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Top Page › みんなのうた › 師走のおべんきょ Ⅰ
2019-12-18 (Wed) 21:56

師走のおべんきょ Ⅰ

師走の「みんなのうた」おべんきょう始めます。今年も十二回目。欠けない快感。

詠み人さんのお名前。詠草です。詠み人さんからのメッセージ、詞書、など。KUONが書いている部分です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     アルジェリマン

見上げれば残照の空 捕獲器のイタチ静かに空へ渡りき

表記のままでまったく問題ないのですが、「見上げれば」。→「見上ぐれば」。と言ってもいい。二つ、声に出して感じ比べてみて下さい。・・・そうですか。イタチは空へ。あのテの動物の、目は、とっても可愛いと思いはしますけど・・。

身ひとつで駆け上がるとふ坂道の果てにひと刷け赤き残照

今の言葉で詠んでおられるので、「駆け上がるとふ」の「とふ」は、正確には「とう」になります。なんか納得できない、とふ、がいいのに、と思いますけどね。
「ひと恋ふは かなしきものと」とうたう「平城山(ならやま)」のなかに「いにしへも つまを恋ひつつ 越へしとふ」なる一節があり、ここの「とふ」の素敵さが忘れられない。

「ひと刷け赤き残照」いいですね。


彼方より夕陽目を射る川光る 泳ぎ渡るるヌートリアの影

「夕陽目を射る川光る」このたたみかけは成功しています。「泳ぎ渡るる」う~ん。お気持と離れるかも、ですが、「泳ぎて渡る」あるいは「泳ぎ渡れる」ではないかなあ。こんな光景を、ご覧になっているのですね。すっげえ。

姿良し窓辺の黒猫 金色の鈴か瞳か夕陽に光る

鳴き声に見上げる屋根にアオサギの影飛び立ちぬ 三日月淡し

三日月の前の余白が効いています。黒猫も美しい。


日だまりの黒猫見やり立ち止まる マフラーの老人帽子を直す

黒猫とあいさつ交わし老人は小春のどけき町を歩みつ

なかなかお洒落な「老人」さん。マフラーも帽子も、長年愛用の上質のもののように思います。「小春のどけき町を歩みつ」・・・この「歩みつ」。多くの方々がこう書かれますが、間違ってるです。「歩みつ」は「歩いた」ということ、歩みつつ、とは異なるし、この一首の納めの言葉となれば「歩いている」の「歩める」か、お気持とは離れるでしょうが「歩みぬ」とやるか。

縦縞のマフラー長めに一巻きし帽子に手をやり道渡る人

大英帝国っぽい爺さんだなあ。あ、失礼。

水色のコートの襟にはチンチラの 小さき老女の杖は花柄

この小さな老女さんも、おしゃれ。チンチラの襟巻も、むかしのものでしょう。よくお似合いなのだと思います。トシとるのは当たり前のことですが、こんな風なら、いいなあ。水色。花柄。


金の服真珠のブローチ首飾り あの諺の描写通りで

。この諺ですか。あの目つきの凄まじいご近影、わが国の内のことかと衝撃を受けてしまいました。

金色のスーツの皺の醸し出す 肉とワインの怠惰な暮らし


   今夜はこれにて失礼いたします。


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最終更新日 : 2019-12-18

質問です * by まめはな
アルジェリマンさまのお歌の、
「身ひとつで駆け上がるとふ坂道」は、固有の坂道なんでしょうか?
何か有名な伝説があるのですか?

