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Top Page › 日常 › 義母の祈り。
2019-08-01 (Thu) 17:26

義母の祈り。


昨日、17年の生涯だったというディープインパクトという馬が、走る姿を何度も観ました。

本当に美しい。崇高、なんて軽々しく言っては申し訳ない姿でした。

大きな賞をたくさんとって。引退して、種牡馬なる立場にいたそうで。サラブレッドは血統がすべてと聞きます。

読んだ記事のうちには、年間200回の操作が行われていた、などともありました。下世話なはなし、ものすごく無知で下世話な興味です、それって、ディープインパクトさん自身にも、何か楽しいことであったのかなあ、と、思いました。

馬の世界はまったくわからない自分です。走ってつとめを果たし、その後は良血統の馬を多く残す。それが、競走馬の一生なのでしょう、立てなくなったら安楽死をさせてもらえる。

・・・お疲れ様でした、ディープインパクト。私の、とても安物のセンチメンタルは、あの美しい馬が、どこかの、やたらに広い草原で、ぱかぱか楽しそうに駆け回っている姿を、ふと、思い描いたりするのでした。


九十二歳の夫の母が、明日、リハビリ病院を退院します。

杖にすがってあるけるようになった母の、明日からの日々が、穏やかであればいいなあ。先日会った時は

「人生100年なんかとんでもないわ。神さんには済まんけど、わたしはもう飽きた」

と言っていました。義母の「神さま」では、右手の薬指をつかさどる神さまが切って下さらないと、命を終えることができないそうで。


一緒にそう祈ってあげるわね、と、私もいっぱしに、そんなことだって言えるのです(笑)。

人生100年とか言ってるのは、それに、神さまではありませんしね。




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最終更新日 : 2019-08-01

ディープインパクト * by しまき
現役時代も種牡馬時代も他に追随を許さない偉大なる名馬でしたが、その余りにも名馬ゆえか?暮らしぶりは全くシークレットで、首の故障は知っていても、手術して予後がよくなく安楽死、ということに多くの競馬ファンは衝撃を受けています。
種牡馬のお仕事は非常に苛烈なもので、「年間」な馬もいるのですが(シャトル種牡馬といいます)成績のいい種牡馬は日本だけで供用され、そのシーズンは5カ月ほどです。5カ月で200回。これは近年の技術の発達によるものだそうで、何十年か前はトップサイアーと呼ばれる種牡馬たちもせいぜい100回でした。つまりそれだけ馬には大きい負担が現在かかるようになったのだと思います。
彼の父もまた偉大な種牡馬でしたが、16歳で死亡。ディープインパクト17歳で死亡。今回の手術も「種牡馬として復帰するため」のもので、どこまでも人間側が銭を希求した結果だと言えます。ちなみに彼の1回の交配料金は4,000万円という破格なものです。
今年体調の悪い中、20頭に対してお仕事していますが、その半分は海外からのオファーだったそうで、将来のお客に対してつなぎをつけるために、ディープインパクト自身には相当無理をさせたのではと思います。
彼の向こうに銭欲にまみれた人たちを見るようで、そういう意味では幾らマスコミが祭り上げても、競馬ファンにとっては微妙な思いがしてしまいます。穏やかな余生を過ごさせてあげたかった。ディープインパクトは死ぬまで現役でした。

* by KUON
・しまき さん

某サイトのコメント欄で、あなた様のコメントを、探し出して掬い上げるように読ませて頂いておりましたが、ここひと月ほどはお名前を見得ず。私の目が上滑りしていたかと。それはともかく。

