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返事の中までKUONです。

Top Page › どうってことのない話 › 「やっぱり」
2019-06-03 (Mon) 12:10

「やっぱり」

「その日」のことは、脳裏に描いていました。

誰が、どんなタイミングで、どんな風にサラリと伝えてやれるのか、と。一緒に暮らしている間、大きくなってサラリと聞けるようになるまでは待って、と、考えていました。

あららら、という時もありました。中学生の時かな、血液型の勉強をしていた頃。じいちゃんばあちゃん父母に妹。家族全員の血液型を調べ、ウ~ンとうなっていた。「ぼく、合わへんわ」と、ブツブツとアタマをひねっていた。私は自分の部屋にこもりに行った。「それ」を伝えるのは、ばあちゃんのすることではない、と、決めていたし。

その疑問は、繰り延べられることは無かった。娘と私は「あんまり深くモノ考える子ォでなくてよかったなぁ」と。忍び笑いをしました。

それ以上、彼が考えなかったのか、ひとりで疑問のタマゴをひっそりと温めていたのか。私に「野球部のみんなに、お前、どっちの親に似てんねん」て言われんねん。など、漏らすこともあった。えええ、どっちやろねえ、と私は答えていた。

「パパ、オダギリジョーに似てるし、そっちやったらいいのと違う?」

「いや、そういう問題と違うし、ばぁば」

「〇〇は親のどっちより美形で、かっこええで」

「いやいや、はいはい」と、白い歯を見せて笑う子でした。

前歯、自転車で突っ転んで折れたのを、駆け付けて探し出して、なんとか残してやってくれと持ち込んで、接着剤で付けてもらった。生後半年で産みの父親と縁が切れて、それ以前からもずうっと、私が抱いておんぶして添い寝して育てて来た、初めての孫です。幸せになってもらわないとイヤだ。

・・保育園の頃から仲のいい男子Nくんがいて、N君は二度、パパが変わっている。祖父母さんの愛情は、執念のごとくに強く深くブレずにNくんに降り注いで、保育園、小学校では「問題児」扱いされていたけど、とっても「卑しさの無い子」で。私も怒鳴ったり説教したりお尻叩いたりした、くそばばぁ、と言われたら、クソガキィ、と言い返してやった。でも今も仲良し、友達、そのNくんが、世間知らずの孫息子に、いろんな知恵を授けていてくれたのかも知れない、と、思っています。

先日、娘が孫息子に、世間話のついでに、ママ40歳になるし、、もっとこれから頑張りたいし、何しても止めるばっかりで前行かせてくれへんパパと、そのうち、離婚するかもしれへん、と、言ったと。そこに至るまでは、いろいろあったのでした。とまらなくなって、

「○○にはパパは、育ててくれたひと、ほんとのパパとは違うの」

とも告げたらしい。人にはあれこれ過去がある。娘は私に、前の夫のことを、黒やグレーの色調で語ったことはありません。自分も若かった、未熟だった、アホだったと思っているのだと思う。実際その通りだし。現在の夫についても、けんか直後などに、どうこう言って来ることは稀にあっても、ぎゃあああ、と感情的に語ることは無い。私も、ふんふんそれで、とか聞いてやらないし。しかし今回は、娘の夫は私に、深夜に延々とくどくどと「いかに自分は理不尽な家庭生活を送っているか、いかに俺は耐えて忍んで努力しているか、いかに俺様はかわいそうか、と、沼の底からくるような話を、一歩的にして来たのでした。私は返した。

「どっちの味方もせへん、て、言うてるでしょ。」

いや、どちらかと言えば私は、娘の夫の肩をもってきたと思う。なついてくれたと喜んで。娘を、孫どもを守ってやって欲しくて。

私の大事な孫息子を、どうぞどうぞ、お願いします、の思いがありました。上の娘にも、ママは次女の夫にものすごく甘い、と指摘され続けています、でも、娘はともあれ、孫息子と孫娘が、そこで育っているので。


