落としたものは拾う でしょ
2019年04月28日 公開
イメージ短歌 「親王の机上に置かれし恫喝を 思うこの国の「きょうき」を思う」
「凶器 狂気 狂鬼」
10分。解りました。黒服オジサンはうなずいて、レジの所の、食べ物を入れた籠を置くスペースにベチャンとお尻を乗せているオバサン・・ひでぇんかを眺めました。脚をぶらんぶらんさせています。
ひでぇんか。ザツコさま。黒オジは呼びかけました。返事をしません。そこで黒オジはばしっと立って、何やら難しいことを、はきはき言って。
「以上、計3つのご提案です。のっぽん国は無理な押し付けをしてはならないとされている国でございます、今ここにある私も国家には同調する所存、ですので、お選びいただきたく思います。
これら3案、どうお選びになられますか。いかがなさいますか。と。斜めの目でオバサンを見ています。
ひでんぇかは鼻の下をこすったり耳の後ろをぽりぽりしたり、服の中に手を突っ込んでお腹のあたりを掻いたりしながら、フン、ツン、としています。あ、あのう。こうたいしろが、ちょこちょこと小走りにひでぇんかの傍へ寄りました。
「とりあえずここを出してもらいませんか。とにかく何でもいいから、この人に答えたらどうでしょうか。あいこく氏は妥協されない方のようですし、これ以上ここで、時間が、伸びたら」
アイコ・・・ノビタ・・・娘さんがとつぜん反応して、ハッと口を開けて、目もぱっと開いてお父さんを見て
「ちこくだめ。ぱぱ。行く」
しかし、こうたいしろがすぐに答えず、奥さん・・・オバサンに必死に何やら訴え続けているので、娘は怒りました。怒ったのでしょう。
いきなり足踏みをして、ぎいいいっと奥歯を噛みしめる音がして、右手を振り上げると。
ちょうどその位置にあった、パスタやマカロニやスパイスの小瓶などの棚に、思いきり手をぶち当てました。棚の中身を力任せに押しました。
凄まじい音がしてざらざらと落ちるパスタ類、転がるアンチョビの瓶ピクルスの瓶、パセリセージアンドメリーアタイムとかの小瓶たち。缶入りのソースたち。ひでぇんかは、音は聞こえたのかチラリと見て、あ~あ、と大きな欠伸をしています。
最後のレトルト袋が乾いた音を立ててパス、と落ちて、
静寂。
あ、と、今は表情を失って立ち尽くす娘さん。両手がもじもじして、心細い姿です。呆然としながらも微笑していたこうたいしろ・・お父さんが、今度は娘のところへ走り寄り、だだだ、と。大丈夫だよ、と、慰めます。
「い、いや大丈夫。怪我は無いね、はいはい。
可哀そうに、バイコはこわい思いをしてしまったんだね、ひどいことをする乱暴な人がいるからね、ええっと、今は誰も何もしていないのか?? ん?? と、ともかく、ろバイコを守れるように対処をしてあげますからね、気にいらない人はどこかへ行けばいいんです、以前もイジワル男子を追放してあげたでしょう? そういう力がバイコのパパにはあるのよ、だからもうコワクない気にしなくていいんだよ」
いえ。気にして頂きましょう。
「ばいしんのう殿下。商品をお拾いなさいませ」。
黒オジの声です。どっしりした重い声。
「ご自分が、怒りを抑えることかなわずして、手を振り上げてなさったことです。落とされた物をお拾い下さい。不可能ならば、元のように並べろとまでは望みません。拾い上げて下さい。毎朝店員が、ホコリを拭ったり位置を揃えたり、このデパートには大切な商品です。落としたものは拾われるが筋」
何をごちゃごちゃ言ってるのよ。ついにオバサンが大声を張り上げました。
「こんなところへ私たちを閉じ込めて、訳の分からないこと言って、因縁つけて私を貶めて悪口言って、バイコにまで恥をかかせるつもり。この子には屈んでモノを拾わせたことなどありません」
