花降る午後のうなぎ弁当
桜花いのちいっぱいに咲くからに命をかけてわが眺めたり
さくらばな いのちいっぱいに さくからに いのちをかけて わがながめたり
(岡本かの子)
岡本かの子は、芸術は爆発だ!の岡本太郎さんのお母さんです。
今日、4月12日は、私の母の亡くなった日です。鰻が好きだった母に、ウナギどっさりの重いお弁当を買い、お茶をたずさえて、ヨットハーバー近くの公園へ、行きました。
桜の花は満開で。石のベンチに掛けて海を見ている私の上に、贅沢に芳醇に果てなく、花は降り続いておりました。私の頭上の桜の花びらは、桜いろでなく、純白、まっしろい花びらなのでした。重重とみっしり、隙間なく咲いていて、空の色も見えないのでした。
海に面した芝生の広い公園には、いろんな種類の犬たちがいます。いつもそうです。長めのリードにつながれて、どの犬も、ゆったりと、散歩タイムを愉しんでいるようです。
母は、犬も好きでした。私が幼かったころに家にいた「ルル」という名の犬の話を、何度もしていました。庭に迷いこんで来た犬に・・・昔は、つながれていない犬も町にはいて・・・味噌汁の出汁を取った後の煮干しを、与えていました。私が犬にやろうとすると、
「癖がついてまた来るかも知れないから駄目だ」
と禁じる。勝手な母親でした。
姉たちからの連絡も無かった。私の二人の姉は、母親を、好きではないのです。長姉は父親大好きで、母が父に優しい妻でなかったことを、執拗にいまも、繰り返す。次姉は、父の早逝の後、まこと親身に面倒を見てくれた、父の妹である叔母のことを、大切に思っていて。亡くなるまで仲のいい叔母と姪でいました。
五歳で死別した父を、私は、ほとんど覚えていない。自身、三人の子がいて、次姉と密接だった叔母を、私も好きだったけれど、母は、末っ子の私を、おそらくいちばん、可愛がっていて。
私は、母のことを、姉妹中でいちばん、好きでいないといけない。そんな気持ちが抜き難くあり。勝手な人であったが、汚い人では無かった。
特別に何もしない母の命日。さ来年にはまた、集まる予定ではあるのですが。法事で集まっても、母の話で盛り上がることのほとんど無い姉妹です。
朝、神さまには、これもとても好きだった名古屋の桂新堂の海老煎餅を供えました。
そして、花の降る中で、ウナギのお弁当を開いて、一口ずつ、ゆっくりと頂いたのでした。
お母さん、美味しかったでしょうか。
私は、美味しかった。お母さんの分まで、美味しかったような気がします。
爛漫の花の下で。お弁当の上に降った、何枚かのはなびらも、一緒に、食べました。