・・・おかんから、ホントのパパとは違う、と聞かされた孫息子、十七歳。

そしたらあの子、どう言いやったん?。尋ねたら、んんん、と笑って。

「やっぱりな、言うてん、○○。」

「へ?」

「そうやねん・・やっぱりな、言うて、おかん大丈夫かって、聞いてくれやってん。」

と、娘は笑った。へえ、そうなんや~、と、私も笑った。

娘の夫に、済まない気もある。二歳の時に父親になってくれ、一緒に暮らして、箸の持ち方、風呂の入り方、きちんと教えてくれた。無駄遣いをしないように(ばーちゃんとママはそこんとこ、なっていない)、寝る時間起きる時間、しつけてくれ、勉強はそうできなくていいから、挨拶をしっかりしろと育ててくれた。

まだ過去形にはなっていないが、感謝している。とても感謝している。

「やっぱり」って。複雑な思いを喚起させる言葉だわ、私には。

で、この話の〆です。

孫息子は早速、歌詞を書いて曲にして、それからすぐにあった(私にはよくわかっていない)ラップの舞台で、新曲を披露していたらしい。・・・動画送ってあげるからスマホに替えろと勧められている、使い方難しそうで黙ってやりすごしている、もしもラインとか入っても、すぐに返事なんかできないししないし、めんどくさいのはイヤなのよ、もう、と、それだけは伝えている。

「おれをそだててくれたのは とうさんと呼んで来たひとは 実は・・・」

このような歌らしい。娘の夫さんは聞いていない。聴く機会も無いだろう。

妻のダンスのショーにも関心なく、子どもたちの運動会にも行きたがらず、少年野球の親の会にも混じりたがらず混ざらず、父親参観に行ったこと無く、同居していた妻の親が、事情あって転居を決めて荷物を出す日にも、二階にいて手伝いの指一本、出さなかった。リビングで、犬を傍に従えて、テレビをつけ放しにしてスマホゲームをする。そういう生活のひと。マイルールを乱されたくないひと。

それはそれでいいのだろう、娘と孫は、自分たちが前へ進んで行ける道を、しっかりと歩いて行けばいいと思っています。孫娘は、ママと一緒にコーベ行く、と。パパは可愛がっていたのに、パパは彼女に甘えていたのか。感情的にずいぶん、傷つけていました。私の部屋へ来てよく泣いていた。泣き止んでから、皆のいるところへ行っていました。

娘がホントに離婚したら、夫だったひとは、家のローンが払えなくなる。初めからムコさん名義で家は買ってある、皆が出て来たら、売るなりなんなりして残り返済したら、少しくらいは彼の手元に残る。それは彼のものにすればいい。車のローンも同様。親がしてくれることは(親がものすごくバカだったのですが)好きでしていること、させてやってる、くらいの感覚であることは、わかっていました。済んでしまった今まではいい、これからは私は、おカネは自分のために使おうと思います。彼のためには使いたくない。これ、先日、向き合って伝えました。

孫息子は、ほとんど、育ってくれた。孫娘の方は、来年から、花の女子高生(笑)。あなたも、人生これからでないの、と、お節介やいてしまいました。あまりにも俺がカワイソと言うので。十何年、聞いて来たよ、飽きたって。結婚は、あなたたちで決めてしたことです、忘れたのかと。束縛は愛ではないと、そんなことも、口から出した。

猶予期間を設けました、年末まではこれまで通りに行けるわね、と。子どもたちの学校のことを念頭に置いて期限を設けました、が、うんともすんとも言うて来ない。私はちっとも困らない。

親の住む場所である、この狭いマンションに、連休、初めて、娘と孫たちが来て、泊りました。何度誘っても絶対に来なかったカレを置いて、三人、初めて気兼ねなしに、じーちゃん、ばーちゃんのとこへ泊りに来て。楽しかったです。

そういうことでした。


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最終更新日 : 2019-06-03

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NoTitle * by KUON
コメント下さったヒミツの〇さん。

そうだったのですか。思いもよらぬことがありますね。いや、もしかして、小さな「?」は、あったのかも。でも、目の前の道を、進んでしまった・・孫息子の「やっぱりな」は、私の胸にズンと響きました。と言っても、現実を、一生懸命に生きて行くより無いのですね。いいとか悪いとかでなく、つまり、現実を。うしろ向いてあれこれ思うのは、もう少し後のことと私は思い。

仕事もダンスも(これも仕事ではあるので・・)家のことも、必死でやって来て、「お前はいいよなあ」としか反応してもらえない娘の、でも前行くぞ、生きたいぞ、人生はこれからだぞ、の姿に、いろいろ考えました。娘が「いい」とは言っていない。ただ、頑張りたい人間を、頑張らせてやりたい。孫たちも。それは、自分の手でつかまないと、と考えていますし。

