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2018-08-10 (Fri) 21:29

悠仁さまと紀子さま

書かせておいていただきます。

残念ながら動画や画像をここでは見ていただけませんが、(私は両方)拝見して、涼やかで美しいお二人でした。

悠仁さまと、紀子さま。

悠仁さま、初めて広島を訪問される 深める「平和」への思い
                    FNN 2018年8月10日 金曜 午後6:25
                    https://www.fnn.jp/posts/00398434CX

10日午後1時半ごろ、広島市の平和記念公園を訪問された、秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さま。
原爆の犠牲となった子どもたちの霊を慰める「原爆の子の像」の鐘を鳴らしたあと、原爆死没者慰霊碑の前に歩み出て、深く拝礼。

慰霊碑をあとにすると、居合わせた親子と言葉を交わされていた。
親子は、「びっくりしました」、「(紀子さまからどんなお言葉を?)どちらからいらっしゃいましたかと。横浜からと」などと話した。

歴史の学習の一環で、初めて広島を旅行された、小学校6年生の悠仁さま。
平和記念資料館にも足を運び、原爆の熱線で溶けたガラス瓶に触れたり、副館長の説明に時折驚くなど、およそ1時間にわたり、熱心に見て回られた。
秋篠宮さまは2015年、「戦争に関連する展示、それから催し等を通じて、だんだんと理解をしていってくれればよいかと思っており
ます」と話されていた。

初めて戦争の爪痕が残る場所を訪ねられたのは、2013年。
そこは、沖縄だった。
7歳の悠仁さまは、沖縄戦で犠牲となった20万人以上の名前が刻まれた「平和の礎」をじっと見つめられていた。
2016年12月、4年生の試験休みの際には、長崎へ。
戦争の爪痕をめぐり、戦争経験者の話に耳を傾ける。
成長とともに、平和の大切さを、より深く学ばれている。


周囲の方々もほぼ気づかないような、警護の姿もそれらしくは見当たらず、のお姿。いつものお付きの女性も、ごく普通にさりげなく後ろからついておられ。6日や9日は避けられたのですね。



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最終更新日 : 2018-08-11

お盆に考えること * by 桃音
KUONさんいつもありがとうございます。紀子さまと悠仁さまの記事を書いてくださって嬉しいです。
悠仁さまのご旅行は、いつもお勉強を兼ねていらっしゃる、という印象を受けます。どこどこの高級なお肉を召し上がられた、とか、交通規制して移動された、とか、そういうことが全く無く、長男ご一家との「扱い」の違いに、疑問を感じることばかりです。
私は先日我が家の「食べ盛り」こと桃太郎(仮名^_^)と一緒に、靖国を訪れました。夏休みの恒例行事です。
遊就館で「私たちは忘れない、感謝と祈りと誇りを」というドキュメント映画を見ました。
映像に映し出される、戦士たちのこの上なく爽やかな笑顔、残されたご家族のお話は戦争の悲惨な映像を見るより、胸に突き刺さりました。
桃太郎と変わらぬ年齢の少年たちが、魚雷や特攻機に…たった73年前の出来事。少し時代がズレていたら、人ごとではありません。たくさんの方々が落とされた、尊い命が私たちの幸せな今をを繋げてくださっていることを、絶対に忘れてはいけないと改めて思いました。
遊就館出口の来館者ノートに「目と鼻の先にいらっしゃる、天皇皇后両陛下に是非来ていただきたい」と、いらんことを書いて来てしまいました。

No title * by KUON
・桃音さん

桃太郎クン(クン呼びで失礼(笑))と、遊就館にいらしたのですね。私はあの場所の中で、冷静でいられませんでした。あのオモチャみたいな飛行機も、映画も。ずっとずっと、涙が止まらないのでした。

私も若い頃、娘二人を、さまざまな「夏の催し」に連れて歩きました。泣きながら連れ回しました。後で娘たちは「お母さんの感情の激し方がコワかった」など言っておりましたが、私が知ってほしかった気持ちの一端は、伝わったような気がしています。恐ろしい写真も見せてしまいましたが、たまたま平和の時代に生きているだけで、戦火の中では「自分のこと」であるかもしれなかったこと。

「暮らしの手帖」という雑誌の「匂い」が鼻について遠ざかって長くなりましたが、今年は「戦中・戦後の暮らしの記録」という特別な一冊を出しておられ、まだ全部は読み終えておりませんけど。

訴えられているのは、戦争とは、無辜の人々の命も生活も何もかも奪い尽くされてしまうことに尽きること。皆、飢えて、苦しんで、ということ。国は何もしてくれないということ、決して「てんのうへいかばんざい」ではなかったこと、いろいろ。