知らないことを教えて下さり、ありがとうございました。何も知らぬと言いつつ、ある程度のことは、ぼんやりとでも察しておりました。

あれこれ、思うことはあれこれ。

>穏やかな余生を過ごさせてあげたかった。ディープインパクトは死ぬまで現役でした。

最後のこのお言葉に、あの一途な目の、あの優しいまなざしの馬を思い、胸が詰まりました。

* by しまき
思いがけず、温かいお言葉、ありがとうございます。恐縮しきりです。
ちなみに、コメント、書いております。ここ数日は忙しかったのと、私、政治に関してはコメントを書けるほど知識がないもので、ひたすら読み専門にさせていただいておりますが。
もうちょっとだけつけ加えてよろしいでしょうか。
年間お仕事をするシャトル種牡馬というのは、北半球と南半球を半年ごとに行ったり来たりしている馬たちのことです。というのも牝馬は春先にしか「ふけが出ない」というのが専門用語なんですが、まあそういうことで、それに連れて牡馬がお仕事するのも、春先だけなんです。というわけで、南半球と北半球で年に2回春が来るわけですね。
それと馬の寿命ですが、17歳というと、人間の50歳ぐらいらしいです。案外年寄りかとお思いかもしれませんが、大体のお馬さんたちは20歳以上は生きられるもので、一番長寿なお馬さんは40歳近くまで生きています。なので10代で亡くなった彼は短命の部類です。
もう一つ、交配料金ですが、1位が彼で4,000万円。2位の馬が1,500万円なので、その破格さが突出しています。中には無料の馬も結構いるのです。

今までコメントを書いたことはありませんが、毎回読ませていただいております。お勉強会のほうは、ただひたすら、読ませていただいて、美しいなぁ~とため息をつくことも多いです。上皇后陛下の短歌に対する解説は、食い入るように読ませていただいたものでした。
私は関東者なんですが、いろんなものに対する感性の違い、目を見開かせていただける大切なブログだといつも思っております。

* by KUON
・しまき さん

書いておられますね。よくわかりました。ニッコリ。

シャトル種牡馬とは。う~んと唸りました。このたび、あれやこれやと知ることになりましたが、こんな言葉は不都合かも、ですが。絞れるだけは絞り尽くす人間たち、その対象の一つが、若くして過労死したイメージを抱いた、この、ディープインパクトという馬にすぎないのか、と。

走ることは、喜びだったと思うのですが・・・。

元・皇后であった女性については、御尊顔を拝するさえ「イヤ~」になっています、歌人としてのあの方にも、複雑な思い。何より、才に溺れられたか、絶対にしてはならないことを。

天皇と言う立場のご亭主のために、なりかわって歌をたくさん、世に出したこと。

神事祭祀のうたを、くねくねと。沖縄の言葉で、ご亭主が詠めも詠みもしないうたを、これも堂々と陛下のうたとして世に出し、あまつさえそれは、歌曲とされてあの方々の神話を彩る存在になってしまってもいる。

娘さんのうたの形にして、水仙の花束を美化してもいる。誰も表立っては言わないが、皇后の立場のわかっていない、いや確信犯の所業でした。

これ以上は控えましょう。またいらして下さいね。

* by しまき
もう1頭のサラブレッドの死をお知らせしたくて、また一度コメントをお許しくださいませ。

シャルロットというサラブレッドが亡くなりました。
40歳でした。
サラブレッドの最長寿記録保持者です。それまでの記録を既に4歳以上上回っておりました。
けれどこの馬は、ディープインパクトとは全く対照的な馬生でした。
名馬の子として産まれたけど、走った場所は大井という地方競馬。そこで61戦し、大きな功績は何もなく。引退後は乗馬クラブを転々として。。こういう馬の行き先は芳しいものではないのですが、彼には神様がついていたのかも。2003年にとある牧場に引き取られます。それから16年
数年前、それまでの長寿記録だったシンザンという大名馬の年齢を超えてから、急に一般世間にも知られるようになり、応援するものが増えました。
そして彼は日々その年齢を更新していくことが、生き抜いていくことが、生きていく証となりました。
5月に40歳を迎え、お祝いもありました。写真も添付いたしますが、既に体は白いです。本当は鹿毛馬なんですが。
17歳で50歳相当と思われますが、では40歳というと、100歳相当なんだそうです。馬の年のとり方は人間とはちょっと違います。前の日までは食欲もあり、元気だった彼が、当日起き上がれなくなりました。
馬にとって起き上がれない、ということは、足等の壊死を意味し、苦しませないために安楽死となりました。
同じ安楽死でも、本当に違う意味の。こちらは世間的には全くお金にならないけど、愛されて幸福な一生を送った馬の物語です。

https://www.sanspo.com/geino/news/20190805/sot19080505010003-n1.html

上皇后陛下のお歌については、本当にお勉強になりました。私にはわからない、歌の隠された真意というものがある。日本に昔からある短歌や俳句の世界の神髄を感じました。ありがとうございます。