・・ヒミツなのでうまく書けませんが、こちらから「よっしゃー、大丈夫、いけます、ここから応援しています~、のエール、勝手に送らせていただきます。

〇さんも大変でしょうが、大丈夫大丈夫、やれます。書いていて下さったことも、絶対に叶います。叶えましょう、叶いますとも。
力説で恥ずかしい(笑)。

・・・ * by ゴネコ
そうなのか、そうだったのか。

言葉になりません。

銀ちゃんは、婿さんに選ばれて、乞われてやってきた銀ちゃんは。
いろいろと過去記事を読読んだときの記憶が、ウルトラQのタイトルバックのように脳内でまざりあっています。

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NoTitle * by KUON
・ゴネコさん

わが家はここ15年ほど、大げさに言えば疾風怒濤の時代。会社潰れて競売で家を失くしたり、広くて借り手の無かった家を長女にオカネかりて借りることになったり(返しましたが)、そこにいる間に支援者が現れて会社を立ち上げて、年金も開始になって、どっちみち住まいは要るので、家賃も要るので、家を買うか、なんてことにもなったり。Iは何も動かなかったが、名義を若い彼にして、ローンを組んで。Iの両親はいるけど、今のお母さんの生んだ弟さんにすべて、渡したいような話。娘には、気軽でいいでないのと私は言います。

借家に移る前後に、娘婿のIくんが合流して孫娘が生まれ、Iくんはワンコを飼いたかったらしいが、借家では飼えないよ、ってことで数年がまん、現在の奈良の家を買ってほどなく、トイプーの銀ちゃんが仲間入りしたのでした。

銀ちゃんが来た日、一番初めに私に抱っこさせてくれた。元気に走り回って、お腹をぺたんとつけて笑顔ではっはっと。犬がこんなに可愛いとは、と。

Iくんは犬のしつけも厳しく、それはいいことでしたが、数年のうちに、誰も銀ちゃんに気軽に触れられなくなって。特にばあちゃんは、考え方が違うのでイライラしたみたい。で、銀が叱られるようなことになるので、昼間も私の部屋には入れないようになって行きました。銀はずっと、昼間は私の部屋でヘソ天(笑)で寝ていて、囲いから出してもらえないと、よく鳴くようになりました。何も食べさせないから出してやっていいかと交渉するとIは、鳴かせないようにする方法があるから、そいうするかと言いました。何か衝撃か痛みを与えて、の方法らしい。それは私はイヤで、銀を膝に置いて、話をしました。

「銀ちゃん、ごめんやけど、もう、ばーちゃんの部屋には連れて来れないの。勝手にお庭で遊ぶのも無しなの」

と。銀に解ったとは思えませんが、私から距離を置いてくれるようになりました。私だけでない、他の家族も銀から離れているしかないようになった。散歩も、Iだけが行くようになった。銀は彼の何より大事な犬で、囲いの中も清潔にし、食べ物も管理し、に私の年金開始の記念に、一緒に初めて旅行した時も、銀が気になる、と、ホテルの朝ごはん済むと早々に、帰って来てしまったくらい。仕事もあって、私の夫が銀ちゃん当番、つとめていたのでしたが。

Iと銀、いつも一緒で、くっついて昼寝しているのを見ると、ぜんぜんそれでかまわないわ、と思っていたのでした。

だから、何がどうなろうと銀は、ボスがしっかり面倒みてると思います。私は、銀ちゃんに会いたいとか、思わないようにしています。大事にきれいにしてもらって、元気で暮らしているので、それで充分です。

銀ちゃんのことだけ書きました。ご心配は頂きませんよう。ありがとう。

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2019-06-03-16:07 * - [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る NoTitle

コメント下さったヒミツの〇さん。

そうだったのですか。思いもよらぬことがありますね。いや、もしかして、小さな「?」は、あったのかも。でも、目の前の道を、進んでしまった・・孫息子の「やっぱりな」は、私の胸にズンと響きました。と言っても、現実を、一生懸命に生きて行くより無いのですね。いいとか悪いとかでなく、つまり、現実を。うしろ向いてあれこれ思うのは、もう少し後のことと私は思い。

