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如月のおべんきょう Ⅳ

乗ってから降りるまでバスの中には六人でした。一時間すこし主に食料品を買い、来た時と同じく六人乗ったバスで帰宅しました。いちばん地味なスーパーマーケットへ行ったのです

朝から雨でした。海も空も重く暗くて陰鬱、という言葉を思いました。昔の、アントニオーニの映画の背景みたい…。曇天の。ドラム缶の中に棒きれだか何だか浮かんでいた、あのシーンのあったのは、モニカ・ヴィッティが出ていた映画だったか。アラン・ドロンの映画でもあった?。テーマ音楽は、ニーノ・ロータでした?最近、映画館へ映画を観にでかけていません。

今は太陽が海を照らしています。明るい午後になっています。さっきは、陽に照らされて真っ白なヨットが一艘、静かに浮かんでいました。

カラスが、かあ、かあ、と鳴いています。

続けます。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     あいづや

お歌は、詠まれたものを感じる程度しかできませんが、大好きです。
よむのは全くの初心者で、語彙力も乏しく、文法や決まりごともよく理解できていませんが、
今年は少しずつ挑戦して行こうと勇気を奮い、投稿させて頂きました。どうぞ宜しくご指導下さいませ。

・懐かしき整髪料の匂いして車内に父の姿認めん

・気遣って無理しちゃいけない君からにしてと姉に託されし菓子

はじめは「車内にチラと父見し気のして」としていたのですが、
上下の句の終わりが「して」「して」と同じなのも変なのかな、と思い…。不確実でも自分の中では確信を
持っている時は、どの様なことばを使うのでしょうか?

硬くなった父に、無沙汰を悔やんで詫びていた時、ハッと電車の父の笑顔を思い出しました。
「ええよ、あんたとこは旦那がややこしいんやから無理せんといて」
生前に父が私気遣ってくれていた同じ声が聞こえたようでした。

思い返せば、あの電車の父は随分若い頃の顔でした。何かの機会に、高校生だった私と一緒に
電車に乗った時と顔が重なり、確信しました。あの匂い、間違いなく父が会いに来てくれたんだと。

(熱心に問いかけて下さるすべてに、ではこうして、とお答えできないのが残念です。おうた一首にしぼった感想を書かせていただきますね。

おうたの「認めん」は、一般的に、「認めよう」の意味になると思われます。決定されているのです。お気持ちは、そうだったのかも。私には細かくはわかりません。が、あれこれ読ませていただくと、「車内に父の姿(匂いも)認められたようですし、そこをうたっておられる。
お気に召すかどうかわかりませんが、「車内に確か父(亡父、でしょうか)を認めし」とか。「車内にわれは父を認めし」とか、に、なるのではないかと思われます。「認」の字を使わないなら、他の詠み方もあるでしょう。


     白萩

   KUONさま 恐れ入りますが2首追加をお願い致します。

・如月の風は冷たし 今少し花の咲むまで待ちませ吾子よ

・歌会に集える淑女の皆様に見守られし吾子しあわせなるかな


本当に有難う存じます。 医師からは1週間も持たず産まれると言われておりましたのが、おかげさまで10日経っても何とか保てております。
我が子の予定日は4月半ば、最近気付きましたが秋篠宮殿下の立皇嗣の礼の日でございました。
そこまでは難しくとも、せめてこの地に桜の咲き初めるころまでは待っていて欲しいなと思っております。

(そうですね、いま少し待って下さい、さくら色のベビーちゃん。大丈夫ですよ。

この二首は、まとめさせて頂く時に、一緒にさせていただきますね。


     かりそめ

(「どなた様も何首でも、幾度でも。」を、あら、書いてなかったと気づき、これは書かんとあかんですねと、加えさせてもらいました。いつでもそのつもりですよ~。来たれ~、と。

*さう言へば昭和ブルースよく聴きし空気よろしき時代でありし

(いろんな歌がありましたね。「空気よろしき時代」と読むと、ああそうだ、そういう時代だったんだ、と、思い直します。ちょっとやさぐれたり、すねたりしてても、人間の根っこってさあ、と、思わせてくれたりした?。トシヨリになった私は、今のうたぜんぜん良くない、と、としよりみたいなことを、感じています。

*しやぼん玉風船どれも春のもの軽やかに飛びどこへも行ける

*わが空を行くは旅客機ときをりは爆撃機めく音残したる

*河沿ひの町に春雨こころには幼き日々の思ひ出が降る

(いいなあ、としみじみします。今年の自分、「春」という言葉に過剰反応しているみたいです

   〈白萩さまのお子へ〉

*やんちやでいい生まれてからは でも今はじつと静かに育ちたまへよ

     あいづや

あの、闇深い高貴な界隈のことで申し訳ないのですが2月も半ばなのでもう一句…

・望月に月兎の心秘め宮を嗣ぎ行かむとの思ひ詠みしや

  (もちづきにげっとのこころひめみやをつぎゆかむとのおもひよみしや)


初めは「月兎の心」の部分を「贄の月兎」や「月兎の説話」とも考えたのですが…語彙力不足で、望月「は」か「に」、末尾の「や」か「か」も悩みました。
言わずもがな、眞子様のお歌に感じた思いをよみました。

