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なんにも無い顔


作家の三島由紀夫があのことを起こして、50年だという。三島由紀夫は四十代の半ば、私は二十歳だった。あの日は東京にいた。
有名なその作家の作品を読んだこともあまり無かった。緻密で隙が無く、完璧に思えた、息も苦しいくらい完璧な文章だと、若い浅いアタマで決めつけていた。椎名誠の若い時代、おしゃれなイタリアンの店で皿洗いをしていたと書いているが、そこへ三島由紀夫が来て、とも書いてあった、後日に椎名誠の書いたものを読んだのだ、。女性もその席にはいて、三島は明るく軽く笑っていた、とあった気がする。椎名誠の本は、目につくかぎりは手に入れて読んでいる。
数日前には、ロシアの軍服を着た三島由紀夫、などという記事もあった。50年もむかしに自裁したひとのことを、どう言っても仕方のない話だが。
せっかく腹を切ったのに、その役を果たすべき森田某が、首を落とし損ねて一撃に、とは行かず、三島は苦しんで、舌を噛み切ろうとして、などと、これも後で知ったこと、その日に私が見たものは、なんだかどうでもいいみたいに、ごろんと転がっている、モノとしか感じられない、三島由紀夫の首だった。
しげしげと眺めたことを覚えている。白黒の写真だったが・・・あの写真はあの日、どこからどう来たのだろう、私は、千代田区の集英社のビルにいた、編集者と会っていた、その編集者S氏が、手渡されたそれを、え? みたいな感じで目を落とし、めがねをぐうっと押し上げて見つめ、チラリと私を見て、「見ておきますか」と言ったのだ。S氏は私を、とても大切に扱ってくれていた。いいもの書いて下さいよ、と、いつも言っていた、背中を押してくれていた。私はそれにこたえられなかったのだが。
私は、見た。初めは何なのかわからなかった。
死んだばかりの三島由紀夫は、後で記憶の上書をしたのだと思うが、逆三角形の上半身の目立つ、あの制服を着ていた・・のだと思う、いや違うか、白いシャツ姿だったか、実は私は、転がって動かない、三島の首だけを見つめていた気がする。
それは、不思議な顔だった。シミみたいに見えたのはおそらく血痕だろう、三島由紀夫は、どんな感情も有していない顔で、顔だけで、そこにいた。
強烈な印象だった。死ぬと、あのような、なんにも無い顔になる。


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今も夢見る
Posted by今も夢見る

Comments 2

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おおやまよしの

KUONさま

いわゆる「三島事件」から50年なのですね。三島はバルコニーでの演説から総監室に下がり割腹したと。その場での撮影を許されたのは誰なのでしょう。いずれにしても、常人には見えがたいものをご覧になったのですね。
森田某は上手く介錯出来ず、古賀浩靖なる人が三島と森田を上手に介錯したとか。剣道をやっていただけで、真剣がそんなに上手く扱えたとは不思議ですね。
三島事件は私にとってはなにもかも不思議です。演説と切腹で世の中が動くと、何故考えたのだろう。三島ならペンをしてもっと世の中を動かせたのではないでしょうか?
しかしまさに「血迷った」ようなこの事件に行動を共にした若者がたくさんいた。圧倒的なカリスマだったのでしょうね。

2020/11/30 (Mon) 17:11
今も夢見る

KUON

おおやま よしの さん

コメントをありがとうございます。私が二十歳と若かったせいも多分ある、そして、衝撃的でした。あまりにも。
その編集者さんと、いろんなコトに直面しました。とにかく「逃げないで見る、立ち向かう」くせを、つけてくれた恩人と思っています。
私には「たてのかい」は、理解不能、言ってよければナルシスト軍団としか思えなかった。四十五歳の三島由紀夫は、二十歳も歳の離れた森田某を、引っ張ったのでなく、逆に、エイ、と寄ったのでは?と、今も思っています。「もう、よかった」のではないか。

ただ。せっかくの決起が、相手方に本気に取られず、中途半端になった、誰が信じたでしょうと、私は、冷めて思う、ヘリが邪魔をし、声はとどかず、拳を振り上げての演説も緊張感足らず(現場的には)。もう終わりだ~、みたいな気分に、持ってゆかれて。だって、交わらなさすぎ、すべてが。三島由紀夫と現実とは、乖離し過ぎていた。と、思う。
三島由紀夫は、割腹しての死に憧れていた。それは、すぱっとなされるべきものだった、三島さんの美学として。端然と座して、腹に突き立てた刹那、名刀一閃、正しい位置に入った刃先は・・のはずが、一刀は外れて苦痛だけが襲い、森田必勝は何度も刀を振り下ろし、もういちにんがつまり、その役を果たした。
そんなはずではなかった、という場面になってしまった。二つの首は、なんとか並べてもらえたのでしたが。
眉目キリリとした相貌でなかったことが、私には、お気の毒に感じられたのでした。まさか写真撮られて、など、シナリオには無かっただろう。お気の毒です。
どなたかに叱られるかな、こんなこと書いて。
思うことはいいいいいっぱいありますが、私は、立ち上がるにさえ「あ、痛たたた」なんぞと悲鳴上げるおばあちゃんになりました、思い出すにしても、時々、ちょっとだけ、になろうかと思います。


2020/11/30 (Mon) 19:59

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