仕事もダンスも(これも仕事ではあるので・・)家のことも、必死でやって来て、「お前はいいよなあ」としか反応してもらえない娘の、でも前行くぞ、生きたいぞ、人生はこれからだぞ、の姿に、いろいろ考えました。娘が「いい」とは言っていない。ただ、頑張りたい人間を、頑張らせてやりたい。孫たちも。それは、自分の手でつかまないと、と考えていますし。

・・ヒミツなのでうまく書けませんが、こちらから「よっしゃー、大丈夫、いけます、ここから応援しています~、のエール、勝手に送らせていただきます。

〇さんも大変でしょうが、大丈夫大丈夫、やれます。書いていて下さったことも、絶対に叶います。叶えましょう、叶いますとも。
力説で恥ずかしい(笑)。
2019-06-05-08:12 * KUON [ 返信 * 編集 ]

・・・

そうなのか、そうだったのか。

言葉になりません。

銀ちゃんは、婿さんに選ばれて、乞われてやってきた銀ちゃんは。
いろいろと過去記事を読読んだときの記憶が、ウルトラQのタイトルバックのように脳内でまざりあっています。
2019-06-05-10:11 * ゴネコ [ 返信 * 編集 ]

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2019-06-05-22:38 * - [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る NoTitle

・ゴネコさん

わが家はここ15年ほど、大げさに言えば疾風怒濤の時代。会社潰れて競売で家を失くしたり、広くて借り手の無かった家を長女にオカネかりて借りることになったり(返しましたが)、そこにいる間に支援者が現れて会社を立ち上げて、年金も開始になって、どっちみち住まいは要るので、家賃も要るので、家を買うか、なんてことにもなったり。Iは何も動かなかったが、名義を若い彼にして、ローンを組んで。Iの両親はいるけど、今のお母さんの生んだ弟さんにすべて、渡したいような話。娘には、気軽でいいでないのと私は言います。

借家に移る前後に、娘婿のIくんが合流して孫娘が生まれ、Iくんはワンコを飼いたかったらしいが、借家では飼えないよ、ってことで数年がまん、現在の奈良の家を買ってほどなく、トイプーの銀ちゃんが仲間入りしたのでした。

銀ちゃんが来た日、一番初めに私に抱っこさせてくれた。元気に走り回って、お腹をぺたんとつけて笑顔ではっはっと。犬がこんなに可愛いとは、と。

Iくんは犬のしつけも厳しく、それはいいことでしたが、数年のうちに、誰も銀ちゃんに気軽に触れられなくなって。特にばあちゃんは、考え方が違うのでイライラしたみたい。で、銀が叱られるようなことになるので、昼間も私の部屋には入れないようになって行きました。銀はずっと、昼間は私の部屋でヘソ天(笑)で寝ていて、囲いから出してもらえないと、よく鳴くようになりました。何も食べさせないから出してやっていいかと交渉するとIは、鳴かせないようにする方法があるから、そいうするかと言いました。何か衝撃か痛みを与えて、の方法らしい。それは私はイヤで、銀を膝に置いて、話をしました。

「銀ちゃん、ごめんやけど、もう、ばーちゃんの部屋には連れて来れないの。勝手にお庭で遊ぶのも無しなの」

と。銀に解ったとは思えませんが、私から距離を置いてくれるようになりました。私だけでない、他の家族も銀から離れているしかないようになった。散歩も、Iだけが行くようになった。銀は彼の何より大事な犬で、囲いの中も清潔にし、食べ物も管理し、に私の年金開始の記念に、一緒に初めて旅行した時も、銀が気になる、と、ホテルの朝ごはん済むと早々に、帰って来てしまったくらい。仕事もあって、私の夫が銀ちゃん当番、つとめていたのでしたが。

Iと銀、いつも一緒で、くっついて昼寝しているのを見ると、ぜんぜんそれでかまわないわ、と思っていたのでした。

だから、何がどうなろうと銀は、ボスがしっかり面倒みてると思います。私は、銀ちゃんに会いたいとか、思わないようにしています。大事にきれいにしてもらって、元気で暮らしているので、それで充分です。

銀ちゃんのことだけ書きました。ご心配は頂きませんよう。ありがとう。
2019-06-06-16:53 * KUON [ 返信 * 編集 ]