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返事の中までKUONです。
 神嘗祭の日に。

毎年10月15日~17日に行われている《神嘗祭》が今年も伊勢の地で始まりました。年間1500回以上もあるといわれる伊勢神宮のお祭りには稲に関わるものが多く、この《神嘗祭》は一年で最も重要で最も大きな祭儀です。“神宮のお正月”とも称される《神嘗祭》。神宮の祭りの頂点たるゆえんを紐解けば、改めて心に刻んでおきたい、私たちが暮らす瑞穂の国の原点ともいうべき、稲作の歴史や伝統が息づいていました。

・・・ということなのでありますが。この日、15日、東宮三人組は、映画を見に。まさこさんとやらは、とても嬉しそうにニコニコ。愛子さんとやらは、私のみるところ、この日の愛子さん=以前、やはり三人で岡田准一の映画を見に行った、あの時の愛子さんですね。

少し顎がしゃくれていて、横から見た時の後頭部の短い、小柄気味の、あいさつの出来る「愛子さん」。人前へ映画鑑賞、という時には、この愛子さん、と決められているのか。夏休みに貝殻ひろって見せていたのとは違う人、と、私は確信しております。
あの映画の時より、わざとかどうか、うんと太った愛子さん、になってはおられますけど。顔見たらわかりますよ。

まさこさんとやらも、愛子さんとやらも、福士蒼汰を目の前に、楽しそう。

役者買いとか相撲取りを買うとか。はいつくばって働くことの無いおんなのひとが、目の保養(時にはもっと違う保養)することって、あった、昔から。

でも、原資は、父親だの夫だの囲っている男だの、そういうあたりから出ていた。

税金で暮らしていて、鑑賞ごこーむだかなんだか、ニタニタと、目の前の色白長身イケメンの俳優に、とっても愛想のおよろしいまたこたま。

あ、こりゃほんまに、厚かましい話ですわいなあ。神宮で何があろうと、知ったことではないひとたちですね。

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仮置き///////////////////////////////////////////11,3

2015年12月30日
ある噂について
噂の真相 二〇〇四年 三月号
                      ●レポーター 上原善広

そして、最後に触れておきたいのは、ある部落出身者が皇族に嫁いでいるという 事実だ。皇族と部落が重なっている、まさに日本最大のタブーなので、報道されたことは一度もない。ある関係者からその確証を得て今回、わたしは実地にその部落 を見に行ってきた。 何県かということもここでは控えたい。そこは、今は廃れてしまったが、元は有名な城下町。その人の住んでいた場所の裏にひっそりと、忘れ去られたように白山神社が建っている。その周囲はボロボロのバラック様の建物ばかりで、N ・Aの出身地よ りも田舎だけに、そのみすぼらしさはよく目立つ。もちろん未指定地区になっている。ここの出身者が皇族に嫁いだということで、地区指定を見送られたのだ。そのため、行政による環境改善はほとんど入っていない。かつてMと呼ばれたこの地区は、その昔は湿地帯で住みにくいところだったと、明治以前の記録に残されている。この地域の城跡はここから数キロは離れたところにあるのだが、実際に城があった頃は、この部落の近くまで勢力があった。城の追手門跡は、実にこの部落の至近に設置されている。長吏や牢番を代々担当してきたのは部落民だったため、昔の城の近くには被差別部落が置かれることが多かったのだ。つまり、問題は、皇族ですら、部落民を身内として受け入れているという事実があるということだ。だからこの点に関しては、意外に皇族の方が進歩的といえるのかもしれない。この結婚に関しては、当の皇族本人が強く希望したため、宮内庁をはじめとする周囲も押し切られたとされている。まさに快挙といえる話ではないか。



実話ナックルズ 2004年7月号
J D T      群馬県T部落   文・上原善広
同 和 地 区 指 定 さ れ て い な い 理 由 あ り の T 部 落

