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岡本信のうた


朝からくもっていて。弱い陽光も感じない。海と空の色が同じ。水平線はうっすらと、でも、まっすぐに、水平線。

このところは背中から追われるごとき用も無く。部屋のなかは散らかっているが、気が滅入るほどのことでもない。いささか乱雑な方が私には居心地がいい。夫は夫で、自分の部屋を、気の済むようにきちんと整えている。すべて世は、ことも無し。

観られる時は野球の試合を観ている。タイガースの藤浪が画面に現れると嬉しい。すごくて当たり前のコなんだから、どやこや小せえこと言うな。と、思っている。

せいぜいお馬さんは人参くらいしかもらえないのだろうに、とか考えながら、競馬の大きな試合も観る。コントレイルもアーモンドアイも観た。えらかったね、がんばったね、なんて、不遜ながらパソコン画面の中のつやつやの彼や彼女のからだを、撫でさせていただいております。

古い動画も見聞きしております。

同い年に近い、ジャガーズの岡本信やカップスのマモルちゃんのかつての動画を、飽きもせず見ている。

岡本信の、きらめくような若い日々。声にも艶があった。

いつ見ても(聞いても、ではない)、歌をずらしていない。うたの初めに ゥ若さゆえ~、と、最初は無かったちいさな「ぅ」は入るものの、ずっと崩さないで唄う。これ好き。マイク持ってにっこりしながら合わせているひとたちとは違うんだよね、などと、勝手に信ちゃんをヨウゴしながら聞いている。いちばん初めから、ジャニさんたちには関心が無い。髪型がいつもいっしょとか、きしょくわるいのよ。私には。ここは、今日は書いたけど、もうきっと書かないところ。まあ、どーでもいいところ。

痩せて頬っぺたコケて、うわああ、って見かけになっていても、岡本信は、いつものように唄っていた。ホントにしんどい時だったのか、息が続かないでいた時も、声は出ていた。出していた。当たり前だろう、と、言えば、その通りです。が。

膵臓がいけなかったと言われている。若い時の何がどうとか。そんなことは、言いたい人が仰ればいいことで。いつだって、どのような場所だって(つまりどんな場末だって)、岡本信を呼ぶひと、呼ばれる場所はあって、周囲は呑んだり踊ったりしていたって、肩幅ぴしっと張って、サッシュベルトお腹に、岡本信は、変わらない姿勢で、自分の歌をうたっていた。

亡くなるニケ月前の、おそらく最後のテレビ出演だったという動画の、信ちゃんは。

まっすぐに立って、もしかしてよくは見えていない目で、一節、一節、一音、一音、ていねいに唄っていた。

はっじっめってえ~の~というサビの部分の声もしっかり出ていた。穏やかな目で、かすかに微笑んで、唄い終えて、東海林太郎さんのように礼をしていた。余計なもの(それが何なのかうまく言えない)すべては、色気や艶も、消え去っていた。ただ穏やかで、満足そうだった。

その二か月後に、一人暮らしの部屋の浴槽の中で、命を終えていたという。還暦を迎える一日前のこと。五十代の終わりの日に逝ったのね。

youtube 岡本 信(ザ・ジャガーズ) ♪君に会いたい




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今も夢見る
Posted by今も夢見る

Comments 22

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茉莉茉莉

最初に歌った時と違えて、崩した歌い方をしていく歌手が多い中、岡本信さんは初めて歌った時のように歌った。

岡本信さんもマモルマヌーさんも、誠実で美しい生き方をしたと、二人の煌めいていた時を知っている、老いた自分は思う。

2020/11/06 (Fri) 01:58
今も夢見る

KUON

・茉莉茉莉さん。

ホントにそう思いますね。あ、わたし、この「前」に頂いたコメントのお返事に、ちょっと失礼かな、ということを書いた気がしていて、申し訳ないきもちがずっとありました。
「不良ぽい」と、普通に書かれたことに、わたし、自分の思う「不良あるいは不良ぽさ」と、いきなり突き合わせて(そんな大ごとでもなかったのですが)、マモルちゃんはそんなんじゃなかった、と、お子ちゃまな反応をしてしまいまして。
ごめんなさいでしたね、きっと許して下さると思っていながら、やはり、きちんと「ごめん」いいたくて。ごめん、言うたから、赦して下さいね~。