* by KUON
・しまき さん

大往生を遂げたシャルロットのことは、新聞で読みました。記録的長寿の馬だったのですね。しかも、晩年はゆっくりと、ゆったりと。40歳の誕生日祝いって。人も馬も、いい雰囲気で。
シャルロットのような馬生があれば、名のごとくディープなインパクトの裡に生を終えるサラブレッドもいる。いた。
やはり、鬣を風に飛ばして疾駆する馬を、見てみたい気持ちは、その死の無残ともいえる現実と別に、あるのですね。

シャルルロットの話題に和みつつ,機会があればぜひ、超一流のサラブレッドの疾走を、この目で見たいと思っている私です。

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ディープインパクト

現役時代も種牡馬時代も他に追随を許さない偉大なる名馬でしたが、その余りにも名馬ゆえか?暮らしぶりは全くシークレットで、首の故障は知っていても、手術して予後がよくなく安楽死、ということに多くの競馬ファンは衝撃を受けています。
種牡馬のお仕事は非常に苛烈なもので、「年間」な馬もいるのですが(シャトル種牡馬といいます)成績のいい種牡馬は日本だけで供用され、そのシーズンは5カ月ほどです。5カ月で200回。これは近年の技術の発達によるものだそうで、何十年か前はトップサイアーと呼ばれる種牡馬たちもせいぜい100回でした。つまりそれだけ馬には大きい負担が現在かかるようになったのだと思います。
彼の父もまた偉大な種牡馬でしたが、16歳で死亡。ディープインパクト17歳で死亡。今回の手術も「種牡馬として復帰するため」のもので、どこまでも人間側が銭を希求した結果だと言えます。ちなみに彼の1回の交配料金は4,000万円という破格なものです。
今年体調の悪い中、20頭に対してお仕事していますが、その半分は海外からのオファーだったそうで、将来のお客に対してつなぎをつけるために、ディープインパクト自身には相当無理をさせたのではと思います。
彼の向こうに銭欲にまみれた人たちを見るようで、そういう意味では幾らマスコミが祭り上げても、競馬ファンにとっては微妙な思いがしてしまいます。穏やかな余生を過ごさせてあげたかった。ディープインパクトは死ぬまで現役でした。
2019-08-03-08:43 * しまき [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る 

・しまき さん

某サイトのコメント欄で、あなた様のコメントを、探し出して掬い上げるように読ませて頂いておりましたが、ここひと月ほどはお名前を見得ず。私の目が上滑りしていたかと。それはともかく。

知らないことを教えて下さり、ありがとうございました。何も知らぬと言いつつ、ある程度のことは、ぼんやりとでも察しておりました。

あれこれ、思うことはあれこれ。

>穏やかな余生を過ごさせてあげたかった。ディープインパクトは死ぬまで現役でした。

最後のこのお言葉に、あの一途な目の、あの優しいまなざしの馬を思い、胸が詰まりました。
2019-08-03-17:35 * KUON [ 返信 * 編集 ]

思いがけず、温かいお言葉、ありがとうございます。恐縮しきりです。
ちなみに、コメント、書いております。ここ数日は忙しかったのと、私、政治に関してはコメントを書けるほど知識がないもので、ひたすら読み専門にさせていただいておりますが。
もうちょっとだけつけ加えてよろしいでしょうか。
年間お仕事をするシャトル種牡馬というのは、北半球と南半球を半年ごとに行ったり来たりしている馬たちのことです。というのも牝馬は春先にしか「ふけが出ない」というのが専門用語なんですが、まあそういうことで、それに連れて牡馬がお仕事するのも、春先だけなんです。というわけで、南半球と北半球で年に2回春が来るわけですね。
それと馬の寿命ですが、17歳というと、人間の50歳ぐらいらしいです。案外年寄りかとお思いかもしれませんが、大体のお馬さんたちは20歳以上は生きられるもので、一番長寿なお馬さんは40歳近くまで生きています。なので10代で亡くなった彼は短命の部類です。
もう一つ、交配料金ですが、1位が彼で4,000万円。2位の馬が1,500万円なので、その破格さが突出しています。中には無料の馬も結構いるのです。

