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2019-05-08 (Wed) 09:47

上の方では繋がっている


ごく簡単に、日本の「四代公害病」について記します。

・水俣病
水俣病は、1953年~1960年にかけて、熊本県の水俣湾で発生しました。水俣湾の魚介類が工業廃水に含まれていた「メチル水銀」を蓄積し、その魚介類を食べた人が手足・口などのしびれを訴え、死亡する人まで出ました。平成28年3月末までの被認定者数は、2,000人を超えています。

・第二(新潟)水俣病
第二(新潟)水俣病は、1964年頃から、新潟県の阿賀野川流域で発生しました。水俣病と同様、水銀が原因です。平成28年3月末までの被認定者数は、705人です。

・四日市ぜんそく
三重県四日市市を中心に、1960年頃から発生。石油化学工場から排出される「亜硫酸ガス」による大気汚染が原因です。大気汚染による被害は、四日市以外でも、神奈川県や東京都、千葉県などでも発生しました。四日市ぜんそく以外の大気汚染による被害者数も合わせると、平成27年12月現在、3万5294人にのぼります。

・イタイイタイ病
イタイイタイ病は、1955年、奇病として学会に報告されました。富山県神通川流域で発生し、原因は、鉱山の排水に含まれる、カドミウムです。平成28年3月現在の被認定患者数は200人で、イタイイタイ病に発展する恐れがある「要観察者」は3人です。


新テンノー誕生で、人(の一部は)めでたいと寿いでいる時期に(時期だからこそ、とか言ってみたい)新・コウゴウの背景に触れていました。

雅子さん入内の話が起こった時、昭和天皇は国民の総意が得られない、と仰せになり反対された。後藤田官房長官は、これが通れば皇居前に「ムシロ旗が立つ」と、明言された。

こう↑ 書いた時に、ではナルちゃんのご両親はご存じなかったかしら?と、イヤミかましたわたくしでした。

前・皇后美智子さんには、妹さんが二人おられた。そのうちの恵美子さん。正田恵美子さん。

「元 昭和電工専務」と書かれてあることもあります。この方は

日本体育教育会会長の安西孝之(昭和エンジニアリングの社長)に嫁いでおられます。

この安西家は新潟県の阿賀野川で第二水俣病を引き起こした第二水俣病加害企業である昭和電工の経営の一族です。

つまり美智子さんは、長男の妻(であるというより皇太子の妃)が水俣病関連。実家の妹さんが、第二水俣病を引き起こした企業に嫁いでいる。

という、言い方がいいかどうか、非常に「濃い」お方のような気がします。安西家とのつながりは、当時はとても「いい縁談」だったのでしょうね。来るオヨメサンのお姉さんは皇太子妃。正田家の闇はまだ明かされていない時期。縁組、上の方では繋がっていることが多いですね。今では内親王さんのケッコンも、なかなか。

いま、あのKとどうなっても、後はなかなか難しいと思う。是とか非とか言う前に、イヤ、でしょう。まあ「是」は無いのですが。

ここでついでのように書きます、平成の天皇夫婦が、過ぎにし年に水俣を訪れ、青い海の傍らに立つ慰霊碑に花を捧げ、礼をされた。その地の方々と親しく笑顔を交わし、懇談の時も持たれた。

お帰りになる少し前、美智子さんは、見送りの人垣の中に、見つけた。

「苦界浄土」の作者であり、水俣にこだわり続ける作家、石牟礼道子さんが、車いすに乗って皇后を見送る姿を。

よほどお急ぎだったのか、「あら」という表情を作られ、またね、とかいう感じに見て、コウゴウ陛下はそのまま歩き去った。あの方「文化人大好物」の方なのにね。

石牟礼さんは声も出されなかった。もちろん美智子さんとの「また」の機会は無かった。

石牟礼道子さん亡くなられて、何やらの「偲ぶ会」のごときものに、美智子さん行っておられたな。いかにも名残惜しそうな風情で。そういった場で、ぶしつけに、何やら言いかけるような人はいませんしね。

みんな、何やかや言っても、有名なヒトおえらいヒトが大好きなんだし。

KUONの、何だかイジケ、ヒネクレてるみたいに、世情を横目で眺めていた半月ほど。もう終わりにしたい。しよう。





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最終更新日 : 2019-05-08

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