いや。岡本信は、事実楽屋などではしもねたキングだったよう、私はしもねた大嫌いなので、それは本当なのでいいんですが、あのチャッピーとかいうお澄ましクンが、心底イヤそうに「信ちゃんはあんなんばっか」と顔をしかめたのが、腹立って(私は幼稚園児か)あ、延々と書いていたら朝になりそうです、チャッピ~、あんたイヤ、と、こっちの顔も歪んでおりまして。

こわごわ、ドキドキ、ユリちゃんとナンバ一番へ突入した翌年にはわたし、東京におって、いわばある種、私にも狂乱の時代。とはいえ、小心者で怖がりなんだから、何をできたわけではない。が、時代とシンクロして、マモルちゃんを間近に見上げて・・・なこともあった、かつて書いたジュリーさまのことやら。私には大きなことだったのね。

歌手として存在して、うたを丁寧にしていたヒトは、よかったのね、と、当たり前のことを思います。マチャアキなんかひどかったもんね、その他にも。

おっしゃるように、自分のうたを、大切にうたっていた人たちが、好きです。他にいっぱい書きたいですが、これくらいにします、コメントのラスト「老いた自分は思う」・・うう、そうなのね、私もそうですよね、でも、茉莉茉莉さんは老いてなんかいてはらへんよ。わたしもそうかな~、鏡みなかったら、老いた自分は見えないよお~爆笑。

2020/11/06 (Fri) 20:34

ラピスラズリ

古い動画随想

KUONさんはGSの思い出が蘇っておられるのですね。
私はYouTubeで偶然シェーンのダイジェスト版を見て目からウロコが落ち、立て続けにいくつかのシーンを見てすっかり魅了されてしまいました。

1953年の作品なのに内容も全く色褪せていないどころか各所に胸を揺さぶられるシーンがあって、子供の時や大人になってからもテレビ版などで何度か見たのにどういうわけか、最後のジョーイ少年のシェーン、カムバック!しか印象に残ってなかったことに驚くばかりです。
アランラッドという名前も別人のアランドロンしか記憶になかったのですが、全編深い感動を覚えました。

改めてシェーン以外の作品に出ているのをざっと見てみましたが、まさにB級俳優でシェーンはまるで別人のようで一世一代のはまり役です。
1913年生まれでシェーンから10年後アルコールとドラッグの過剰摂取で自殺とされたようです。
子供も4人生まれ息子は2人とも名プロデューサーになったりMGM の副社長にまでなったそうですから、子どもたちとは別の人生とはいえ、なぜそんな50歳の若さで死ななければならなかったのかと胸が痛みました。

シェーンで一躍有名になり名声を手に入れたのですが、ジョーイ役の少年もアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされたのに彼はノミネートさえされなかったことが或いは失意になったのだろうか、シェーンの大成功をどう思ったのだろうか、等と詮無い事を考えてしまいました。
実際のアランラッドはとてももの静かで華やかな所が苦手なシャイな人だったそうで私の想像通りで一層好きになりました。

とにかく調べてみたらシェーンに出ていた俳優の全員がもはやこの世にはいないのです。
あんなにそれぞれが生き生きと演じていたのに。
人は必ず亡くなるのだと分かっていたのに私もそのうちこの世から消えてなくなるのだと急に身近なものに感じました。

あの印象的な音楽とともにシェーンはワイオミングの大自然の中の見事な人間ドラマでまさに不朽の名作で改めて出会えて良かったです。

見事にシェーンを演じきったアランラッドと映画の魅力についてはとても短くは書ききれませんのでまた後日溢れる思いを書かせて頂けましたらと思います。
皆さんきっと一度はご覧になって感動されたことかあると思います。

2020/11/07 (Sat) 00:32
今も夢見る

KUON

・ラピスラズリさんこんにちは。

私も「シェーン」見ました、むかし。以前も何度か書いておりますが、アメリカの映画はそんなに魅かれないです。ヨーロッパの、しちめんどくさい映画が好きなんです。
シェーンは、たしかに、いい映画だったと思います。音楽もいい。
映画は、中学生の頃から、一人でよく観ました。「シベールの日曜日」を、単独で観た映画として記憶しています。ひっそりと観た記憶ばかりです。一人で映画なんて、正面向いて許されるものでもなく。でもたくさん観ました。

個人的な好みが出るジャンルですので、「後日溢れる思いを」のお言葉には、どうぞどうぞ、という気分にはなれない私です。正直なところ。失礼なら仕方が無いと思います。本気で書きましたよ。

