コロナの検査とか
病院の玄関には白衣の女性が立っていて、何の用かと聞かれる。今日から主人が入院を、と言うと、夫には腋ではかる数値の正確に出るという体温計を、私には、密着させないで測れるモノをピッとかざし、彼は36,3度、私は36,1度。とそれで院内へ入れた。
手続きをして上に上がる。四人部屋だが、かなりスペースにゆとりがある。。収納場所もばっちり。ていねいな言葉遣いのナースさんが来て、あれこれ教えてくれる、そして、病室内でなく、私のような付き添いの人間の待機場所で待ってくださいと言う。
明日に受ける処置について心外のドクターの説明を聞き、また違うナースにオペ以後のことなど聞き、解放されました。
十日間くらいの入院になるらしい。見舞いは遠慮して下さい、渡したいモノは係の方を通じて、と。隔離されるみたいな感じ。
フツーの、そんなに重篤でない心臓の病気である。が、ものすごく、病院のなか全体が、注意深くしている様子。
自分のとこから、ぜったい、患者を出したくない。そういう気迫に満ちているのだった。
先週の金曜日、お昼過ぎに突然、この病院の関連病院の院長先生とやらから電話がかかり、実は、と。昨日だったか今日だったか、コロナの検査ができるようになった、来週入院されて処置を受けられるご主人に、ぜひ、受けに来ていただきたい、今日の午後はどうだろうかと。
いかに夫ではあれど、私は本人ではない。電話が通じる時間なので、本人にかけてやって頂けますか、と、言った。帰宅して言うには、月曜日に行って来ると言う。へえ、呼びかけを受けたのか、と思ったが、ああ、そうなの、と、それはそれがいいでないのと思ったし。
この病気について、初めからいっさい、まったく、訳がわからないのが本当だった。が、パンデミックという言葉は、強烈なイメージだった。
あれよあれよとコトは進んで行くみたいだった。志村けんさんが、おそらくご本人さんは???のままに、命を落とされたことは、衝撃的だった。自分だけで済まない、ということも。それは大きなこと。
どこで感染者が何人、と報じ、死者がどれだけ、とも。どんどん、思っていたより事態はひどくなって、今年高校生になった孫は、入学式以後は自宅に籠るしかなく。社会人になった孫は、形ばかりの入社式のようなものも無いまま、動き始めて。
「その」検査は、いったい、どうすれば受けられるのか。どんな人が受けているのか。さっぱり分からないまま、外出を控え続けているしかなかった。
そんななか、いきなり、検査が可能になったから来て下さい、なのだった。今日の午後にでも、なのだった。
夫は、いざとなった時の自分の身について、無用な治療、延命について、かなり明確な希望を持っていて、私にそれを伝えている。文書にもしている。私もほぼ同じ考えを持っていると思っている。その夫が、その検査を受けると言う。
ついて行こうかと言うのを断り、一人で行って来る、検査する場所はきっと例のあれ、あれ、いるならいっぱいいるよ、あんたがそれを拾って来る必要は無い、と言う夫に、それはそうだね、とツルンと同意をし、行ってらっしゃ~い、と送り出したのだった。
それが、昨日のこと。まだ結果は出ていないらしい。数日中に出るらしい。どんな検査かしら、と考えたそれは、綿棒の長いので、鼻の奥の方の粘膜を、ぐりーん、とこそげ取る形式のものであった、と。インフルエンザの時にするみたいな。
聞いて気が抜けた、というのは、正直な話。
払ったお金について・・今まで、それをするのに幾らかかるのか知らなかった。どこにも示されていなかった。書かない方がいいのかどうか・・・ああ、そんなものですか、くらいの金額。5000円未満だった。自分から望めば「○○円」、夫のように呼び集められて受けたら、およそ四分の一、のお値段で、夫は、その検査を受けて来たのでした。自分の身近の、コロナ検査の話です。