「それがそもそもお考え違いです、ひでぇんか。ばいしんのうさまは、いずれ、野におりてご家庭を築かれる御身。自らが落としたモノを拾うなどは、ご身分お立場に関わらず、人として当然のこと、それが困難であられるなどは、親なき後のご本人の御苦労のタネにてございましょう」
「何のために使用人がいるのよ、馬鹿言わないで。この子が落としたものを拾うくらいの仕事をしないで、どうやって厚かましい、あれらがお給料なんかもらえるのよ」
「お住まいにお仕えする者は、そういったことのためにいるものではございません」
「まああた、変な理屈を。早く出しなさい、ここから」
「付け加えて申さば」
「うるさいわねえ、ばか」
「大きなお節介を申します。ひでぇんかがそのお考えでは、働く者もまともには働きません。そのひずみが後には、国家の存亡に」
「黙りなさい」
「ひでぇんかのお住まいにて仕事をする者は、ご滞在の折りのひでぇんかのご両親の、私用を承る立場でもございませんよ」
静かにば黒オジが言って、ふふ、と笑うと、ひでぇんかは、怒りで真っ赤になってこちらへ寄って来て。
ジャムの置かれた棚からまっすぐに、全身、黒みがかったぐれんのほのおに包まれた姿が見えたので、ジャムは・・・恐ろしさに、しっしんしそうになってしまいました。
・・・じじつ、一瞬、気を失っていたのかも知れません。
ふと気づくと、目の前のオバサン・・・ひでぇんかのアタマには、さっき生えていた角も無いし、口だって、頬っぺたのところまで、ウィイイイン、と裂けている、なんてことはなかったので。何を見たのでしょう、ジャムは。
あなたはっ。ひでぇんかは、自分と同じくらいの背丈の黒オジの、胸倉を、ものすごい迫力でぐいと掴みました。
おおっ。
ジャムの背後から嘆声が漏れました。しかし黒オジが、少し、クイっと体を捩じると、ひでぇんかの手はあっさりと体を離れてしまったのです。おおお。また、嘆声が響きます。
ばいしんのう様、お拾いなさいませ。優しい声です。
「お出来になりますよ。そうです、この籠に、そうっと、拾って、お入れなさいませ。一つずつね。そうです、ゆっくりでよろしいのです。お出来になります、お拾いなさいませ」
娘さんは、いくらかギクシャクながら、座って、買い物用の大きな籠に、落としたマカロニやオリーブの瓶など、入れ始めています。
「思い出しましたよ、そうでした」
こーたいしろが言いかけました。黒オジは、ついと屈んで、床に広がっている娘さんのスカートの裾をつまんで、丸出しになっている二つの膝を、隠してあげました。
時間です。
どこかから声がしました。
解った。黒オジは短く応えて、こうたいしろのほうに顔を向けます。へらっと、こうたいしろは笑いました。
「そう言えば子どものころ、私も、教えを受けました。父や母のおりません時にも、おります時にも、私に、なにやかや教えてくれた者がおりました。ずっと一緒だった気も・・・名前は・・・ええと、忘れてしまって・・・」
「ほーちゃん、と、お呼びであられたとか」
「ああ、そうだ、そうでした、ほーちゃん。どうしてご存知ですか、ほーちゃんでした、厳しい人で、よく叱られましたし、時には褒めてもくれ・・・もちろん後片付けもさせられました。我慢が大切と、お預けも仕込まれたんじゃないかなあ・・・常に相手の立場に立ってお考えになられませ、とか・・・それって、どういう意味だったのか・・・思い出せませんが・・・聞いた覚えがある感じがある気がしないでもなく・・・そうでした、時には手を、ぴしゃんと叩かれたことも・・・」
何を懐かしがってるのよ。パシ、と乾いた音が響き、ジャムは思わず目をつむります。
すぐに目を開けると、こうたいしろの顔の前に腕を突き出して守っているみたいなかっこうのオジサンが、口をぱくぱくさせて呆然と気をつけ、しているこうたいしろに、飲み物を持ってくるよう、目配せしているところ。空手遣いだな、あの黒服。そんな声がして、そうなのね、と、ジャムは納得します。