2020/11/08 (Sun) 11:24

ラピスラズリ

思い残すことないように

鉄は熱いうちに打ては真実ですね。一番書きたいことを後回しにしたことを後悔していますが、この感動を語り合いたい人は既に回りにいませんのでここに残させて頂ければ。

ありきたりの西部劇のヒーローものではないことが一因です。
回りを渋い役者で固めます主人公がこれまでのヒーローガンマンとは真逆と言ってもいいくらい違っていたのが新鮮でした。
汗臭くてむさ苦しい男たちの中でシェーンだけは端正な顔立ちの細身の優男で物腰ももの静かで知的なのも異質でしたが、ここがスティーブンス監督がシェーンの役をアランラッドにした意図かもしれません。
銃の音響や撃たれて倒れる瞬間などリアリティーを追求し斬新な西部劇にしたかったそうですから。

シェーンがもし筋8568骨たくましい屈強な絵に描いたような西部の大男だったら、いくらハンサムでもジョーイ少年の母親を優しく見つめながらスマートにエスコートして素敵にダンスすることは様にならなかっただろうし、ジョーイ少年の目の前でスリムな立ち姿のまま遠くの大きな石を瞬時に吹き飛ばすガンさばきは映えなかったと思います。
あの瞬間からジョーイ少年のシェーンへの感情が強い尊敬と憧れに変わる印象的なシーンだったと思います。
側で母親も見ていることを知っていてその凄腕を見せたのですね。
気配を感じないわけありませんから。母親もまたジョーイと同じ感情を強く持つようになると分かる場面です。

シェーンの曲調が優しく変わるダンスの場面で幸せそうに見つめ合い踊りながら二人ともはっきりと互いの感情と別れが近いことを悟ったのではないかと思わせるジョーイ少年との別れに次いで切ない場面でした。

バーでの乱闘シーンで回りの汚れたモジャモジャ頭のなかでシェーンだけはサラサラのきれいな金髪であることに気付きました。しかも大乱闘なのに櫛で撫で付けたように乱れてないのです。
身綺麗で小綺麗な風貌のガンマンを初めて見ました。
それが少しも不自然でなく溶け込んでいたのもアランラッドを抜擢した理由でしょうか。

アランラッドは身長が低いことに強いコンプレックスを持っていたそうですが画面の中では少しもそんなことは感じさせなかったし殺し屋とのガン対決でも少しも見劣りしなかったのは彼の声質も大きいと思いました。
低音のよく通る声でしかも暖かみもあるのは声のトーンが一定ではなく意識的にか無意識か最後の方でふっと弱くなるんです。
ジョー少年に最後にしみじみと語りかける時によくその特徴が出ていました。
この声で殺し屋に既に勝っていたと思います。

最後の切ないシェーン、カムバックはジョーイ少年と母親と、見ている私たちの叫びでもあったのですね。

最後に声を限りにパパは戻って来てほしいと思ってるよ、ママもだよ!とシェーンに向かって叫びます。
ジョーイ少年は母親の気持ちをちゃんと分かっていたのですね。
それを最後にシェーンに伝えたのですね。
ドラマながら感動しました。

長いばかりで的確にシェーの魅力をお伝えできたか分かりませんが、私にとっては唯一最高の名作になりました。

有難うございました。

2020/11/08 (Sun) 15:21

ラピスラズリ

KUONさんへお詫びと御礼

私がシェーンへの溢れる思いと書いたから、多分に個人的な感情に走った聞いていられないような過剰に情緒的すぎる内容ではないかと想像されて率直に歓迎しないと仰ったのですね。

ですからそんな不快な感情にならせる文章にはならないように出来るだけ冷静に色々な視点から人物評も絡めてシェーンの魅力を語らせて頂いたつもりです。
断られたのにブログの場をお借りしたことをお詫びします。

私は元来感情移入することが苦手なタイプなので如何にもなお涙ちょうだいの悲恋や悲劇の物語やお定まりのハッピーエンドの安易な作りの映画は嫌いです。
琴線に触れないと感動しないのです。

シェーンは以前に見た時には何故かそれがなかったのは私自身に理解する素地がなかったのでしょう。深みのない人間だったのだろうと思います。
今成長したとは思いませんが、同じ映画なのに天と地ほども違う感情を持ったのでした。
母の生きていた時既にこの映画はあったのだから一緒に見て感想を言い合いたかったです。
母ならきっと私の言いたいことを分かってくれたでしょう。