お分かりになる方いらっしゃいましたら、教えていただきたく思います。

* by アルジェリマン
>KUONさま、
添削、ありがとうございます。

最初のうた、「見上ぐれば」でお願いします。

次の坂道のうた、「とう」でお願いします。
「と言う」だと三文字、使えるのは二文字なので、
KUONさんが「とふ」を使ってた!と真似したのでした。


ヌートリアのうたは、「泳ぎ渡れる」でお願いします。
ヌートリアを見慣れた私にも、すっげぇと思うシーンでした。

老人が「歩みつ」のうたは、「歩める」でお願いします。
「歩みつつあいさつした」「歩き出しながらあいさつした」、
そんな情景をローカル線の駅のホームから見たのでした。




>まめはなさま

この坂道は、あの黄泉比良坂(よもつひらさか)ではなく、
私のイメージしたものです。

自分ひとりがイメージしたものを、
さも万人が知る「あの坂」であるかのように、
「とふ」と書くと誤解されるかな、と思いましたが。


ゆるやかな暗い坂道ではなく、
明るい急な坂をイメージしています。
大事なものも、痛みも苦しみも全部捨てて、
この世からプツンと放たれて、
駆け上がるのですから。

ユーミンの歌に、「ひこうき雲」があります。


白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうがあの子を包む
誰も気づかずただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる

空に憧れて空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲


この歌にある白い坂道のイメージと、
「(棺には)何も入れるな」との父の言葉、
今までに何度か立ち会った火葬で、
白い煙は、青空にまっすぐに立ち昇っていき、
何もかも置いて身軽になっていったように見えたこと、
それで、「身一つで駆け上がる坂道、」としました。
私が思う「死のイメージ」です。

私の犬たち、父、いずれも勇敢に死んでいったので。

* by まめはな
アルジェリマンさま

丁寧な解説をありがとうございました。
身一つで駆け上がるとは、そのような深い意味でしたか。
そのように赴けたら、悔いはないでしょうね。

KUОNさま

場所をお借りさせていただき、ありがとうございました。

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質問です

アルジェリマンさまのお歌の、
「身ひとつで駆け上がるとふ坂道」は、固有の坂道なんでしょうか?
何か有名な伝説があるのですか?

お分かりになる方いらっしゃいましたら、教えていただきたく思います。
2019-12-19-11:42 * まめはな [ 返信 * 編集 ]

>KUONさま、
添削、ありがとうございます。

最初のうた、「見上ぐれば」でお願いします。

次の坂道のうた、「とう」でお願いします。
「と言う」だと三文字、使えるのは二文字なので、
KUONさんが「とふ」を使ってた!と真似したのでした。


ヌートリアのうたは、「泳ぎ渡れる」でお願いします。
ヌートリアを見慣れた私にも、すっげぇと思うシーンでした。

老人が「歩みつ」のうたは、「歩める」でお願いします。
「歩みつつあいさつした」「歩き出しながらあいさつした」、
そんな情景をローカル線の駅のホームから見たのでした。




>まめはなさま

この坂道は、あの黄泉比良坂(よもつひらさか)ではなく、
私のイメージしたものです。

自分ひとりがイメージしたものを、
さも万人が知る「あの坂」であるかのように、
「とふ」と書くと誤解されるかな、と思いましたが。


ゆるやかな暗い坂道ではなく、
明るい急な坂をイメージしています。
大事なものも、痛みも苦しみも全部捨てて、
この世からプツンと放たれて、
駆け上がるのですから。

ユーミンの歌に、「ひこうき雲」があります。


白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうがあの子を包む
誰も気づかずただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる

空に憧れて空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲


この歌にある白い坂道のイメージと、
「(棺には)何も入れるな」との父の言葉、
今までに何度か立ち会った火葬で、
白い煙は、青空にまっすぐに立ち昇っていき、
何もかも置いて身軽になっていったように見えたこと、
それで、「身一つで駆け上がる坂道、」としました。
私が思う「死のイメージ」です。

私の犬たち、父、いずれも勇敢に死んでいったので。
2019-12-19-18:49 * アルジェリマン [ 返信 * 編集 ]

アルジェリマンさま

丁寧な解説をありがとうございました。
身一つで駆け上がるとは、そのような深い意味でしたか。
そのように赴けたら、悔いはないでしょうね。

KUОNさま

場所をお借りさせていただき、ありがとうございました。
2019-12-21-15:45 * まめはな [ 返信 * 編集 ]