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返事の中までKUONです。
 幸せそうでした
樹木希林さんのお葬式の様子を、テレビで、少しだけ見ました。

祭壇に写真が(遺影というのか)あるのを見て、急に、本当に、悲しくなりました。

ご家族の方々、皆さま、ほんとにまともな、まっとうな人びとでいらして。樹木希林さんが生きて来られたその道のりのすごさを感じました。

内田裕也さんは、妻の顎の骨、ハンカチに包んでポッケに入れて。寂しくなったら齧っちゃうのかなあ。どうしたってもう、あの、ふところ深く大きな妻はいないんですよ、一人で泣くのもロケンロールかい。

本木さんも素敵だなあ、と思いました。今まで「もっくん」のファンだったことは1秒も無かったけど。いい男だなあ、ホントに。

その本木さんと結婚したのが、一番の親孝行だったと、泣きながらお母さんを偲ばれた也哉子さん。

変わった夫婦に女の子が生まれて。大きな駕籠の中に、也哉子ちゃんと名付けられた赤ちゃんを入れて、父親と母親になった二人が、両側から駕籠の取っ手をひとつずつ下げて。裕也さん厚底の靴はいていて身長差あるのに。

笑いながら歩いていました。

あ、危ないなあ。その写真を見て、危なっかしさに背筋がブルブルした記憶があります。

也哉子さん、その写真の中のお父さんとお母さんは、若くて、髪が二人とも真っ黒で、そして、とても幸せそうでした。

也哉子さんを提げて、ご両親、幸せそうだったのでした。



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 *  分類 : 胸の痛いこと
自動通知機能 : -  *  伝言 : 9  *  記事編集  *  2018年10月01日(Mon) 20時52分
晩年は樹木希林を自然体で演じていたのでは
寺内貫太郎一家と時間ですよ以外は映画もテレビも見たことないのですが、特に晩年になってからのユニークな生き方を含めた言動は自然体に見えるけど巧みに演じていたのではないかと思うのですが。

悠木千帆時代の結構ハチャメチャな言動もあれが素だったかと思いきやあれも演じていたのかも知れず、本当の啓子さん
はどちらに近かったのかな?
家族以外には最後まで用心深く素を見せることはなかったのではないかと勝手な想像です。

番組の制作途中なのに大物プロデューサーの番組内不倫を暴露したりかなり傍迷惑な言動は下手すると落語一家の中の泰葉になりそうな危なっかしさも一面てした。

今の演技派女優に脱皮したターニングポイントは内田裕也と迷惑をかけられ続けながらも絶対に離婚せずに添い遂げる姿勢を貫いたことではないでしょうか?

裕也氏のハチャメチャな大騒動が世間を賑わす度に寛大に受入れてびくともしない生き方がむしろ評価を高めていったのは他の問題夫を持つ女優たちが被害者なのに世間からバッシングされて評価を落としていったのと大きく違っているのは興味深いです。
希林さんの場合は愚かとは言われずにむしろ賢妻のように扱われるようになりましたから。

まさに災いを転じて福となした訳ですが一人娘をほぼ一人で立派に育て上げ 真面目な人を婿として迎え堅実な結婚をさせて二世帯同居で幸せな家庭生活をしていることも好感された理由かもしれません。

長年の真摯な努力を眞子さんの結婚話でぶち壊した秋篠宮夫妻と大きな違いですね。ここまで明らかな親としての格の違いが恥ずかしくないのでしょうか?

長年病を抱え痛みとも闘っていたのにその苦悩を一切周りに見せず最後の最後まで現役の女優として人生を全うしたその潔さに心からご冥福をお祈りします。

好感度の高い樹木希林を全うしたことは或いは本望だったかもと思います。
2018年10月02日(Tue) 09時00分       編集
・ラピスラズリさん

いつも思うこと。何をどう見てどう感じるか考えるかは、個々人の自由。あなた様が、女優としての樹木希林さんをほぼ見ておられない中、このたび旅立たれたあの方をどう捉えられるかは、あなた様の自由なわけで。私の思い方と違ってもそれは、当たり前のことだし、これもいつも思っていてここに書いているように、私は、議論をする気はありませんので、いただいたコメント、読ませてもらいましたよ、と申し上げるだけです。ただ一点、以下のことには少し、書いておきたいと思います。