こうたいしろは、鼻のへんを、殴られそうだったのかしら。鼻、大きいのは、いつも叩かれているから?。
飲み物を取りに行くのか、黒服の一人が動きました。私はコーラよ。ひでぇんかが叫びました。
「ロング缶よ」
・・・
「飲み物も出さずに椅子も用意できないなんてふざけたこと言って、私にひでぇんかを止めろだのどこかでひっそり暮らせだの言って。とんでもないわ、国民の模範になれとか、もはんって何のことよ、ってのよ。」
プルトップをがしっと引いて、ぐああ、とひでぇんかは、缶のコーラを仰ぎ飲みしました。脚を踏ん張り左手は腰っ。
「国民こくみんって。私に何の関係があるのよ。みんな勝手に外国へも行ってるじゃないの。好き放題してるのはあっちでしょ、それなのに国民の面倒見ろなんて、結婚する前、誰に言われたことも無いってのよ」
ひでぇんかはぶつぶつ呟いています。
こうたいしろは手に持ったお茶の缶を両手で包んで立っているのみ。
こっそりと、見えないあたりは黒服も手を貸して、落下した商品のすべては集められています。
固そうな体の黒オジが、頑張られましたねと褒めて、ジャムは、褒められて嬉しいかと思ったのですが娘さんは、知らない振りで、父親の腕時計を見ては脇をこずいたりしています。ちこくだめ。ちこくだめ。早く行きたいみんな待ってる。ワタシみんなのオサイフなんだから。オバサンは娘さんを、何言ってるのよと見下ろして、
「もう、出るわよ」
「よろしゅうございますか」
「出たいのだから、出るのがよろしゅう、に決まってるじゃないの」
「さらに一度お尋ねします、ご退ヒはなさいませんか、今すぐにでなくとも、今年いっぱい、何かのキリの折りに、ご発表なさいませんか」
「なさいませんよそんなの。どーして、ご退ヒするのよ、私が。夫はしても私はしないわよ」
「殿下がご決断なされば、ひでぇんかも同時に、当然」
「決断なんかしないわよ、あれは。決断したことなんか無いの。結婚だって、いろいろ、教えてもらってそうなったのよ。でなきゃ、この私とできたはずはないわ」
「国民の、少なくともかなりの数の者たちは、その「いろいろ」を憂いておりますがね」
「バカじゃないの」
「・・・差し上げたご提案には、もう一つございましたね。・・・もう、コーラはお飲み干しになられましたか」」
「あなたと一緒にここでこのまま、とか、馬鹿なことを言ったわね、それだけは御免よ。はい、空き缶。ここでどうにかされなきゃならない理由が無いわ。しかも、あんたなんかと一緒に」
「ご一家揃って、の選択肢もございます。私はその覚悟も定めておりました。」
「それなら尚更御免だわ」
ひでぇんかが、空き缶を黒オジの手に投げてバッグを開け、口紅を、ぐいいっと引き直します。娘さんに、行くわよ、と声をかけます。娘はうつむいて、カチンコチンに固まります。この二人は、親子ではないのでしょうか。
「のっぽん国へのお思いを、一つだけお聞かせ願えれば」
「のっぽん国?」
「いずれあなた様が」
「関係ないわ」
「。。。」
「な~んにも関係ない、私は知らない。夫が何とかするのでしょう、他に考えたがってる人間が大勢いるわ、私は関係ない、何も知らない、しない、したいことしかしませんよ。
初めからの約束よ。
「出ます。そこ退きなさい。あなたたちがしたことは、父にすべて報告します、私たちを監禁したり脅かしたりバイコを虐待したり、ぜんぶ、言ってやるわ。覚えてなさい。私は」
「しかいし、なさいますか」
黒服が笑い、ひでぇんかはまた、3秒くらい、角が生えました。ねえお父さん。こうたいしろを振り向きました。
「この人、一緒にとか覚悟とか言ってるけど、どういう意味かわかる? こんなとこに一緒にいるの、イヤよね?」
「そうですね、イヤです、はい」
準備完了です。どこかから声がしました。
お選びなさいませ、と、ひでんぇかの前に、黒オジが指さして、二通りの道を示しました。