群馬県T駅に降り立ったのは午後3時くらいだろうか。私は駅を出ると横を通り 駅舎の裏側に出た。 部落は必ずしも一律全てが悪条件な場所にあるのではない、ということを以前 に書いたが、ここはそれとは正反対。いわゆる今までの偏見どおりの、条件が悪 悪い部落に入るか。 以前の地名は「××町」といい、道端の案内板によると、 昔は湿地帯の中を曲がりくねった道が続いていたので、それで××とつけられたと、道端の案内板は解説している。 ここは非常に説明しにくい部落だが、非常に貴重な部落でもある。なぜなら、ここから女性が一人、皇族に嫁いでいるからである。そもそもこの土地につ いては、ある研究者の方に紹介していただいて知ったのだが、最初は私も半信 半疑であった。しかし今回実地に歩いててみて、それを確信するに至った。

まず、日本有数の企業N社がここから誕生しているのだが、女性はその社長 の娘だった。地元では「粉屋の娘」と呼ばれていたという。何代にもわたって 記録的な成長を続けてきたこのN社だが、それはやはり「差別からの脱却」が まず根本に、怨念のようにあったからであろうと思う。江戸期から商いに奮闘 してきたその歴史は、彼の地にあるN記念館でも辿ることができる。老舗の醤油 屋も現在彼の地にあるが、その醤油屋から分家してできたのがN社である。「こ な屋」と「醤油屋」はいずれも女性の一族の経営で、 故に彼の地ではうどんが 名物となっているが、これは不味いのであまり有名でない。醤油もそう良質な 醤油でなかったと聞いている。

駅の裏にはそれらの工場群が散在する。日本を代表する大企業であるから、本社はずいぶん前に東京に移してあるが、工場は小規模ながらまだこの発祥の残っている。いずれも古い施設だ。その工場の一つをぐるりと回ると、その裏にひっそりと、これもまた古ぼけた白山神社が祭られている。白山神社の周囲には廃屋と呼んでもよさそうな、朽ちかけた家々が並ぶ。ここは女性が皇族へ嫁いだため、行政から同和地区指定されなかった。指定を受けると部落とわかってしまうからである。家々の横を泥川が流れる。

「貴 あ れ ば 賎 あ り」か ら 真 に 貴 も 賎 も な い 時 代へ・・・

私はこのような事実をことさらスキャンダラスに書いて、読者や部落民の劣 情に訴えたいのではない。休刊した「噂の真相」三月号でも書いたが、この事 実を考えると、私たち「平民」よりも皇族の方が先進的ではないかと思うのだ。 なぜなら皇族は過去の身分上、最高位にいる。その彼らが過去の身分上最底辺 の部落民と結婚するなどということは、身分社会の崩壊を意味しているからだ。 ただ「平民」と「部落民」の結婚差別どころの騒ぎじゃない。無論、皇族や宮 内庁内には数々の激しい抵抗があったと予想できるが、私たちにそのことをうかがい知ることはできない。 私はこの事実を知ったとき「さすがは象徴天皇である」と、心の中で喝采し た。私たちも税金を払っている身である。しかし、この事実は、公表されて初 めて意味を成すことである。公表すればそのまま、差別に対して皇族の先進性 がアピールできるではないか。これをもって「部落解放」を宣言しても良いく らいの、画期的な「事件」なのだから。

しかし、それはされなかった。そうした事実がまことしやかに広まることもほとんどなかった。一部の研究者や関係者だけの心に留め置かれたのである、 なぜか。 女性が結婚したその当時は、残念ながら差別はまだまだ悲惨なものだったからである。 しかし、これは快挙事であることは間違いない。現天皇が自らの祖先につい て朝鮮半島を持ち出して一騒動になったことはまだ記憶に新しいが、今思えば 彼らしい自由な発言であるといえる。そして今回の皇太子による「雅子のキャ リアや人格を否定する動きがあった」という発言は、この父にしてこの子あり 、真に勇気ある堂々とした発言だ。周囲の関係者や宮内庁職員の方が、天皇家よりも閉鎖的で前近代的なのだろう。正に皇室の新時代の幕開けと見て良い。

私は今まで松本冶一郎の「貴あれば賎あり」を信じてきたが、これからはそんな古臭い言葉なんか放棄したい。真に、貴も賎もないのだとしたい。 こうした事実を、この稿で堂々と具体的に公表できたらいいのに。そして地 名も堂々と公表することができたとき、部落解放は成されたと見ても良いと私 は思う。 彼の地を歩いたその夜、たいしてうまくない田舎町の飯と酒と女だったが、 それはたいそう私のはらわたに沁みた。彼らの「歴史的な結婚」の四十年に乾杯 しようではないか。


