FC2ブログ

五月のおべんきょう Ⅳ

みなさま、お変わりなくお過ごしでしょうか。私の住まう町は、ぼーちぼち、お店を開けるところも増えてきています。。どこへ行っても空いていて、非常に勝手なことを申せば、どこも空いていて、私には、歩きやすかったり座り易かったり。・・・。でもしかし。

自分も商売していた過去があり、神戸の震災の後の急激な客足の減少が不安で辛かったこと、覚えています。なにせ、手吹きのグラスやらガラスの動物やら(お雛さまも兜もあった)、店内ほぼすべて、割れ物ばかりのお店でした。ガラスの花もありました。薔薇や勿忘草。とても繊細なそれらを、たのんで作ってもらって、一輪一輪、そーっと取り上げて、花の位置を定めて、花束にして。夢のような世界でした。

店をなくして家を失くして、いま、手元にはほとんど何も残っていません。何かの折に、ふうっと思い出します。思い出の中に、ガラスの薔薇は、静かにしゃっきりとたたずんでいます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     honyanko

   皆さまのお歌を読ませていただくのがとても楽しみです。

☆ コロナ禍で会えぬ友への文なれば
  ケーキのシール散りばめ飾る

((なんとも。おんなには(あえてこの言い方を)このような楽しみ方がありますものね。きらきらと、ぴかぴかと。明るい色彩のシール。お友達にこの思いは伝わり、でもさ何も失っていないものね~と。無言の共感が流れる、のかなあ。優しい世界です。

☆ 子らたちが競ひ食べした豆ごはん
  今は夫と静かに食す

(豆ごはん。私も大大好きです(笑)。うたとして見ると、いささか惜しい。「子らたちが」は、間違いではないと思いますが、ごく普通に「子どもらが」などの方が、声に出して読む時に穏やかな気がします。「競ひ食べした」ここ。競って食べた、ということなら、そのまま。ちょっとゲームみたいに。おかずは塩昆布くらいでよくて。食欲旺盛、食べる気満開。
「競い食べした」「競って食べた」したほぼ同じですが、何かちょっと違うようでもある。こういう違いも楽しみたい。

元歌の「競ひ」の「ひ」が気になります。いつも、こうした「ひ」をお使いだったかな、ふと気になりました。どんな風に書かれても、もちろんオーケーですが、これはどちらかに決めておかれた方が、と思います。細かいこと申しますが。

たまあに、ちょっと、わかっていて旧やら新やら、使ってしまう、なんてのも、たのしいことではあります。

今は静かに豆ごはん。いいですね。


     アルジェリマン

しらじらと夜は明け初める雨の中スズメ鳴き交うツバメ飛び交う

緑陰に鳩見え隠れ葉が揺れる 青モミジには赤い花咲く

(非常に「空気」の感じが出ています。色彩が。雨に現れて清潔になった空気が。

雨の日は庭の水はけ見て回る 水溜りには落花沈めり

満開の花散らす雨地に滲みて木の根に届け花の香伝えよ

犬が掘る穴に土入れ肥料入れラベンダーなど植えるはおかし


一日で手のひらほども丈伸びて手のひらほどの花咲かんとす  (アマリリス)

(植物に遠く暮らしていて、へえ、とうなづくこと多し、です。ご自分の世界が確立されていて、それを詠んでおられるのだけど、だからと言って素材に手垢のついた感じにはならない。平凡にはならない。私も深呼吸してしまいます、ふううう。ああ、気持ちいい。



       今夜はここまでとさせていただきます。




スポンサーサイト



今も夢見る
Posted by今も夢見る

Comments 1

There are no comments yet.

honyanko

ありがとうございます

KUONさま
色々とおありの中、丁寧に見ていただきありがとうございます。2首目の解説を読ませていただき、そうか、そうなのねと一人興奮しております。競い食べは、実は私の里で祖母が、私や兄たちが、がっつくように食べていると、『ご飯は遊びじゃありません。競い食べしなくてもよか。たんとあるから。」といつも言っていたセリフなのです。なので、競って食べてと言う言葉がご指摘いただくまで思いつきもしませんでした。くどくど書きましたが、2首目は下のようになおしてくださいませ。よろしくお願いいたします。
☆ 子どもらが競い食べした豆ごはん
  今は静かに夫と食す
KUONさま、ご主人様、どうか体調が少しでも良くなられますように。
皆さまもお変わりなくお過ごしくださいませ。

2020/05/27 (Wed) 11:35

[Bron-Broen] designed by Akira.

Copyright © KUONのブログへようこそⅡ All Rights Reserved.