遅すぎる出会いでしたが自分の中に一生大切に思える映画が持てて本当に良かったと思います。
この先出来るような状況になったら一度このワイオミングの雄大な自然景観を実際に見てみたいです。
そしてシェーンの英語が殆んど分かるようにこれからなるべく頑張ってみますか。

遠くの石を一発で吹き飛ばしたシーンのシェーンは生徒のジョン吉に風貌と表情が似ていたことにも気付きました。
今レッスンが続いていたらきっとシェーンを話題にして熱く語りジョン吉によく似てるよと言ったと思います。
ジョン吉も深い眼差しの人でした。

ブログの場をお借りして本当に有難うございました。

2020/11/08 (Sun) 21:35
今も夢見る

KUON

・ラピスラズリさん

ご自分でわかっておられた通り、同じ文面が二回届いていましたので、あとの分を削除させてもらいました。
以上、単にそれだけの事、今朝の海は、黒っぽい厚い雲が重なっていますが、その隙間から、よいしょ、よいしょとでも云いたそうに、今日の太陽が照らしています。

2020/11/09 (Mon) 07:29

アイリス@

岡本信の真面目な立ち姿、、。

こんにちは。
私の好きな話題でしたので、
ひょっこりはんで出て来ました!
ブログは毎回欠かさず拝見しておりますが
コメントは時々お邪魔いたしております。

岡本信は なくなる少し前までテレビで
歌っていました。
kuon様の仰る通り 全く昔のまま
崩さない歌い方で、
聴いている私の気持ちは嬉しかったのでした。
野口ヒデトも やはり歌い方は変えないでいてくれる人の一人です。
歌は歌手個人のものでなく、流行当時の
時代や世代の共有財産であるという自覚を持つ歌手のみが 若い時からの歌い方を
崩さずに歌っているのだと思います。

岡本信は 最後まで綺麗な立ち姿で
少し声量は落ちたものの 伸びやかな声で
歌ってくれました。
痩せてスーツが少しダブついていましたが
やつれたものの 美しい姿でした。

病気なんだね、、ってGS好きの友達と
電話で話した覚えがあります。

崩して歌う人はヒット曲を
自分のものと思っているのかもしれません。
こんな風に歌いたい、とか こんな所を
変えたら今の時代に合うとか工夫してみるのかもしれませんが、ちと間違っております。

ディブ平尾は崩し方が半端なかったけど
あの人はあれで良いです、彼の場合は
あれで正しい(笑)

かつて
私はジュリーのファンだった。
お化粧するまでのジュリーが好きでした。

皆様それぞれ考えがおありでしょうが
ジュリーはある時から GS時代の歌は封印してしまいました。いやだったのかな?

東京ドームでのピー参加の全員集合の
コンサートでは五人が皆さん
昔通りに歌ってくれたので嬉しかった。
あの頃は心に整理もついたのかしら?

またこの話題になったらひょっこりはんになりますわ!
寺山修司や、ディランセカンド、浅川マキ
長谷川きよし、好きです。
ですからkuon様がこの話題書いて下さると
嬉しいです。

当時の文化、雑誌、文章、私の心に
まだ色濃く残っています。

ひととき楽しませていただきありがとうございました。








2020/11/10 (Tue) 15:02

ラピスラズリ

アランラッドとブランドン・デ・ワイルドに捧ぐ

脚本がそう言わせたと言ってしまえばそれまでですが、ジョーイ少年は最後まで自分自身の言葉としてシェーンに自分の気持ちを伝えなかった。

パパがシェーンに戻って来てこれからも一緒に手伝ってほしいと思ってるよ、ママもだよ!
とあくまで両親の気持ちとして伝えたのです。

実際には Mama want you, I know she does!
ある映画評論家は、ママはシェーンが欲しいと言ってるよ、とジョーイ少年が言うんですよ、欲しいってすごいですよ、と解釈してたけど、この欲しいには生々しい意味はなく、ママもシェーンが大好きになってたんだよ、僕もママの気持ちが分かってたよ、シェーン、カムバック!
というニュアンスではないかと私は解釈しました。