今までコメントを書いたことはありませんが、毎回読ませていただいております。お勉強会のほうは、ただひたすら、読ませていただいて、美しいなぁ~とため息をつくことも多いです。上皇后陛下の短歌に対する解説は、食い入るように読ませていただいたものでした。
私は関東者なんですが、いろんなものに対する感性の違い、目を見開かせていただける大切なブログだといつも思っております。
2019-08-03-20:37 * しまき [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る 

・しまき さん

書いておられますね。よくわかりました。ニッコリ。

シャトル種牡馬とは。う~んと唸りました。このたび、あれやこれやと知ることになりましたが、こんな言葉は不都合かも、ですが。絞れるだけは絞り尽くす人間たち、その対象の一つが、若くして過労死したイメージを抱いた、この、ディープインパクトという馬にすぎないのか、と。

走ることは、喜びだったと思うのですが・・・。

元・皇后であった女性については、御尊顔を拝するさえ「イヤ~」になっています、歌人としてのあの方にも、複雑な思い。何より、才に溺れられたか、絶対にしてはならないことを。

天皇と言う立場のご亭主のために、なりかわって歌をたくさん、世に出したこと。

神事祭祀のうたを、くねくねと。沖縄の言葉で、ご亭主が詠めも詠みもしないうたを、これも堂々と陛下のうたとして世に出し、あまつさえそれは、歌曲とされてあの方々の神話を彩る存在になってしまってもいる。

娘さんのうたの形にして、水仙の花束を美化してもいる。誰も表立っては言わないが、皇后の立場のわかっていない、いや確信犯の所業でした。

これ以上は控えましょう。またいらして下さいね。
2019-08-05-06:51 * KUON [ 返信 * 編集 ]

もう1頭のサラブレッドの死をお知らせしたくて、また一度コメントをお許しくださいませ。

シャルロットというサラブレッドが亡くなりました。
40歳でした。
サラブレッドの最長寿記録保持者です。それまでの記録を既に4歳以上上回っておりました。
けれどこの馬は、ディープインパクトとは全く対照的な馬生でした。
名馬の子として産まれたけど、走った場所は大井という地方競馬。そこで61戦し、大きな功績は何もなく。引退後は乗馬クラブを転々として。。こういう馬の行き先は芳しいものではないのですが、彼には神様がついていたのかも。2003年にとある牧場に引き取られます。それから16年
数年前、それまでの長寿記録だったシンザンという大名馬の年齢を超えてから、急に一般世間にも知られるようになり、応援するものが増えました。
そして彼は日々その年齢を更新していくことが、生き抜いていくことが、生きていく証となりました。
5月に40歳を迎え、お祝いもありました。写真も添付いたしますが、既に体は白いです。本当は鹿毛馬なんですが。
17歳で50歳相当と思われますが、では40歳というと、100歳相当なんだそうです。馬の年のとり方は人間とはちょっと違います。前の日までは食欲もあり、元気だった彼が、当日起き上がれなくなりました。
馬にとって起き上がれない、ということは、足等の壊死を意味し、苦しませないために安楽死となりました。
同じ安楽死でも、本当に違う意味の。こちらは世間的には全くお金にならないけど、愛されて幸福な一生を送った馬の物語です。

https://www.sanspo.com/geino/news/20190805/sot19080505010003-n1.html

上皇后陛下のお歌については、本当にお勉強になりました。私にはわからない、歌の隠された真意というものがある。日本に昔からある短歌や俳句の世界の神髄を感じました。ありがとうございます。
2019-08-06-18:36 * しまき [ 返信 * 編集 ]

今も夢見る 

・しまき さん

大往生を遂げたシャルロットのことは、新聞で読みました。記録的長寿の馬だったのですね。しかも、晩年はゆっくりと、ゆったりと。40歳の誕生日祝いって。人も馬も、いい雰囲気で。
シャルロットのような馬生があれば、名のごとくディープなインパクトの裡に生を終えるサラブレッドもいる。いた。
やはり、鬣を風に飛ばして疾駆する馬を、見てみたい気持ちは、その死の無残ともいえる現実と別に、あるのですね。

シャルルロットの話題に和みつつ,機会があればぜひ、超一流のサラブレッドの疾走を、この目で見たいと思っている私です。
2019-08-07-08:34 * KUON [ 返信 * 編集 ]