>番組の制作途中なのに大物プロデューサーの番組内不倫を暴露したり
>かなり傍迷惑な言動は下手すると落語一家の中の泰葉になりそうな
>危なっかしさも一面でした。

この、大物プロデューサー亡くなっておられる久世某氏のこと。向田邦子さんのドラマなど秀作が多かった。独特の世界を作り出しておられました。その久世氏が、若く無名の女優をみごもらせた、放置しようとしている、ということを、希林さん、発言されたのでした。番組内不倫、というより女優は一方的に絡めとられて子を宿して、立場がうんと上の歳もうんと上の男に、知らん顔して放り出されようとしていたのでした。それを希林さんは、見ていられなかったのではなかったかな。
私の記憶の中の、かなり朧な話ではあります。当時の感じでは久世氏は、いささかの名家の出、それも加わって、若い女優の卵は、「お前ごときのせいで、天下の久世が名を落とすのか」みたいな扱われ方をしていた記憶があります。

他に、希林さんがあえて「暴露」したこと、ありましたかね~。傍迷惑って。私には、この言葉は、納得行かないですよ~(笑)、っと(笑)。

申し訳ないですが書いてしまいます。落語一家のあの、って。私は以前から、あの「おかみさん」が、苦労話や人情話を、あちこちで講演したりされてる頃からそれ以前から、あの家の女の人たち、苦手です。なんとも苦手。で、いま、自分では何もできない何もしていない、としか思えないあの、次女ですか、出てくるとイヤな言葉や話ばっかりの、あのお方。あの人と、樹木希林さんが、なじぇ、どうちて、一緒くたに語られる破目になっちまっているのか、とっても不本意で、不思議なのでありました。

私の感じ方、私感ですので、そこはご了承いただきたく。議論はしません。


2018年10月02日(Tue) 20時42分       編集
樹木希林
樹木希林さんの娘さんの遺族としてのご挨拶は、エッセイを読んでるようでした。
個性的な父親と母親でしたけど、父親不在の中で樹木希林は、真っ直ぐで感受性豊かな
女性として也哉子さんを育て上げました。 立派です。

本木さんは今まで興味がありませんでしたが、也哉子さんのご挨拶の中でのお話と
本木さんのお葬式の時の会見で、内田家の要となる良いお婿さんだったんだと思い
ました。

不倫の末結婚した、久世光彦氏の奥様の久世朋子さんは、久世光彦氏との日々の本を
出版していますが、瑞々しい文章で読み応えがありました。

二年位前に久世朋子さんの書いた文章を、小説雑誌で読みましたが、久世光彦氏は
内緒で自宅の近所で、若い女性と付き合っていて、子供までいたことが書いていました。

芸術家は一人の女性では満足しないのですね。そして因果はめぐる。




2018年10月03日(Wed) 01時52分       編集
傍迷惑とは
KUONさま
ご意見有り難うございました。それぞれの人間の感性やものの見方は違っていて当たり前ですから私も議論なんて全く思ってはいませんよ。

下手するとと但し書きをつけたとはいえ泰葉を持ち出したのは間違ってましたね。それは反省します。

若い頃の悠木千帆時代の言動はやはりエキセントリックと言うか変わっていました。
婚約会見の間中タバコを吸っていたとか普通あまりしない無作法ですよね。
それを平気でする一面があったと言うことです。
悠木千帆で売れ出したのにその名前を改名ではなく売りに出したというのも代わってました。

これらは全て自分に関わることだから何を言われることもないですけど久世氏の不倫を暴露したことは大いに回りを巻き込み迷惑も及ぼしたのではないかと言うことです。

その女優に同情してその扱われ方に義憤を感じてのことだったにせよ、爆弾発言として大きく世間を揺るがせた訳で、企業内の不正の身を賭しての内部告発とは全く違い愚かな行為だったと私は思います。

久世さんの作品の中で自身大きく人気者にもなっていったわけで謂わば恩人ですよね。
その恩人を窮地に陥れたことは恩を仇で返したことにはならないのでしょうか。

久世氏は真に大物でそんなことで潰れる才能打はなかったからあの時代もあって消えることはなかったけど、もし久世氏が干され仕事を失い作品の現場から追放されていたら悠木千帆さんの怨念は晴れたかもしれないけど、仕事の場を失う人たちの立場を誰が守ってくれたでしょうか?
久世さんの家族の受ける打撃と痛手を考えてなお選んだことでしょうか?

以上のことを考えるとやはりあの告発は罪だったと思うし私ならしないと思いました。
 
恩知らずは最低の人格で、自分の生活を犠牲にして全身全霊で寄り添い守ってくれた浜尾さんの葬儀に行かなかったナルと行かせなかった歪んだ母親を到底許せないのです。

晩年希林さんはあの告発をどう思っていたのでしょうか?
忸怩たる思いは全く頭を過ることはなかったのかとふと思いました。
2018年10月03日(Wed) 18時20分       編集
・茉莉茉莉さん