英語のニュアンスだから推測ですが、シェーンに呼び掛ける最後の言葉が、Iknow she does! が深いし切ない最高の幕切れを演出したと思います。

シェーンとの出会いから別れまでこのジョーイ少年の純粋な汚れなき瞳を通して描かれたことも感動を深くした要因だと思います。
僅か10歳くらいの子役でありながらそうそうたるハリウッドの脇役を凌いでアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたのも今となっては納得です。
シェーンの魅力も大きいけどそれは多分にジョーイ少年の目を通して見た憧れのヒーロー像だったのですね。

不朽の名作として輝き続ける作品を代表作にしてアランラッドはそれからまもなく50歳で永眠しジョーイ少年を演じたブランドン・デ・ワイルドもわずか30歳の若さで交通事故で亡くなったのだそうです。
それだけに一層この映画の中の場面が煌めいて見えます。

くどい、しつこいと思われた方がいたらすみません。
この二人へのレクイエムとして捧げたくてまた最後に書かせて頂きました。

人生は短し、されど芸術は長し、です。

2020/11/10 (Tue) 17:12

-

上記の方、今はその感想をお聞きしたいのではないので、不愉快です。

2020/11/10 (Tue) 18:49

-

名無しで不愉快と書いた御仁へ

名指しで人を批判するなら自分も名を名乗りなさい。
それが最低限の大人のマナー。
嫌いな芸能人や特定の皇族などに対して不愉快というのは全くの他人であり第三者だから許せてもこのブログ内である程度は見知った相手に不愉快という言葉だけをぶつけるのは極めて非礼であり傲慢だと思うけど?
あなたは一体何者?
せめて内容を言葉で表現しなさい。

2020/11/11 (Wed) 00:01

ラピスラズリ

私も名無しになっていました

名前を名乗れと言いながら自分も忘れていては話になりませんね。
失礼、ラピスラズリでした。

2020/11/11 (Wed) 00:04
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KUON

・ラピスラズリさん

もういらっしゃらないで下さい。以上です。

2020/11/11 (Wed) 07:35
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KUON

・アイリスさん

デイブの歌の崩し方、ハンパじゃなかったけど、彼の場合はあれでオーケー、「彼の場合はあれが正しい」、胸のすくようなオコトバ。同感実感共感拍手喝采ぱちぱちぱち。

昭和25年生まれのわたし、GSはまさにど真ん中、思い出すことはいっぱい。当時わからなかったことが、いま、霧が晴れるようにわかったり。ああ、そうだったんだ、と。ジャガーズは、当時より今、聞いて、聞きごたえを感じています。楽しい時代だったなあ。

真木ひでと、仰る通り、自分の道を進んで、今も元気、今も現役。よっぽど自分を律する気持ちが強かったんだと思います。奥さんとワンコとお暮らしなんですよね。幸せでいて欲しい。

また、こんなことあんなこと、書きたいです。浅川マキ、長谷川きよし。今のいろんなこと、疎いままでいいわ。知らなくていいこと、知らないままで、自分の気持ちがシアワセならいいってことで、当分、行きたいです。マモルちゃん、あんなにセクシーな男はいなかったわ。カップスの話も、まだまだ、したいなあ。

2020/11/11 (Wed) 09:32
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KUON

・「上記の方、今はその感想をお聞きしたいのではないので、不愉快です。」

↑ のコメントを下さった方、ありがとうございます。

代弁していただき、なのに引っかかられて、申し訳ない事でした。今後もどうぞ、KUONのへたれブログをよろしくお願いします。まずは御礼まで。

2020/11/11 (Wed) 09:36

ラピスラズリ

最後のコメント削除されてました。
何年かブログにコメントを寄せ続けた相手にあまりに卑劣な仕打ちではありませんか?
最近の内容は首を捻ることが多かったですが最低限の儀礼は全うされたら如何ですか?
後生が悪いと思います。

2020/11/11 (Wed) 16:48

めくら花

KUONさん、岡本信さんを偲んでいたのに『ラピ…』さんが場違いな事を長々と書くので、つい無名でキレてしまった71才です。
ごめんなさい…そして庇ってくれてありがとうございます。
私もGS世代ですので、毎日楽しみにブログ読んでます。
デイブ平尾の『ママリンゴの唄』知ってますか?
時ちゃん(平尾時宗)の人懐こい笑顔、未だに思い出します。
長文失礼しました。またGSの事、沢山書いて下さいね。