ミクシィ日記にこんな内容で書かれていました。
「昨日はねー、アジアン(ってか日本人と中国人)でめっちゃ騒いだ。王様ゲームやったけどエロ系一切なし(カップルがいた為。)でつまんなかった」(05年10月24日の日記)
「彼氏→三角関係(むしろ四角関係)のすえ泥沼化して終わった。ビバ波乱万丈(嘘)」(ケータイ版プロフィール)
「【好きな男性のタイプ】こっち来てから外人の魅力にハマりました笑。だって全てが超自然なんだもん。」
「【ここだけの話】 年下(男ね。)に飽きてきました・・・」(PC版)
「【最近ひそかに興味があること】国籍によってキスやHの仕方が違うのかどうか・・・検証中です笑。いや、ってかマジで違うから。」
書いている内容からただの恋愛とは思えないし過激すぎるんですよね。
性病についての内容はこのように書かれていました。
バカみたい。ちょー後悔。病気うつされてたらどぉしよう・・・。マジで神様に祈るしかないです。日本が恋しい。日本に帰りたい。。。
髪に赤メッシュ入れたんだぁ。さりげないからけっこうお気に入り。だめだ、my life is so fucked up・・・
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 *  分類 : 皇室のことなど
自動通知機能 : -  *  伝言 : 4  *  記事編集  *  2018年10月16日(Tue) 21時35分
思ったこと
神事や宮中祭祀にまるで興味がなく、全然、やる気もない下皇后が誕生する訳ですね。
皇室行事は、ほとんどスルー。園遊会滞在15分で中抜け専門。
鑑賞するといっても、一番簡単お手軽な映画鑑賞のみ。お気楽東宮一家は幸せ家族。

アヒル口の眞子内親王は、どこの馬の骨か分からないKKの笑顔は太陽みたいだとwww
プライベートの時の眞子内親王は、結構だらしのない姿勢で元カレとVサインしたり、
KKさんと電車の中でベッタリ寄り添ったり、KKとは心底リラックスして話せて
感性があってるのかもです。

皇室全般に怒りを通り越して呆れています。劣化した皇室に対して。

日本の神々とは皇室の方を介在させず、各々個人が日本の神々に向かい、祈っていけば
いいと、この頃感じています。



2018年10月17日(Wed) 00時57分       編集
・茉莉茉莉さん

お返事遅くなりました。

日本は瑞穂の国。お米の消費量が減ったとか言われることもあるようですが、やはり日本人はご飯、と思います。戦後はお米を食べるとバカになるとか言われたことも。本当の話です(私は戦後っ子です、念のため)。小麦粉で作るパンが「上等」と思わされました。日本はアメリカに負けたのですからね。しかし今では私のお世話になっている薬剤師さんは、パンよりご飯がいいです、小麦粉はよろしくない、と、はっきり言うてはります。私は美味しいパンも好きです、が、コメが好き。正田さんのお家は粉屋でした、みんな、パンがハイカラと思い込んで行きました。

皇室では、陛下が田植えをなさいます。皇族も周りに集まって。刈り取りもなさいます、陛下は。今年の田植えの画像は、旧いものなど入れ込んで操作されていたと、検証されていました。そこまで「嘘いつわり」が入り込んだ皇室に堕ちています。

新嘗祭の神事の記事も出ない。映画鑑賞ロケに三人で出かけた、雅子さんと愛子さんはドタ出だった、イケメンの(と書いてある)俳優を前に、雅子さんも愛子さんも上機嫌。大口開けて笑っている写真、隠されもせずばら撒かれている。尋常な笑いでないです。

猫を、人差し指一本でかまっていた。あんなことする「猫好き」いません。下品なだけのやからです。

>アヒル口の眞子内親王は、どこの馬の骨か分からないKKの笑顔は太陽みたいだとwww
>プライベートの時の眞子内親王は、結構だらしのない姿勢で元カレとVサインしたり、
>KKさんと電車の中でベッタリ寄り添ったり、KKとは心底リラックスして話せて
>感性があってるのかもです。