その「ともこ」さんは、みずみずしい文章を書くひとだったのですか。色々な本を、よくお読みですね、勉強になります。で、久世さんはそのともこさんと結婚後も、新しいカノジョを近辺に住まわせて、お子まで成していたと。誤解と顰蹙を覚悟で書きます、魅力のある人間のところに,異性同性、あつまって来るのは、理屈でない仕方のないことだと考えています。でも、20も年下の若い女優を、おなか八か月にもなっている状態の彼女を、周囲公認の形で身辺に置いていた男って。私はイヤだなあ。むかし聞いていた話と、今日などに読んだ、知った話と、なんだか変わっていて、???です。
もうここには触れないでおきます。私自身が特に語りたいことがらではなかったのですし。

希林さんのご家族を素敵、と感じる気持ちはどんどん増しています。今後はもう、私の日々には関りの無い人々になって行かれるのでしょうが、娘さんもその夫さんも、まともな人たち、いいなあ、と。裕也さんも、妻の死後に対面して(本木さんの云いによれば)

「(死に顔は)きれいだった、昔からきれいだと思っていたんだよ」と言われたと。初め聞いた時は「美人だと思っていた」でした、どちらがどうかは判りませんが。

希林さんは、すごい女優だったけど、美人女優さんではなかった。どんどんいい顔になっていったけど、美人ではなかった。ご本人もよおく知っておられたでしょう。その奥さんに「きれいだと思っていたよ」って。優しい男だなあ、と、じんわりしました。私の感じ方です。



・ラピスラズリさん

ご丁寧なコメントをありがとうございます。

申し訳ないのですが、私は私流に、ここ10年くらい、とみに好きになって行った一人の女性の死を、しんみりと悼みたいのです。よろしいでしょうか。


2018年10月03日(Wed) 19時27分       編集
内田裕也さんは、樹木希林さんの事をきれいだった、美人だとも言っていました。

不良男の純情と優しさは、心に染みます。

樹木希林さんの御家族は聖家族のようです。
2018年10月03日(Wed) 21時26分       編集
・茉莉茉莉さん

内田裕也と悠木千穂の結婚のころ。どこがいいかとかどこが好きかとかのインタビューに答えて彼女が

「久しぶりに〇〇の気分になったのよ~」と満面の笑顔で。初めの夫の岸田森に似たタイプだなあと、私は思っていました。別れてからまるで男っ気が無かったのに、裕也と「〇る気に」なったと言ってたの、忘れられません。

信仰に頼ったとも言われていた。ダンナが出て行って、勝手なことしていて、わかっていたとはいえ、並大抵な歳月ではなかったと思うのです。

「朝日の当たる家」私も大好きな歌。初めて聴いたのはアニマルズの。いろんな人が歌っています。裕也さんのその歌に送られて死にたいと生前、おっしゃっていたのですね、希林さん・・今日、その歌を聴いていました、白髪の内田裕也が歌っていました。

ロックだのなんだの、不良だか何だか。ものすごく真っ直ぐな、信じられないくらい真っ直ぐな歌で。

・・一度書いたことがある、昔、その裕也さんに、白昼、人のいる中で突然、どストレートに言われた事があった。やろう。やらせて下さい、と。近づいて来て、真正面に立って、一生懸命に言うのですよ。びっくりですよ。私は「私はジュリーのインタビューの、そばについていていいってことで来ていて」と。嘘も外しもようしないで答えた。内田氏は、なにい、と身をひるがえし、沢田ぁ、と呼びながら、ロンドンブーツどたどたと室内を(某雑誌の編集室だった)走り出て行きました。めったにないシュールな体験で、覚えています。このたび娘の一人に話したら、最悪の断り方~と笑われました。そこなのかなあ。

2018年10月03日(Wed) 21時55分       編集
「やろう。やらせて下さい」真正面に立って、一生懸命に言うなんてストレートで
男として可愛いです。

芸能人と文化人は、文才とか才能ある美少女・美女は見過ごせないのです。
惹き付けられ、ほっときませんよ。

美少女・美女好きの寺山修司氏にも、目を掛けられたんですよね。

KUONさんは、キラキラした雰囲気のある美少女・美女だったことでしょう。

「朝日の当たる家」はアニマルズ、内田裕也 両方とも好きです。心に染みます。
2018年10月03日(Wed) 23時47分       編集
・茉莉茉莉さん

書かない方が多分よかったことを、書いてしまったので、余計な言い訳します。

私は、キラキラした美少女でも美女でもなかったです。今より20数キロ体重は少なかった。メガネかけていて、髪は肩までで、ジーンズはいていてロングベストとか羽織っていて。指輪いっぱいつけていて、皮膚は丈夫でニキビ出たこと無かったです。キラキラではない・・中身はヘタレでも、ドスのきいた外見だったかも知れません。今は、ころころして、ぜんぜん危なそうでない、よく道を尋ねられる人です。消さないですが、できたら忘れて下さい、と勝手なことを。

2018年10月04日(Thu) 07時35分       編集






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