女帝も独断が過ぎて暗殺された可能性が高い


55代 文徳天皇

藤原良房に実権を握られ良房の娘・明子との間の皇子

惟仁親王(清和天皇)が生まれた途端、皇位継承権を持つ

多くの親王を出家させ、惟仁親王を皇太子に据えた

惟仁親王以外の親王の出家を完了した途端、文徳天皇は

32歳という若さで急逝した

*これも用済みの天皇を排除し9歳の幼帝に変え実権をさらに強める

良房の陰謀(暗殺)だと思います


75代 崇徳天皇

日本最強の祟り神・・・として有名な天皇

保元の乱に敗れ、讃岐(香川)に流されて非業の死を遂げた

「大魔王となり日本を転覆させよう」と自らの流した血で

書きのこした話は有名である


81代 安徳天皇

平家物語の主人公の一人

満1歳2か月で即位した悲劇の幼帝(享年8歳)

壇ノ浦で祖母・二位尼に抱かれ入水した


84代 順徳天皇

13歳で即位し25歳で譲位、譲位したのち鎌倉幕府に

反旗を翻し(承久の変)敗れて佐渡に配流され21年後

失意のうちに崩御した

ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほ余りある 昔なりけり

歌人としても秀でた才能を持った天皇だった




地名や物の名前も「悪しき文字」だったら「佳い文字」に変えなさい

そういう勅が出たこともあった日本である

「徳があった天皇でした」と後世に残さねば 祟り が恐ろしかった?

となれば、次の年号は・・・・・


天人相関説を語るとき、避けては通れない 徳 の予備知識でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回は以上です。ありがとうございました。

まとめて読ませていただくと、わかり易くて「面白い」。雑学のみであった自分、勉強させていただいています。

長屋の爺さまは、いつも

「これは自分の考えであるので、考えの異なる方はそれはそれでいいから、反論はして来ないように」と書いておられます。その通りと思います。

ここへも「それは違う」エトセテラ、わざわざ言ってこられなくて結構ですから。そういうことがあるなら、ご自分の範囲でどうぞ、と、申し上げます。

私は安徳天皇が気になります。平清盛の娘の産んだ、幼い天皇。追い詰められて海の上で、舟の上で。

「海の底にも都のございましょうぞ」

と、祖母である二位の尼に抱かれて入水。


「平家物語」第十一巻

安徳天皇入水の場面、原文。主上、当時の数え方で八歳。


(略)泣く泣く申させ給ひければ、山鳰色の御衣に角髪結はせ給ひて御涙におぼれ、小さく美しき御手を合はせ、まづ東を伏し拝み、伊勢大神宮に御暇申させ給ひ、その後、西に向かはせ給ひて、御念仏ありしかば、二位殿やがて抱き奉り、

「浪の下にも都の候ふぞ」

と慰め奉って、千尋の底へぞ入り給ふ。

悲しき哉。無常の春の嵐、忽ちに花の御姿を散らし、情けなきかな、分段の荒き浪、玉体を沈め奉る。殿をば長生と名付けて長きすみかと定め、門をば不老と号して老いせぬとざしと書きたれども、いまだ十歳の内にして、底の水屑とならせ給ふ。十善帝位の御果報申すもなかなかおろかなり。




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 *  分類 : まじめなお話。
自動通知機能 : -  *  伝言 : 4  *  記事編集  *  2018年08月03日(Fri) 01時01分
No title
先日、国立公文書館に平家物語展を見に行きました。
というか、関連イベントの琵琶語りを聴きに(無料だったので)。
演目は「祇園精舎」「敦盛」「壇ノ浦」の3本。

自分はシンプルなアタマの構造をしているので悲劇というものが苦手で、直視できないタチなんですが、「壇之浦」は絵巻を見ても琵琶語りを聴いても、悲しみや絶望の大きさは逃れようもなく押し寄せてくるようですね。

でもそういうのも食べ物のブログのネタにしちゃうと思うんですけど… シンプルなもので(苦笑)
2018年08月03日(Fri) 17時53分       編集
No title
・hobohoboさん

ありがとうございます。

いいの、見に、聴きに、行かれたのですね。いま泥縄で調べましたら、平家物語第一巻の冒頭、あの

『祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。娑羅(しやら)雙樹の花の色、盛者(じやうしや)必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜(よ)の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ』

ここの部分の金泥の「モノホン」の展示もあるのだとか。うわ、です。

それと、琵琶語り。ぞわ、です。べえ~ん、べんべんべえ~~~ん、の重低音。演目が「祇園精舎」「敦盛」「壇ノ浦」ですと。羨ましくてなんとも。

よろしかったでしょうね、あの世界。平家物語。感想がブツ切れになっております(苦笑)。

うまく言えませんが、これからすぐ、その「自分、シンプルですんで」の食べ物のブログ、最新のもの、読みに行かせてもらう気まんまん、になっております。


2018年08月03日(Fri) 22時45分       編集
問題ございましたら非表示でも
126代 徳仁天皇

父、平成天皇の前代未聞の生前退位により、59歳で即位。
母、美智子の傀儡として、その座に据えられた。
知能に問題があるとされたが、幼少時の療育により、
かろうじて、天皇としての役割を果たした。

即位から1年後、すべからく
妻、雅子の詐病、母、美智子の横領と異教、
娘、愛子の影武者入れ替わり、本人の窃取等、
様々な背信行為が、全国民の知るところとなり、
国を挙げて糾弾され、皇籍離脱を余儀なくされた。

これが、かの有名な「不徳の乱」である。

まもなく、雅子、美智子は、狂い●にしたとされる。
徳仁は、娘、愛子(本物)と共に穏やかな民間生活を送った。
しかし、生活力はなく、国庫より特別手当を支給された。

皇族時代には、水の専門家を自称していたが、
水害により、不慮の●を遂げる。
妻、雅子の因縁である「水俣の祟り」と言われた。
国民は、元皇族の●を悼み、その葬儀は国葬とされた。

飲酒を好み、鬘を使用していたことでも有名である。
2018年08月04日(Sat) 01時03分       編集
No title
・匿名とさせてください さん

同じように「匿名とさせてください」さんが出現されたら、匿名一号さん、とかになるのでせうか。もったいない。どんな素敵なHNだって思うがまま、なのにね~。と、思います。

「不徳の乱」ですか。(笑)。
下さったコメントの中で、ここいいなあと感じたのは、

>徳仁は、娘、愛子(本物)と共に穏やかな民間生活を送った。
>しかし、生活力はなく、国庫より特別手当を支給された。

ここでしょうか。私は、オリジナルの愛子さんに何の罪科は無い、と考えていますから。

お父さんと二人、静かにお暮らしになれるなら、いいですね。なかなか難しそうですが。秋篠宮ご夫妻が新婚時代にあてがわれてお住まいになられた、元・職員住宅、広さも十分のはずですし、あのあたりで暮らして行かれますかしらん。現実に千代田の圏外に住んだりしたら、どんなヤカラが寄って来るやわかりません。

二人くらいは用人をつけて、生活費は適度に・・普通なら、親御さんの遺産のいささかでも「有る」「相続も可能」なはずですから、どなたか管理者を設定して、新たなる税金の流出は極力おさえて、ナルさんは酒量も控えて、遅く生まれた一人娘さんのそばにいてあげなければ。

とか。妄想が広がりました。

いのち永らえられれば御の字、の様相。それが実体と思います。歴史は血にまみれております。
2018年08月04日(Sat) 20時30分       編集






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