眞子さんに関しては、きっちりしっかり、書かせてもらおうと考えています。

今の眞子さんの公務だなんだを取り上げて、もてはやして立派だのさすがだの言うことは、今まで雅子さん他を「擁護」していたひとたちと。ある意味同じだと考えます。

本当に、冷静に見て「さすが」と言えるのですか?と。

私は、誰の擁護でもない。皇族らしい皇族として存在しておられれば、まあ、しんどいお立場でよくぞ、と、自然に敬語も出て来る、それだけのことで。

そうでない有象無象を、様つけて呼んで持ち上げる気は、いっさい、無いのですわ。

だから、お返事の半分は、保留とさせて下さいね。

2018年10月18日(Thu) 21時28分       編集
お米とパン
わたしはKUONさんより年下ですが同世代なので、マスコミタレント学者たちが
「ご飯を食べると馬鹿になる」と言っていたのをよく覚えてます。
もしかしたら、アメリカのGHQか(古すぎるかな)CIAの回し者・協力者だったのではないでしょうか。パンの材料の小麦粉を、たくさんアメリカから輸入する魂胆で。

小学校からの給食でパン食にしたのは、小さい時からパン食でパンに馴染ませ、米離れを促進するための、アメリカとアメリカに対し弱腰の日本政府の、長い将来に向けての伏線だったのかもしれません。 
小学校の前半までは、脱脂粉乳でした。あれはアメリカですと豚など家畜の餌用だそうです。

今の日本人はパンの方がお米より好きだと統計に出ています。日本は瑞穂の国です。
お米は国の根本です。わたしは、お米・ご飯を大切にしたいと思います。

上皇后になる方は皇室・宮中にカトリックと小麦粉という異質のものを持ち込んだのでしょうか。
2018年10月21日(Sun) 00時48分       編集
・茉莉茉莉さん

>パンの材料の小麦粉を、たくさんアメリカから輸入する魂胆で。

それはその通りと思います。もっと猛烈、積極的な意味でね。小麦粉を売りつける現実もあったし、皇室大事の日本人を、一気にぶち壊すのでなく、白アリに家を壊させるやり方で、徐々に皇室を蝕み、時をかけて潰す。それが戦勝国の意志だったのですね。
瑞穂の国・日本を、現実的にも抽象的にも崩壊させようとした、珍しく時間をかけたアメリカでした。日清製粉の社長の娘さんを、皇太子の目の前に突き付けて骨抜きにしたかった計画は、みごと、成功しましたね。

脱脂粉乳は、確かに、豚のエサだったと言われます。当時は「ミルク」と呼んでいた・・私は食べ物を残してはいけないと言われて育って、出されるものをまずいと言うのもダメと育てられて、あのミルクも、きちんと飲んでいました。コッペはともかく食パンまずくなかったし、おかず、メルルーサのフライとかクジラの竜田揚げとか、すごく美味しいと思いいただきました。じゃがサラダも美味しかった。給食を「美味しい」と言うと、バカにするグループもありました。いつでもそういうヤカラはいます。

近所に、父親が戦死して男の子5人兄弟の家がありました。ミルク、余ればお替りして飲んでいたと思う。あれで命をつないだ日本の子どももいたと思うのです。パンが出たのは事実ですが、アメリカの陰謀でもあったのでしょうが、当時はまだ、設備など米飯給食は無理でした。それもまた、事実だったと私は思うのです。

それで生き延びた子もあったと思う。昭和天皇は、国民に食べるものを与えて欲しいと、アメリカさんに訴えられたのです。あったその思いは本当だったと思う。

それからたった一代や二代で、神宮に参拝するのに、その前夜に、伊勢海老のカレーをデリバリーさせるとか。くだらない話が横溢して。

>上皇后になる方は皇室・宮中にカトリックと小麦粉という異質のものを持ち込んだのでしょうか。

(笑)。そうですね。嘘や見栄や下品なでしゃばりや喋りたがりの軽薄さやエトセテラ。ろくでもないものいっぱい、持ち込んだと思う。

戦争に負けて、日本の皇室は終わった。認めたくなかったけど、実際、そういうことと思います。

お米は美味しい、何より美味しいです。内緒で言いますと、わたし、先週金曜日に、右側の上の犬歯をボギッと折って、歯医者通いをしております。 ドンクのバゲットかじって、ボギッと。とほほ、です...
2018年10月21日(Sun) 20時01分       編集






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