起きられないザツコちゃん。
イメージ短歌 「シモジモよ黙し働き納税しわが静養を見守りなさい」
しもじもよ もだし はたらき のうぜいし わがせいようを みまもりなさい
何茶手くおん のっぽん国の次代オエライ妃に代わりて詠めり
・・・けさもおきられなかった。
あついカーテンをおろしたへやの、ダブルサイズでよういされた、しかしずっとひとりでつかっているベッドの上で、ざつこちゃんはめざめました。
おきられなかったんじゃない。ざつこちゃんは、口の端の裂けそうな巨大なあくびをしながら、みぎてをのばして、サイドテーブルの上にあるはずのタバコのはこをもとめました。ゆびのかるくふれたそれは、あっけなくくうをまってゆかにおちて、カサリというおともたてませんでした。
からだったのか。したうちしたいかんじょうがわきあがってきます。
めざめのタバコのはこが、からっぽだなんて。こんなにきぶんのわるいことはありません。
すでにざつこちゃんの、きょうの「ふきげん」は、ちゃっかてん:いきに、たっしはじめているようです。
(戯作者・註・・・この回のこの部分以降は漢字交じり文に移行します。ついでに文体も変わるかも知れません、ザツコの基地外度はゆるめの表現になっております。)
掛け布団を跳ね除けて雑子は床に下りた。昨夜の服装のままだ。布団に籠っていた雑子の体臭がもわあっと立ちのぼる。顔をそむけてやり過ごす。この部屋は広い、そして臭いなんかはすぐに慣れる。あいつのではないし。
夜更けまでネットあさりを止められない。ものすごい言葉で罵られ笑われている、この国の跡継ぎのヒ殿下が、自分のことだとは受け取っていない。なぜなら、すべて何もかもが、嘘で捏造で言いがかりだからだ。そうなのだ。ワタシハアンナオンナジャナイ、読んで腹が立っても、自分のこと、では、ない、か、ら。勝手に言っていればいい、と結論づけられる。
身の程知らずの愚民どもが騒いでいるのだ、妬んで羨んでいるのだ、私のすべてに。私は、人目のあるところでは気取ったシャナシャナ声でもの言ったり、機嫌が悪いと声に思い切りドスをきかせて何時間でも相手の神経をひっかき続ける、あの自分大好き女・・・不平や不満ばっかりのくせに格好つけていい人ぶるから、ストレスの固まりになって買い物依存にはまっている、あの。同じ靴を100足も持って、まだ欲しがっているもっと欲求がひどくなっている、あの、夫の母親の、平べったくて巨大なおしりに、ぺったんこに敷かれてしまっている義父より、エラい。あの義父より私は上にいる。あの夫婦の大事な長男を、私は、蹴とばしてやることもできる、灰皿ぶつけて外遊の朝にデコにたんこぶ作ってやったこともある、指を捕まえてそっちじゃない方に折り曲げて折ってやったこともある、無視したおして不安にさせて、泣かせてもやった。親なんてちょろいもの。私に文句など言えないくらい、解っている、容赦はしませんから、私は。
こんな私の力を。
やっかんでいるのだネット民は。
ふん。下らない。
毎晩同じような想念の中で雑子は、いらいらとタバコを吸い続け、口中が粘ったりイガイガして来ると、不快感を消したくて炭酸水を飲む。
炭酸が口の中をシュワシュワしてのどの方へ落ちて行く感覚に、ひととき、すっきりする。胃の中に不純物が流れ込んでおからだに良くないですよ、なんぞと言った医者は、飛ばしてやった。あちらから辞めて行ったのだったか。どちらでもいい、うるさい文句は聞きたくない。言わせない。炭酸水は必需品なのだ。
部屋の中の冷蔵庫には、必ず毎日ぎっちりと、好みのドリンク類を用意させておく。満タンのドリンク缶やっペットボトルをを眺める時、
「身分が高いってこういうことだわ、きっと」
そんな高揚感ににんまりすることもある。
しかしタバコが無い。。
・・・あ、そうだ。ティテーブルに視線を飛ばすと、あった、まだ半分ほどの残量を示す厚みを保っている愛用の煙草の箱が。
ホッとしてソファに体を預け、一本、火をつける。雑子は煙草を手放せない。初めての一本は、初めての男が教えた。顔が好みだと思った、どんな顔だったかははっきり覚えてはいない、利口そうな顔の男が好きだ。そして私をバカにしない男が。
何もかもにまだ、慣れていなかった。隠れて、タバコやあんなことを、ぎごちなくする、それだけで大事件のように思えた、でもすぐにそういう時間の過ごし方は失敗だったと思い知らされ、離されてしまった、あの時には親たちは、雑子のことをも考えてくれた気がする。祖父母が止めるのを振り切って、のっぽんを出たのだから。すぐに体は元のように自由になり、忘れることに専念した、あの大きな国の大きな町で。
転居した街には、いろんなタイプの男たちがいた。みな、にこにこと寄って来て、煙草やお酒やベッドのことを楽しみ、当初は控えめにもしていた雑子が、馴染んで親しんだ頃に、つれなく離れて行った。
・・・朝、ぼんやりと覚醒しきっていない頭の中で、過去のことをあれこれたぐっていると、自らの現在をフッと忘れていることがある。
起きられないのではない。起きたくないのだ。起き出してみたって何の変化があるわけでもない。
退屈な日常があるだけ。延々と続くだけ。
単に退屈なのではない。どこかでいつも追い立てられているような、自分を横目で監視する冷たい視線にさらされているような、どすんと重苦しい退屈。
静かにゆっくり「退屈」させてくれるような、あたたかい退屈では無い。
胃が、キリキリするような不快な退屈。
・・男たちといる時間は良かった。いつだって、始まって数か月ほどは、ひと月くらいは、いわば蜜月。濃い時間が自分を覆ってくれたものだった。
最後は薄情に去って行ったとしても、思い出は、悪いものばかりではない。楽しいこともあった、あの男も、そして、次に夢中になったあの男も・・・目の焦点を、無理に合わせようとしないで、薄暗い室内にたゆとう煙を感じている、こんな時間が、嫌いなばかりではない。他に、大して楽しい思い出も無い。雑子に友達はいなかった。
自分を、男が、求めていた時期だってあったのだ。自分に向けられてくる優しそうな言葉も親しそうな身振りも、あった、過去には。
十代から始まった、自分のままでよかった日々。
確かに目覚めていて、確かに現実ではあるが、この部屋に一人でいる限り、自分を脅かすものたちは、近づいて来ない。起こすなといいつけてある。差し迫った用など無いのだ、私には。はじめの頃はうるさかった女官や何や、全部、ことごとく、周囲から追い出してやった。私に関わって来るな。私の時間、私の場所の中に、勝手に入って来るな、と。来ないで、ではない。きっぱり、しっかり、来るな、と。言い切らなければならない。夫にだってそれは、変わらない。
外では顔を見合わせてやる。微笑みながら何やら言いかける、くらいは、する。それで十分ではないの。最大限の譲歩を、してやっている、ドアの外に於いては。
みんなみんな、大嫌いなものが多すぎるのだ。ドアの向こうのすべてが耐え難い日が、雑子にはある。毎日がそうだとも、言える。
2本の煙草を喫い終えて、コーヒーが欲しいと思った、人を呼ぶリンに触れようとした、その時。
ドアに、遠慮がちなノックの音が響いた。
バイコか。
バイコだ。ザツコの眼球が、ぐるぐると回った。
続きます。