最後にもう一度、選択の余地を差し上げましょう。黒オジが言いました。
「わたしは、こわい人に見えるでしょうが、本当はいい人なのですよ」
わは、と、こうたいしろが笑いました。面白いギャグですねえ。ひでぇんかはこうたいしろの背中をつねりました。
・このそれぞれの先に、同志が、10人くらいずつ待機しています。
・デパートの外の交通規制は、すでにとっくに解除されています。本来されなければならない規制ではございませんでした。無駄でしたねこれ。
・地下以外の店内への客の入場は、すでにとっくに行われております。最低限の一般国民への迷惑は回避されたということですね。
・当初手配されていた警備陣は一部を除き解放となっております。
・地下への出入りは、本日緊急のメンテナンスにより、午後以降にしか、していただけません。と、なっておりました。
そんなことを、黒オジが告げて、一つはお馴染み、ご存じの裏出口。デパート貸し切りショッピングの折りの道です。ほぼ人に知られずここから出て、待機の車に乗り込んで、お住まいに御戻りになることができます。と説明します。ふむふむとこうたいしろは頷き、また、背中をつねられています。
いま一つの道には、会見場が設けられております。私が同道するか否かはお選びいただけます。私どもに賛同の意を表しつつも、ジャーナリストの王道、あくまで客観的な事実報道を心して行う旨の記者、カメラ、余の者たちが待機しております。そこで早速、監禁されていた、等のことを生々しくお述べにならるるもよろしいかと。いかなこともお話下さいませ。
「会見なんかしないわ。会見なんかしたくない。人前に出るのはイヤって言ってるでしょ。裏の道から帰ります。お父さん、そうするでしょ」
お父さん、と呼ばれたこうたいしろ殿下は、あ、ええ、そうですね、と妻を仰ぎ、
「裏からこのまま、と、致すことに致しましょうか」
なんだかエラそうな感じで言いました。
「では、本日の模様を、うっかり映し続けてしまいましたデパートの防犯カメラを、解析したり公開したりすることを、ご了承いただけますね」
「は?」
黒オジが、にっこりと笑いました。
「私と、私の本日決行に同意、協力、実行の途に就いたここにおります者どもは、己のすべてを賭す心を以て在しております。手荒いことは控えましたと申せ、のっぽん国のこうたいしろどうひりょうでんか、及び、ばいしんのうでんかを、一定時間、囲い込んだは事実。これはおそらく罪。犯したはれっきとした犯罪行為。でありますれば、その一部始終を撮影しておりました、デパート常備の隠しカメラの内容も、犯罪の重要なる証拠となるは当然の理」
「言葉が難しくてわからないわ、イライラする。喫煙所へ先に行きたいわ、お父さん」
「え? あ。う~ん、まあ、はい。あのう、妻を喫煙所へ・・・」
「あ、そうでございますか、本日は、報告によりますと、有志の者の手によって、そのあたりまでも、カメラが備えてございまして動いておりますが、およろしければ」
「失礼な」
ひでぇんかは切れています。こうたいしろは、背中の一部をどうかされたのか、目の焦点が一気にぼやけて、ぼおおとしています。
あの、あの。
こうたいしろが口を開いて問いかけました。
一つだけ、お尋ねをせねば。一生懸命な顔をしています。
「あ、その、このお仕事は、大変ですか?」
聞かれて黒服オジサンは、真面目に笑いました。答えました。
「いいえ殿下。恐縮にございます。仰るほどには大変ではございませんよ。と、お答え申し上げましょう」
と。その時。
そうです。
そうです、娘さんが、ジャムに、手を、伸ばして、お土産、ランチ、ちこくだめ、これ取る、よいしょ、瓶すべる、あっ。
残すところ、四月は、残すところ、あと二日。
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