長女は昨日から夫サンとベトナムへ。次女の娘・中二は、今日、じじばばの家へ来るそうです。この孫娘に「ちいちゃんのかげおくり」という本を買って、毎年、読んでやってきました、今年も読んで欲しいそうです。涙でぐっちゃぐちゃになりつつ、一緒に読もうと思います。

天皇皇后さんへのメッセージは、私的には「いらんこと」ではないです。


ありがとうございます * by 桃音
KUONさんお返事ありがとうございます。
私も遊就館では、他の人に出会うのが恥ずかしいくらい、泣きじゃくりながら回っています。天皇皇后へのメッセージ、KUONさんが「いらんこと」ではない、と受け止めてくださり、嬉しいです。勇気を出して書いて来て良かったです。

くらしの手帖の特別な一冊のこと、知りませんでした。ぜひ読んでみたいです。貴重な情報をありがとうございます。

ちいちゃんのかげおくりをKUONさんに読んでもらえるお孫様、うらやましいです!


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お盆に考えること

KUONさんいつもありがとうございます。紀子さまと悠仁さまの記事を書いてくださって嬉しいです。
悠仁さまのご旅行は、いつもお勉強を兼ねていらっしゃる、という印象を受けます。どこどこの高級なお肉を召し上がられた、とか、交通規制して移動された、とか、そういうことが全く無く、長男ご一家との「扱い」の違いに、疑問を感じることばかりです。
私は先日我が家の「食べ盛り」こと桃太郎(仮名^_^)と一緒に、靖国を訪れました。夏休みの恒例行事です。
遊就館で「私たちは忘れない、感謝と祈りと誇りを」というドキュメント映画を見ました。
映像に映し出される、戦士たちのこの上なく爽やかな笑顔、残されたご家族のお話は戦争の悲惨な映像を見るより、胸に突き刺さりました。
桃太郎と変わらぬ年齢の少年たちが、魚雷や特攻機に…たった73年前の出来事。少し時代がズレていたら、人ごとではありません。たくさんの方々が落とされた、尊い命が私たちの幸せな今をを繋げてくださっていることを、絶対に忘れてはいけないと改めて思いました。
遊就館出口の来館者ノートに「目と鼻の先にいらっしゃる、天皇皇后両陛下に是非来ていただきたい」と、いらんことを書いて来てしまいました。
2018-08-13-06:38 * 桃音 [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る No title

・桃音さん

桃太郎クン(クン呼びで失礼(笑))と、遊就館にいらしたのですね。私はあの場所の中で、冷静でいられませんでした。あのオモチャみたいな飛行機も、映画も。ずっとずっと、涙が止まらないのでした。

私も若い頃、娘二人を、さまざまな「夏の催し」に連れて歩きました。泣きながら連れ回しました。後で娘たちは「お母さんの感情の激し方がコワかった」など言っておりましたが、私が知ってほしかった気持ちの一端は、伝わったような気がしています。恐ろしい写真も見せてしまいましたが、たまたま平和の時代に生きているだけで、戦火の中では「自分のこと」であるかもしれなかったこと。

「暮らしの手帖」という雑誌の「匂い」が鼻について遠ざかって長くなりましたが、今年は「戦中・戦後の暮らしの記録」という特別な一冊を出しておられ、まだ全部は読み終えておりませんけど。

訴えられているのは、戦争とは、無辜の人々の命も生活も何もかも奪い尽くされてしまうことに尽きること。皆、飢えて、苦しんで、ということ。国は何もしてくれないということ、決して「てんのうへいかばんざい」ではなかったこと、いろいろ。

長女は昨日から夫サンとベトナムへ。次女の娘・中二は、今日、じじばばの家へ来るそうです。この孫娘に「ちいちゃんのかげおくり」という本を買って、毎年、読んでやってきました、今年も読んで欲しいそうです。涙でぐっちゃぐちゃになりつつ、一緒に読もうと思います。

天皇皇后さんへのメッセージは、私的には「いらんこと」ではないです。

2018-08-13-09:37 * KUON [ 返信 * 編集 ]

ありがとうございます

KUONさんお返事ありがとうございます。
私も遊就館では、他の人に出会うのが恥ずかしいくらい、泣きじゃくりながら回っています。天皇皇后へのメッセージ、KUONさんが「いらんこと」ではない、と受け止めてくださり、嬉しいです。勇気を出して書いて来て良かったです。

くらしの手帖の特別な一冊のこと、知りませんでした。ぜひ読んでみたいです。貴重な情報をありがとうございます。

ちいちゃんのかげおくりをKUONさんに読んでもらえるお孫様、うらやましいです!

2018-08-13-15:03 * 桃音 [ 返信 * 編集 ]