2020/11/11 (Wed) 18:02

ラピスラズリ

本当に最後のコメントです。

発端は動画の話でKUONさんはGSの話で私はシェーンの話を展開した訳で全く的外れの話をしたわけではありません。
ブログ主さんにまで不愉快と言われては何かシェーンそのものにケチをつけられたようで残念でしたが、要は好意や信頼を持たれてない相手には何を言っても反発を招くだけだということを改めて自戒しました。

でも誰も興味を持たないような詰まらない作品を論じたわけではありません。
シェーンそのものはまさにいつの時代になっても輝きを失わないであろう不朽の名作として見た人全ての心に残り続ける一級の映画であることは間違いありません。

私のコメントを見て一人でも二人でも動画を見て改めてシェーンの魅力を感じて下さった人がいればそれだけで本望です。
西部劇を超えた見事な人間ドラマでした。
どんな言葉も無力でした。

2020/11/11 (Wed) 18:23
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KUON

・めくら花さん

どこかで聞いたフレーズだあ、めくら花、ああ、あの歌だ。浅川マキ「「む~か~し~の~ことは~忘れたよ~」あの歌ですね。「と~お~い~とこ~ろで~消えてった~、おいらのはた~ち、あんたのぬく~み~」。最近のことはすぐに忘れるが昔のことは、好きだったことは、細かく覚えている、こうしてブログなどを続けていると、次々にいろんなことに繋がって行く、それを追いかけるのがまた、楽しいなあと思うのです。
へんなとこでへんな遠慮を感じて、思い出して、そんなことを書いたりして、未練がましい。などと、ミズカラを制御する癖がついているのですが・・「めくら花」さんのコメント読んで、ふと、いいじゃん、なんでも思い出し放題じゃん、との気持ちが湧き上がって来ました。いいではないですか、ねえ。

話題の「時ぼー」デイブ平尾さん、確か昨日が命日。そのことも、書こうとしていたのですが、叶いませんでした。自分のブログですのに、そういうこともある。もういいや、こうして、初めてのコメント主さんと刹那の同感を楽しめることだって、ある。

71歳でしたら、ほぼ同い年。ほぼ同い年の方々が、こうして、あの時代を邂逅して、ということもあるのですね。なんか嬉しかったです。デイブさんは、歌を崩しても「彼はあれでいいの」と許されちゃう人でした(by、アイリスさん)63歳で亡くなって、テレビでそんな話が出て、これもマモルちゃんが「長い髪の少女」唄いながら、目元が潤んでいた。そんなことも、こうして書くと、また別の思い。

また、あの頃のみんなの話書きたいです。

2020/11/11 (Wed) 21:04
今も夢見る

KUON

・ラピスラズリさん

これで最後のコメント、と書いておられます。

何年か、いろいろ、お疲れさまでした。ありがとうございました。

また他の方のサイトで、懐かしみながら思い出すのでしょうね。御身、ご自愛ください、さようなら。

2020/11/11 (Wed) 21:09

茉莉茉莉

KUONさんが書かれる、寺山修司やGSのメンバー達の思い出話が好きです。KUONさんが若い時に直に接した人達が生き生きとして甦り、血の通った人物として立ち上がって来るようです。
煌びやかな時から、時を経て晩年へのエピソードも、心に沁みます。

青春時代が昭和で良かった。面白かった。平成・令和時代は大震災や自然災害が頻繁にあった割には、印象はツルツルの感じです。

2020/11/12 (Thu) 01:29
今も夢見る

KUON

・茉莉茉莉さん

思い出は、時につれて美しくなるものなんですよ。(笑)。
でも、痛くてたまらなかったことも、痛みさえ、美しいものになってくれる、ということは、ありますね、確かに。小さかったことが、ぼあんと大きくなって、あ、と膝をたたいたりして。あ、あれってそういうことだったのか、と。ワケわかんないでしょ、ごめんね、でも、そういうことだったんだ、ってことが。たくさんの出会いや別れや。セピアいろの幻覚のようになっていったこと、今なお鮮やかに耳の奥に住み続けていること。声が。声だよおお。

青春時代が昭和でよかった。それホントにそう。ね。得難い時を、持たせてもらった気がします。ますますその思いは強くなる。とりあえず、現実の些事は遠ざかったってことかなあ。フリルたぱたぱのベストスーツ着て、それらしい気分でいた自分の,幼ささえ、いとおしい、ってものだわ。(うへ)面白い服,着てたんですよお、あーたのしかったなあ。
いい気分にさせてもらいました、ありがとう。

2020/11/12 (Thu) 20:46

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