この期に及んで眞子様擁護かと呆れられるかもしれませんが、どうかご一読お願い致します。喧嘩を売るつもりも毛頭ございません。

私は眞子様のお歌の、
「持ちつぎゆかな」を「持ち嗣ぎゆかな」と読みました。「月の兎」は、単に月に居る兎でなく、仏教説話『月の兎』の兎です。

「我欲を持ち続ける強固な意志」なら、「つぐ」だと居心地悪さを感たので。
そうではなく、「つぐ」為に持つ「思い」を、捧身の象徴としての「月兎」に込めて、
「もちつぎ」との音の遊びと「思い」の由来とを兼ね備えた「望月」の語を置き、「嗣ぎゆかな」という強い使命感と決意をお詠みになったのではないか、と。

勿論「嗣ぐ」のは若宮への皇統です。「継ぐ」と違い「嗣ぐ」には血統が必要なので、こちらの字で。(眞子様のイメージで「ひめみや」と並ぶ様にしたのですが、“愛子様に継ぐ”と見えなくもないので💦)

つまり、
「望月に月の兎の棲まうかと思う心」=内親王(皇族、皇族だが血を嗣ぐ事のできぬ身)として生を受けたご自分の在り方で、父系の血を嗣ぐ為に身を捧げる決意
ではないかと。

“お花畑の戯言”かもしれませんが、こう感じた方が私自身の気が楽だと気付きました。
どんな結果にせよ、それが眞子様の犠牲なのであれば、
「結婚」→眞子様の本意ではない
「KKと結婚したい」→破談か延期
と捉えられるからです。


(あいづや さん。私にはどう申し上げようのないことを、書いて下さいました。

おうた一首は、呼びかけに応じてお寄せくださったので、これは普通にいただきました。

最近こう書くことは無かった気がしますが、私は、人はそれぞれ皆思いがあり、それぞれの考え方がある、と考えております。どう感じようが自由。理由は書きませんが、議論はしたくない、押し付けないし押し付けられたくない、ご自分の強い思いは、ご自分の場でお願いします、と思っております。

面倒でもありますが、私が感じた違和感を少し。

「月兎」の仏教説話」は、おぼろげながら知っています。で、なぜ、天皇家の内親王様が、皇室の行事である歌会に出して来られるのか。それを、と不思議な感じはあります。少なくとも、あの眞子さまの一首にはそうとは書いていない。「継ぐ」という文字も「嗣ぐ」という文字も、歌会始めの詠草には見られません。ただ、読んだ誰かが、ご自分で「この文字だわ」と感じることを、誰も止めることはできません、それは「自由」なのでしょう。

なんだか「「この期に及んで眞子様擁護かと」と呆れられるかも、とか仰られると、えええ、私はいったい何なの?と、不快。私は「擁護」とか「あちら派」とか「こちら派」とか自分の中に無いもので決めつけられるのがイヤです。自分の感じるように感じるだけ、少なくともそうありたい。

眞子さまは純真、と思うのも、眞子さまはおバカさん、と思うのも、両方、本当です。

「“お花畑の戯言”かもしれませんが、こう感じた方が私自身の気が楽だと気付きました。」

それなら、そうなさればおよろしいのではないか、と。誰もどなたにも、こう感じろ、考えろ、となど、言いませんでしょ。

私の現実、リアル、は、なかなか「自由」には遠い。でも、私には、私だけの「思い方の自由」がある。それを、大切に考えておりますし。損なわれたくない、と思っています。

あなた様を、否定する気持ちはない。が、ご当人が書いておられないことを、どうこうと仰られる、こういう成され方には、疲れますので、関わりたくないです。ごかんべん願います。

きついこと書いておりますが、私の思いです。

「あの、闇深い高貴な界隈のことで申し訳ないのですが2月も半ばなのでもう一首…」

コメントの始めに書いておられる「闇深い高貴な界隈」。私の感じでは、皇嗣ご一家に対して「闇深い」という言葉はあたりませんし、では「高貴な界隈」ってどこのこと。内廷さんたちに対して「高貴な」感じは,いっさい抱いておりません。申し訳ない事ですが、こうしていちいち感じてしまう悪癖の持ち主です、私。



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Posted by今も夢見る

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あいづや

kuon様

この度は、いきなり不躾に自分の思いを長々と書き散らかした、大変失礼な投稿をしてしまい申し訳ございませんでした。
kuon様が~派だとかそういうつもりもなく全くの私の言い訳です。文のまずさや言葉足らずが、ご不快な思いを為さるかもしれぬ事に考えも及ばず、浅慮お詫び致します。

昨年皇嗣殿下が“光苔事件”を連想するお歌をお詠みになってから、皇嗣ご一家の置かれてらっしゃる状況や若宮様の身を案じ、週刊誌等に酷い言われようをされる度に“そうではなく…?”の思いが常にあったもので、思いをお歌にしてみたかったのです。けれど余計な部分が多過ぎました。その余計な部分を集約してお歌に託すものでしょうに。お恥ずかしい限りです。

それにも関わらず、とても丁寧にお応え下さって感謝致します。
仰って頂いたお言葉、有り難く胸に刻んで参ります。
たくさんの素敵なお歌を詠まれてる皆様にも、大切な場を汚してしまい、本当に申し訳ございません。
これからはまた、皆様のお歌を楽しみにさせて頂く身に専念し、自分もいつか、ちゃんとお歌に思いをこめられるようにお勉強させて頂きます。
最後に、
白萩様、どうぞお大事になさってください。 腕にお抱きになったお子さまのお歌、楽しみにしております。

2020/02/24 (Mon) 17:29

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