岡本信のうた
朝からくもっていて。弱い陽光も感じない。海と空の色が同じ。水平線はうっすらと、でも、まっすぐに、水平線。
このところは背中から追われるごとき用も無く。部屋のなかは散らかっているが、気が滅入るほどのことでもない。いささか乱雑な方が私には居心地がいい。夫は夫で、自分の部屋を、気の済むようにきちんと整えている。すべて世は、ことも無し。
観られる時は野球の試合を観ている。タイガースの藤浪が画面に現れると嬉しい。すごくて当たり前のコなんだから、どやこや小せえこと言うな。と、思っている。
せいぜいお馬さんは人参くらいしかもらえないのだろうに、とか考えながら、競馬の大きな試合も観る。コントレイルもアーモンドアイも観た。えらかったね、がんばったね、なんて、不遜ながらパソコン画面の中のつやつやの彼や彼女のからだを、撫でさせていただいております。
古い動画も見聞きしております。
同い年に近い、ジャガーズの岡本信やカップスのマモルちゃんのかつての動画を、飽きもせず見ている。
岡本信の、きらめくような若い日々。声にも艶があった。
いつ見ても(聞いても、ではない)、歌をずらしていない。うたの初めに ゥ若さゆえ~、と、最初は無かったちいさな「ぅ」は入るものの、ずっと崩さないで唄う。これ好き。マイク持ってにっこりしながら合わせているひとたちとは違うんだよね、などと、勝手に信ちゃんをヨウゴしながら聞いている。いちばん初めから、ジャニさんたちには関心が無い。髪型がいつもいっしょとか、きしょくわるいのよ。私には。ここは、今日は書いたけど、もうきっと書かないところ。まあ、どーでもいいところ。
痩せて頬っぺたコケて、うわああ、って見かけになっていても、岡本信は、いつものように唄っていた。ホントにしんどい時だったのか、息が続かないでいた時も、声は出ていた。出していた。当たり前だろう、と、言えば、その通りです。が。
膵臓がいけなかったと言われている。若い時の何がどうとか。そんなことは、言いたい人が仰ればいいことで。いつだって、どのような場所だって(つまりどんな場末だって)、岡本信を呼ぶひと、呼ばれる場所はあって、周囲は呑んだり踊ったりしていたって、肩幅ぴしっと張って、サッシュベルトお腹に、岡本信は、変わらない姿勢で、自分の歌をうたっていた。
亡くなるニケ月前の、おそらく最後のテレビ出演だったという動画の、信ちゃんは。
まっすぐに立って、もしかしてよくは見えていない目で、一節、一節、一音、一音、ていねいに唄っていた。
はっじっめってえ~の~というサビの部分の声もしっかり出ていた。穏やかな目で、かすかに微笑んで、唄い終えて、東海林太郎さんのように礼をしていた。余計なもの(それが何なのかうまく言えない)すべては、色気や艶も、消え去っていた。ただ穏やかで、満足そうだった。
その二か月後に、一人暮らしの部屋の浴槽の中で、命を終えていたという。還暦を迎える一日前のこと。五十代の終わりの日に逝ったのね。
youtube 岡本 信(ザ・ジャガーズ) ♪君に会いたい